第61話 遺言

 宮中での騒動は深夜まで及んだ。

 箝口令がしかれているのか多くの情報は届いてこなかった。

 

 紅葉が知り合いから聞き出した内容から、切り付けられたのは先太政大臣ということだ。どうして引退した元高官が宮中にいるのか気になっていた。

 自分の知らない何かが起こっていることだけは分かる。それが東宮にとっていいことなのか悪いことなのか判断出来ないくらい情報は少なかった。


「先太政大臣様の怪我の様子は?」

「命に別状はないようです。東宮様の命により、御典医様の治療を受けられたころまで確認が取れました」


 香奈も他の女房達と一緒に出来る限りの情報を集めてくれたが分かったのはそこまでだ。

 どうして先太政大臣と帝があっていたのか、その時どのような話がされたのか分からないまま綾は香奈と紅葉の三人は部屋に集まっていた。


 弘徽殿女御には現太政大臣へ譲位の進言をしてもらうことだ。だが、今起きているのは先太政大臣が帝と話していて帝から切り付けられたという事実。


「東宮妃様。東宮様から急ぎ伝達がございます。今、よろしいですか?」


 部屋の外から聞こえるのは聞き覚えのある護衛の一人だ。代わりに香奈が返事をした。


 東宮からの伝達は宮中での騒動は落ち着いたので心配しなくていいといったことだった。それ以上を聞き出そうとして詰め寄ると慌てて部屋を退出してしまった。


 その直後、兄の左近中将が訪ねてきて詳しい話を伝えてくれた。


 内密にと告げられた内容では先太政大臣は東宮が頼んで帝と話をしてもらっていたそうだ。帝と先太政大臣と現太政大臣の三人で話をしているときに急に帝が先太政大臣に切り付けた。

 宮中での刃物携帯は禁止されている。部屋の外で待機していた東宮や数人の大臣たちは異変を察して部屋に入ると刃物を振り上げている帝がいた。

 東宮が帝と先太政大臣の間に入り、他の大臣たちが帝を止めたが暴れて手が付けられなかったらしい。

 帝を止めるときに怪我をした大臣たちもいて、大臣たちを説得して騒動を治めるのに時間がかかっていたという。


 結局、今回のことは先太政大臣が帝の病気見舞いに来たが、帝がご乱心あそばされ傍にいた者達が止めに入り怪我をしたということになった。


 先太政大臣様他数人の怪我の治療や帝の隔離など東宮がすべてを取り仕切り、不必要な噂が出ないように箝口令をしいていた。


「先太政大臣様はどんなお話をされていたのですか?」

「先帝の遺言書をお持ちだった。帝がこれ以上先帝のお考えを守らないようなら退位するようにと説得されていたよ」

「先帝の遺言書?どんな内容ですか」

「皇太后様の過去のことだね」


 遺言書にはある取り決めが書かれていたそうだ。

 その監視役として先太政大臣や当時の高官数人が担っていたが、既に鬼籍に入っている者達ばかりで残っている者で少し前まで参内していたのが先太政大臣だったことから今回、遺言書を携えてきちんと守るようにと伝えに来たらしい。


「なにを守るように言ったの?」

「う~ん。それは教える訳にはいかない」


 兄は目を瞑り少し考えていたがどうやら今回の騒動の核心に近い内容なのだろう。

 それなら……。


「守らなかったらどうなるの?」

「……、退位かな。ちょっと違うけど」


 兄はそれだけを伝えるとまだやることがあるからと早々に退出していった。


「先帝の遺言書って聞いたことある?」


 紅葉に聞いてみた。東宮の側近として何か知っているかもしれないと思ったからだ。


「遺言書があると言った話は聞いたことがありません。ただ、皇太后様の過去のことを先帝は憂慮されていたという話は聞いたことがあります」


 過去のことは例の内裏火災のことだろうか、それとも帥宮のご病気のことだろうか、もしかしたら私がまだ知らないことがあったのかもしれない。

 確か、先帝は皇太后がやっていたことを知っていたと聞いたことがあった。それを遺言に残したのだろうか。それに先帝は何を守るように遺したのか。先太政大臣は退位を迫って帝はそれが嫌で刃傷沙汰になるのか聊か疑問を感じた。それに退位とは少し違うと言っていたのはどういう意味だろう。


「紅葉殿。退位以外で帝がその位を降りるのは何があるかしら?」

「譲位でしょうか」


紅葉も同様のことを考えていたようだが何か引っかかっているようだ。そう、自分もさっきの兄の話から妙な感じがしていた。退位でも譲位でもなければ帝がその位を降りる方法は何があっただろうか。


「あの、」

「なに?」


 先程まで事の成り行きを見守っていた香奈がそっと手を上げていた。


「帝が先帝に認められない者だとしたらどうなりますか?」

「そんなことあるわけがないじゃない。帝は先帝の後を継いで即位されたのだから」


 先帝の時代、東宮位にいたから先帝亡きあと即位したと聞いている。帝に認められていないはずがない。


「東宮妃様。もし、帝が東宮位についていたのが暫定処置だとしたら話は違ってきます」


 紅葉が何か思い出したようだ。

 帝が東宮位についたとき、帥宮のご病気が治るまでの暫定で帥宮が健康を取り戻したときはすぐに東宮位を変えると言った内容が過去に存在していたと言った。

 帥宮がある程度健康を取り戻したころ先帝は身まかられ帝は即位したとしたら。


「帝はそもそも帝に即位する立場になかったということ?」

「審議なく即位の議を急ぎ執り行ったのは皇太后様です。そこに不備があったとしたら帝は公達たちを欺いていたことになります」

「でも、それって誰も気がつかないはずはないでしょう」


 あり得ないことだと思う。だが、紅葉は更に話を続ける。


「交換条件を付けていたとしたらどうでしょう。そしてその条件で今回の騒動が起きたとしたら」


 あり得る。

 今まで皇太后がやったことすべてが誰も気がつかなかったことではない。過去に皇太后を問い詰めることが起こって、その皇太后自身が高官と取引をしていた経緯がある。

 それなら……。


「どちらにしても、このままでは東宮様の責は少なからず問われるでしょう」

「そうね。なんとしてもそれだけは避けなければいけないわ」


 ここで諦める訳にはいかない。


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