第62話 贖罪

 翌日、一通の文が届いた。


 差出人は母様。

 その中身は先太政大臣からの文が入っていた。


(もっと早くにこうすべきだった)


 謝罪の言葉が並んでいた。


 紅葉の予想は当たっていて、帝はあくまでも暫定の東宮位に過ぎなかった。

 即位するには当時の全大臣たち参加の審議が必要で帝が即位するときにその審議を経ないまま強引に進められた。


 大臣たちの反対があったがそれすら意に返さない皇太后の行動に大臣たちは抗議し続けた。その為、帝自身は大臣たちがだした条件を受け入れ仮の帝として認められた。

 帝が受け入れた条件は皇太后の廃位と帝の譲位。

 帥宮の体調も全快とはいいがたく、当時まだ幼かった敦成親王が成人するまでと猶予が決められた。

 当時の大臣たちが次々と隠居していく中、一人最後まで見守っていた先太政大臣は東宮の成長を見てこのまま問題なく東宮が帝になることを期待していた。

 だが、皇太后がまた悪事を重ねたため、それを諫めに来た先太政大臣は条件を受け入れるよう帝に進言したところ帝が暴れだしたらしい。

 ことの詳細が分かったことはいいが、文に書かれていたのはこのことをよく思わない者達がいて、条件や先帝が取り決めた内容は東宮と先太政大臣の捏造だと言う者がいると書かれていた。

 このようなことになって申し訳なかったと最後まで謝罪の言葉は綴られていた。


 拙いことになったと思った。


 綾は文を紅葉に見せた。紅葉の表情からは憎悪がにじみ出ている。

 東宮の元服前から仕えていたと言っていた、その紅葉ですら隠すことできない内容だと感じる。


「私たちが今、出来るのは……」


 そこまで言って口を噤む。

 誰に聞かれているか分からない。

 麗景殿の周辺には東宮が信頼している者たちばかりだと分かっているが、今は慎重に行動するべきだと心に刻む。紅葉と香奈にはそれが分かったようで、無言で調べ物を続けた。


 騒動があって三日が過ぎた。

 綾たちは早朝から深夜まで調べ続けた。その間、東宮も兄たちも一度も麗景殿に来ることはなかった。手の空いている女房達を使い、宮中での様子を逐一報告させている。

 細心の注意を払って行動しなければいけないと思ったからだ。その為、宮中で噂になっている話も詳しく知ることが出来た。


 東宮が謀反を起したといった内容から、左大臣が権力を手に入れようと先帝の書類を改竄したといった内容まで、主に帝を擁護する内容が宮中で占めていた。

 東宮や兄たちがここに来ないことも女房の報告で分かった。宮中での騒動を治めるため大臣たちの説得と警護の強化が必要だったからだ。


 いつ、暴動が起きてもおかしくない状況が続く中、綾たちも新たな証拠をつかんだ。それは細心の注意を払うためしっかりとした確証が必要だった。

 相変わらず帝は部屋に閉じこもって何も動こうとしない。先太政大臣から進言された内容にも返事すらしない。先太政大臣は自分の屋敷に戻ったが、現太政大臣が毎日、帝の説得に当たっているらしい。

 悪いとさえ思っていないのだろうか。今まで尽くしてくれた臣下の言葉さえ届かないのか。

 このままでは消耗戦になるだけだ。早くかたをつけないと東宮の立場も危うくなる。何としてもその前に皇太后の罪を暴きたかった。

 兄に頼んだが宮中での騒動が収まっていない為、人手が足りないと困惑していた。ただ、兄も調べる必要があると分かっているようだ。


 それなら……。


 綾は庭先に出て護衛に声をかけた。


「今すぐ、左近中将様のもとへ行ってください」

「し、しかし……」


 護衛の責任者は焦っている。だが、綾もここで折れる訳にはいかない。


「急ぎ、調べなければいけないことがあります。左近中将のところへ行き、手伝ってください」

「ですが、ここの警備はどうされるのですか?」

「ここの者が自分の身を守れないくらい弱い者達だとお考えですか?」


 何としても調べてもらわなければいけない。その為の人員はもはやここにいる護衛しかいない。


「麗景殿は私たちで守ります。ですから、あなたたちに協力してもらいたいのです。この先も貴方たちとここで暮らすためにも」


 綾の言葉の意味を理解したようで、責任者は庭先にいた護衛たちを集めて話をしている。護衛たちがやり取りをしている間に女房達はそれぞれ武器を手に綾の周辺に集まってきた。それを見て護衛たちは観念したのか、一斉に頭を下げてから走り出していった。


「そんなに時間はかからないはずです。それまで交代で麗景殿を守りましょう」


 綾が言うと、女房達はそれぞれ決められた場所へと戻っていった。


「紅葉殿。貴方は私の傍を離れないでください」

「東宮妃様?」

「紅葉殿は私が守ります」


 香奈から小刀を渡されそれを懐に差し込む。そして傍に用意しておいた薙刀を持った。


 確かな確証はあった。しかし、東宮たちにも確認をしてもらいたかった。

 証拠として誰もが納得するものとしてある人物の筆跡が必要だった。それも大臣たちの目の前で書いた文を。


 見つけたのは男文字、女文字ともそれぞれが文字と文字の間を繋げる部分。そこに書いた人物の癖が出ていた。それはその人物が本人として書いた文にも出ていた。


 これを証明し、皇太后との関係を明らかに出来れば皇太后の罪を暴ける。

 皇太后との関係は兄の左近中将が既に調べていて突き止めていた。残るは偽文を書いた人物の特定だけだった。それを部屋に積み上げられた書類の中から見つけたのだ。


 今度こそ、皇太后を追い詰める。綾にとって勝負どころだと気合が入った。

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