第69話 追放
目が覚めると寝所で寝かされていた。
「目が覚めたか」
帝が心配そうにのぞき込んでいる。自分が寝ていることが分からなくて、何があったのか記憶をたどってみた。確か、紅葉たちと後宮内を調べていた……。
あっ!
急いで起き上がろうとして止められた。
「まだ、寝ていた方がいいそうだ」
「ですが、昭陽舎に美月が……」
「大丈夫だ。あの者は既に昭陽舎から出た」
「後宮をしっかりと管理出来なくて申し訳ございません」
「こうなった責任は私にもある。そなたが気にすることではない」
もう少し寝るように言われて目を閉じた。
次に目が覚めた時には帝はいなくて傍に香奈と芽衣がいた。軽い食事が用意されていてそれを食べる。
「美月はどうしているの?」
「与えられた局で謹慎しております。外には帝の命で監視の者がついています」
「これからどうなるの?」
「内大臣様が呼び出されました。それと、北の方も」
「北の方?どうして」
かなり以前から帝は内大臣を呼び出していた。それは美月の態度があまりにも酷かったから。
芽衣は香奈や美夜の教えを受けていたのに対して、美月は後宮を抜け出し清涼殿や後涼殿あたりを彷徨っていたようだ。それというのも帝の目に留まるため。
しかし、帝は美月が傍にいても目すら合わせることもなかった。それよりも大納言や中納言たちに追い返されていた。
流石に目に余るということで父親の内大臣に諫めてもらおうと呼び出すが、失態を理由に内大臣はその呼び出しを断っていた。
再三の呼び出しに帝は内大臣を重く見ていると勘違いした北の方が美月に一旦は持ち帰った調度類を再度、後宮に送ると文を送ったことから美月がまたもや勘違いして美夜を騙し、斜陽舎の鍵を受け取り、調度類を密かに運び込んだようだ。
後宮は弘徽殿しか使われていない為、他の部屋は鍵をかけてある。その為、どうしても警備が手薄になっていた。どうやらそこを利用されたらしい。
昭陽舎を選んだ理解は弘徽殿から遠く、以前は東宮が住んでいて庭の梨は信頼の証に東宮からいただける物だと知っていた。
門番を買収したのも北の方で、調度類を運び込むよう言ったのも北の方だった。
先皇太后に関係する高官たちが処分され内大臣となったが、右大臣は一階級の降格のみで姫を特例で後宮に入ることを知った北の方が自分の娘を女御にしようと考えて起こしたことらしい。
調度類が運び込まれたと報告があった帝は私が美月の処分を言い渡すだろうと思ったようだ。それというのも後宮は私が管理しているところで、その権限は自分にもあるからだ。
しかし、体調が悪く倒れたと聞いて帝は飛んできたらしい。
昭陽舎まで来て私を抱えて弘徽殿まで運び込むとすぐに美月の謹慎と内大臣と北の方を連れてくるように検非違使に通達した。
屋敷に検非違使が来たことで事の重大さを初めて知った内大臣と北の方は宮中にやってきた。と、いうより連れてこられた。
後宮には帝の世継ぎを産むための女御が必要だと分かっているが、帝がそれを嫌っているのは先皇太后の件があるからだ。
初めはどんなにいい人物だとしても、人は欲が出てくると際限がなくなる。そうして人を殺めるまでになるのに時間はかからないだろう。もっと酷いのは、それが悪いことだと思わなくなることだ。
帝はそれを恐れている。だからこそ、女御は私だけでいいと宣言している。
以前、もし二人の間に世継ぎが出来なければどうするのか聞いたところ、柾良親王がいると言っていた。その言葉で、私もその話題を出すのを止めた。
近いうちに柾良親王は元服を迎える。そうなれば中務省の長として立つことが約束されている。帝も柾良親王に政を教え込むつもりでいると中納言から聞いた。
女御として後宮に入る手立てはないのだ。その為、女房として入って帝の目に留まることを考えてもおかしくない。しかし、内大臣以外は昔から帝の傍近くにいた者達でそんなことは無理だと分かっていたので、娘を女房として後宮に入れようという発想さえなかったのだ。
帝の性格を知らな過ぎたのと、勘違いが起こした事件だ。帝は一体どんな処分を下すのだろうか。
食事を終えた後、香奈からは休むようにと言われ再び横になった。
部屋の外が騒がしくて目が覚めた。
内大臣が美月を迎えに来たようだ。
美月の帰りたくないと言った叫び声と、それを諫める内大臣の声が響いている。それにかき消されるように弘徽殿女御に会わせてほしいという女性の声が聞こえた。
「今すぐ、後宮から出るように帝の命がくだった。それに従わなければ捕えてもいいとのお達しだ」
聞き覚えのある声がした。兄の近衛大将だ。やはり、後宮から出ることになったのか。ぼんやり考える。その間も数人の叫び声が響いている。起き上がって外の様子を見ようとして香奈に止められる。
「女御様に会わせてください。きっと誤解だと分かるはずです。姫は女御になるために後宮に来たのです。どうか!」
「帝の命により、内大臣の姫、美月を宮中より追放する。今すぐ連れていけ!」
バタバタと足音がしたと思ったら急に静かになった。
香奈を見ると、立ち上がって部屋の外の様子を見に行ってくれた。
「女御様。お騒がせして申し訳ございません」
部屋に入ってきたのは兄の近衛大将だった。
「どうなったのですか?」
「帝は内大臣殿を呼び出しましたが、会うことはしませんでした。処分は既に決まっていて、それを太政大臣に伝えてもらいました」
父の左大臣が伝えるには政治的に女御候補を排除したようにみえるための配慮のようで、先弘徽殿女御のお父上の太政大臣がその役をした。
内大臣と北の方を紫宸殿に残したまま美月を連れてこようとしていたのだが、北の方が後宮まで押しかけてきて、内大臣は早く宮中から出ていきたくて美月を連れて行こうとするのを北の方が止め、更に私に会いたいと言い出して大騒ぎしていた。
「帝からは美月の宮中追放と内大臣様の謹慎を言い渡されていたが、どうやら内大臣様は離縁されるようだ」
そもそも、美月を女御として後宮に入れようと画策していたのは北の方で、美月が後宮で問題行動を起こしていたため、参内を取りやめていた内大臣だったが、帝から再三の呼び出しは美月を女御として迎え入れると誤解した北の方が勝手にしたことだった。
問題行動をおこすような姫に育てた北の方に責任があると考えていた内大臣は離縁の手続きをしていたそうだ。
「北の方はどうなるの?」
「北の方と美月殿は内大臣家を出されるそうだ」
「そう」
帝が危惧していたことが起こったことだと言える。私が何か言えることではないのは分かった。
処分は美月の宮中の永久追放で、内大臣の謹慎は特に期限は決められていないようだった。おそらく、落ち着いたころに戻るように帝が声をかけるだろうと予想出来た。
いいのか悪いのか分からないが、芽衣の教育は順調に進んでいた。
宮中の公達からも芽衣の人気はうなぎ登りで香奈と紅葉が芽衣の婿候補の人選まで始めようとしていた。
やっと穏やかな日々が戻ってきた。
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