第68話 不法侵入

 香奈と美夜で芽衣と美月の教育が始まり、帝は暫く来ることが出来ないと連絡が入った。

 その間、やっとゆっくりできると考えていた綾だが最近食欲がなく気分が悪い。


 その理由は美月が次々と問題行動を起こすのだ。

 部屋割りから始まり、女房の衣、身の回りのことなど、ありとあらゆることで文句をいい香奈や美夜を困らせている。

 とりわけ、香奈に至っては美月にかなり厳しく注意をしていたため、美月は私にも直接文句を言ってくる時があった。そのたび、他の女房に見つかり連れ戻されていた。


 私はというと特にすることもなく何となく廂まで出て、以前調べた荘園の収穫量の結果報告に目を通していた。


「弘徽殿女御様。こんなところまで出られてはまた、帝に叱られませんか」


 いつの間にか来ていた右近中将が心配そうにのぞき込んでいた。久しぶりに会う元護衛の責任者は近頃では肉付きがよくなって貫禄が出てきたようだ。


「何かありましたか?」

「芽衣殿の様子を見に来たのですが、忙しいそうですね」

「もうすぐ休憩の時間になるはずだから、お待ちになってはどうですか」


 右近中将は綾の傍に座り芽衣がいる部屋の方へ視線を移した。


「帝の寵愛を受けると豪語していると噂を聞きましたが」


 右近中将様が笑いながら聞いてくる。

 ここ数日何人かの公達に聞かれた言葉だ。そしてその後に続くのは決まって「帝の寵愛は弘徽殿女御様だけですよ」だった。


「帝がどうしてここに立ち寄らなくなったかお判りですか?」

「忙しいから?」

「そうではないですよ。ここに顔を出せばよからぬ勘繰りをする者もいます。そうならないためです」


 なるほど、そういうことかと納得した。

 芽衣と美月が来た翌日から帝は昼間も夜もここに来なくなった。夜のお召があるかと思っていたらどうやら忙しいらしく、それもないまま一か月が過ぎていた。


 更に宮中で騒がしているのは内大臣が大きな勘違いをして娘を女御として入内させようとした噂が流れている。その噂の出どころは、美月自身だった。


 あの日、門の外で立ち往生をし、更には香奈に歩いてくるように言われて十二単姿で宮中を練り歩いた結果、偽りの女御として宮中の噂になった。更に内大臣は初めから女房として宮中にはいるようにと帝に言われていたのに勝手に女御になると勘違いして入内するための調度類やお衣裳までも用意して参内させようとしていたため、宮中での笑い者になっていた。

 さすがの内大臣も外聞が悪いのかこの一か月ほど参内していないと聞く。


 娘の方はなぜか芽衣に敵対心を燃やし何かにつけて敵意をむき出しにしていて、そのたび香奈に注意されている。


「香奈殿が教育されているのですよね」

「主に香奈だけど、他の女房たちも手伝っているわ」

「いつまで持ちますか」


 芽衣と美月は新米女房としては破格の扱いで小さな局を一人一つ与えているが、その局に文句を言ってきたのは美月だった。

 それ以外にも身の回りのことも自分でやるように香奈に言われたのに、内大臣家から侍女を呼ぼうとしてこれも香奈に注意されていた。


 その報告を聞くたびに胃がムカムカしてきて気分が悪くなる。

 帝が訪ねてこなくてよかったと内心思っていたが、周囲は私が気落ちしていると思っているようで毎日交代で尋ねてきては帝の寵愛は自分だけだと伝えに来る。


 帝の頼まれたのかと勘繰りたくなる。それなら自分で伝えに来ればいいのにと思ったが、変な勘繰りをする者がいると言っていた。帝がここに訪ねてくれば、芽衣か美月に手を付けていると言われかねない。


「帝の側近として申し上げます。帝の妃が勤まるのは弘徽殿女御様だけです」


 右近中将は励ましの言葉をくれたが、このままでいいのだろうかとふと考えることがある。

 その日、帝から清涼殿に来るように言われた。所謂、夜のお召だ。女房達に準備されながら疑問に思う。突然どうしたのだろうか。最近、顔を合わせることもなかったのに。仕事が落ち着いたのだろうか。


 女房の先導で清涼殿に着くと帝自ら出迎えてくれた。


「突然、どうされたのですか」


 部屋に入ってすぐに女房達を下がらせたと思ったら、すぐに座るように促され抱きしめられた。


「疲れたんだ。やっとこうして会えた」

「お尋ねくださらなかったではありませんか」

「会いに行きたかったのだが、アホがやらかしてくれて、その後始末をしていたらこんなにかかってしまった」


 アホって誰だろう。もしや内大臣?

 今、何か問題を起しそうな人物だとその人しか思い浮かばないが、帝の腕の中は温かく急に睡魔が襲ってきた。ここ数日よく眠れなかったのが嘘のようだ。


 瞼が落ちかけているのを必死にこらえていると帝の声が聞こえた。


「ゆっくり眠るといい」


 その言葉に安心したのか無意識に腕を帝の体に回して瞼を閉じた。


 翌日、部屋に戻り昼餉を食べ終わるころ珍しく紅葉がやってきた。


「後宮に鼠が入り込んでいるようです」

「どういうこと?」


 昨夜、ぐっすり寝たおかげで今日は体調も気分もよかった。それを一瞬で打ち壊す言葉だ。今、後宮の住人は私だけだが、その後宮の管理を任されている自分にとって、紅葉が持ち込んだ内容は下手をすれば大問題になる可能性もある。


 紅葉から香奈はどこにいるのか聞かれて、紅葉と一緒に香奈たちがいる部屋へと向かった。


「香奈、入るわね」


 一応声をかけて部屋に入ると、香奈と芽衣の二人だけだった。机に書類を広げての説明をしているようだった。


「美夜と美月はどうしたの?」

「体調が悪いということなので部屋で休ませています。美夜は美月の様子を見に行ってもらっています」

「美月の部屋はどこですか?」


 紅葉が珍しく声を荒げた。何かを感じ取ったのか香奈が立ち上がった。


「こちらです」


 香奈を先頭に紅葉、自分と続き、芽衣もついてきた。

 局には美月はいなかった。


「弘徽殿女御様。帝から鼠が入り込んだと言われました。至急、後宮を調べるようにと」

「分かったわ。手分けして探しましょう」


 紅葉は美夜と美月の姿が見当たらないのを確認すると私に告げる。

 自分と紅葉、香奈と芽衣で手分けして後宮内を調べることにした。途中、手の空いている女房にも声をかけ調べてもらう。


 紅葉と一緒に常寧殿、登花殿を回って調べていく。その間、香奈と芽衣は藤壺、梅壺などを調べて戻ってきた。


「女御様。あちらは誰もいませんでした」


 香奈の報告を聞き、更に足を進めた。

 宣耀殿、桐壺と進んだとき、別の女房が呼びに来た。


「女御様。いました」


 呼びに来た女房を先導に四人が急ぎ足でついて行った先は梨壺だった。

 そこにいたのはいつの間にか調度類を運び込み、主のように振舞う美月がいた。おまけにどういうわけか、見知らぬ侍女たちもいる。


 なんてことをしてくれたのか。

 あまりの怒りにめまいがして体がふらついた。


「女御様!」


 傍にいた芽衣が体を支えてくれたが、立っていることすらできなくて芽衣と共にその場に倒れこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る