第5話

 私がレイの家に通うのは日を空けながら一月ほど続いた。最初は毎日来てと言われ出来るだけレイの意向に沿っていたが、やっぱり毎日仕事を定時で上がるのは難しいし、仕事終わりにスーパーへ買い物に行ったりする時間がなくなるのはなかなか手痛い。最近は2、3日おきにレイの家に通っている。


「ね、アリス。今日の帰り暇?」

「メアリー。暇だけど、どうして?」

「晩ごはん一緒に食べましょ!この間アリスの好きそうな味付けのレストラン見つけたの」

「ほんと?楽しみ」


 休憩室でコーヒーを飲むというメアリーと別れて私はデスクに戻る。

 メアリーにはまだ何も話していない。何て言えば良いのか分からないし、話しやすい話題ではないのだ。

 これは彼女が直接教えてくれた訳じゃないけれど、メアリーは多分、レイのことが好きじゃない。もしかしたら好きじゃないどころか嫌いの域まで入るのかもしれない。

 昔から、私がレイと遊んでいると良い顔をしなかった。彼女はなるべく私とレイを2人にしないようにしていたのだ。それだけならメアリーがレイのことを好きで私にちょっとした意地悪をしていたと思うかもしれない。でもメアリーは私に意地悪をしたことはないし、何より私は何度もレイを警戒するメアリーを見てきた。

 一度だけ訊いたことがある。レイが嫌いなの?と。

 メアリーは何も言わず悲しそうに笑った。後にも先にもそんなメアリーの表情は見たことがなくて、私は驚いたものだった。あのときの彼女の顔は記憶の深い所にこびりついている。

 確かに、レイはたまに怖くなるときがある。

 怒る訳じゃない。ただ瞳が真っ暗になるのだ。何もない虚無。でもその中には何かをどろどろになるまで煮詰めたような感情があって。混ざって混ざって判別のつかない何か。

 過去にそんな目を向けられた。

 何がきっかけだったかはあまり良く覚えていない。幼い私は誰かメアリーでもレイでもない友達と遊んでいたのだと思う。近所に住んでいた同年代の男の子。優しくて気の良い人だった。

 公園の砂場で話しながら砂山を作っていた。トンネルで繋がると良いんだけど、なんてことを思いながら。

 そうしたら急にレイがやってきて、何も言わずに私の腕を掴んで、無理やり私を立たせた。なんだか様子のおかしいレイを不思議に思いながら私はレイも遊ぶ?と聞いた。レイは一瞬ついっと視線を砂場で座り込んでいる男の子に向けるとそのままずんずん歩いて公園を出ていこうとする。

 私は慌てて一緒に遊んでいた彼に手を振って、レイの早足に着いていった。隣り合っているお互いの家の前まで来てようやくレイは私の腕を離してくれて、腕はほんのり赤くなっていた。


『レイ、どうしたの?なんだか変だよ』


 さっきから視線の合わないレイにそう声をかけた。


『──……なんで』

『え?』

『……アリスはどうして他の奴と一緒に遊ぶの?俺とだけいれば良いじゃん。俺はアリスだけいれば良いのになんでアリスは俺以外も必要なの?』


 顔を上げたレイの瞳は深い闇に覆われていて私は息を飲んだ。今思えば6歳か7歳程度の子どもが出来るような目ではなかった。

 2桁にも満たない人生しか生きていなかった私は、初めて見た世にも恐ろしい表情に驚いて体が勝手に震えていた。


『あ……ごめんなさい……』


 意味もなく謝っていた。そうしないと本当に危ないと、自分は引き返せない所まで行くと本能が言った。

 恐る恐るレイを見る。すると彼はそれはそれは綺麗な笑顔で笑った。


『良いんだよ、アリスが分かってくれれば良いんだ。ね、もう俺以外といたら駄目だよ?』

『え……』


 私の頭の中にはメアリーがいた。今のレイは怖いけれど、親友のメアリーと離れないといけないのは嫌だった。私にとって、親友は大切な存在だから。

 迷う私を見透かしたようにレイは息を吐いた。しょうがないなぁ、と呟く。


『アリスが俺の次に仲良くしてるあの女の子までなら良いよ。それ以外は許さないからね』

『……うん』


 どうしてレイに私が関わる人を制限されなくてはいけないのだろう。私は疑問に思ったけれどどうしても口が動いてくれなかった。

 レイのあの瞳が何度も私を捕らえる。

 怖い。怖い、怖い、怖い。

 そのときの私を占めていた感情はレイに対する恐怖しかなかった。

 それは、今も、たまに。

 私が20年間レイを忘れられなかったのは恋心と恐怖、両方あったのだと思う。

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World Of Color 坂田メル @mel-sakata

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