第60話 偽文

 偽文は紅葉が調べたところ、蔵人所で保存されていることが分かった。

 翌日、出来るだけ内密に手に入れるため香奈を使いにして頭中将から入手した。


「この間は頭中将様の筆跡ではないくらいにしか分からなかったのですが……」

「ここに何かが隠されているというのですよね」


 香奈と紅葉が文を覗き込んでいる。


 偽文が入っている箱には数通の文などが入っていた。


 頭中将からと言われた恋文。残りは承香殿の女房、冬香の遺書と常茂が持っていた文や登華殿の庭先に落ちていたという呪詛札なども入っている。それらを並べて見る。一番注目しているのは恋文だ。


 弘徽殿女御はこの文に秘密が隠されているようなことを言っていた。だが、どれだけ見てもただの文にしか見えない。


「暗号でしょうか?」

「読み取れませんね」


 香奈の問いかけに紅葉が返す。そのやり取りを聞きながら他の文と見比べてみる。

 男文字に女文字。

 一人の人物がこの文を書いたのだろうか。


 数人で書いているのならその人数分だけ危険が伴う。それなら二人くらいだろうか。


「見分けがつくと言ったら、呪詛札と恋文、常茂の持っていた文は同じ人物が書いたようにも見えますね」


 紅葉が妙なことを言い出した。


「呪詛札と同じ?」

「はい。文字と文字のつなぎの部分です。ここなんかがよく似ていませんか?」


 紅葉が呪詛札の文字と恋文の文字、常茂の持っていた文を並べて文字と文字の間を指さした。


「そういえば。あっ、それなら、こちらの遺書の文字も恋文のこの部分によく似ていませんか?」


 香奈も恋文の隣に遺書を並べた。

 男文字と女文字。形態は違うけど紅葉と香奈が言っている内容は間違っていない。


「似ている」

「どういうことでしょうか」


 紅葉が顔を上げた。


「同一人物が書いたことになるわね」


 綾も文を見比べて感じた。同じ人物が書いたとなれば皇太后とかなり以前から繋がっていた者になるはずだ。しかし、東宮たちが調べた内容では皇太后と関係する人物とこの文たちとの接点はなかったと聞いている。


「筆跡だけを見ていては分からないのではないでしょうか」

「あっ。そうよね。それぞれ決められた人物の筆跡に似せて書いているのだから普段の文字とは違っていて当然よね」


 紅葉の言うことはもっともだ。

 遺書は冬香が書いたものとして置かれていたものだ。恋文は頭中将が書いたもの。そして呪詛は別の人物が書いたものとして扱われている。普段の文字とは違っていて当然だ。


「筆跡とは別の部分を調べてみてはどうでしょうか」


 香奈が恋文を見て言った。


 頭中将が書いたものとして見た時、恋文に違和感を覚えたと言っていた。

 文字を見る限り頭中将が書いたものと言われれば信じそうなものだが、あの時、香奈は文の内容に違和感を覚えて不思議に思ったそうだ。

 文を見ていると頭中将が文を書く時の文字の大きさや書き始めなどが微妙に違っていて、さらによく見るといつも自分が貰う文の文字とは少し違っているのも気がついたという。


「文字の大きさや書き始め……」

「ここにある書類からなにが手掛かりを見つけることが出来るのではないでしょうか」

「この恋文で気になることがあるのですが」


 紅葉と香奈がそれぞれ意見を言ってくる。

 部屋の隅に積み上げられた書類に目をやる。二人の意見はここにつながるということだ。


「やってみましょう」


 二人は部屋の隅から書類を持ってきて広げた。

 香奈は恋文、紅葉は常茂の文、綾は遺書と見比べて同じような文字を書く人物を探し始めた。


 その時、庭先が慌ただしくなった。

 香奈が様子を見てくると部屋を出てすぐに戻ってきた。


「どうしたの?」

「それが、太政大臣様がお怪我をされたとか」


 紅葉と顔を見合わせた。

 昨日、弘徽殿女御に頼んだことだろうか?それにしても宮中で怪我をしたとは尋常ではない。


「東宮妃様。調べてきます」


 素早く部屋を出ていく紅葉。

 部屋の外に出てみると遠くの渡殿で大勢の人が行きかっているのが見えた。

 庭先では護衛も心配そうに見ている。


「東宮様はどこにおられますか?」

「帝のところへ行かれたはずです」


 護衛の顔が青ざめている。もしかして、太政大臣と一緒にいたのではないだろうか。


「姫様?」


 香奈が気遣うように顔を覗き込む。


「大丈夫です。部屋に戻りましょう」


 部屋に戻ったが、何も手につかない。いろんな想像が浮かんでは消えていく。どのような怪我だろうか、宮中では帯剣は基本許されていない。


 太政大臣はどこで怪我をしたのだろうか。まさか帝と会っているときに怪我をしたのではないかと心配になってくる。暫くすると紅葉が返ってきた。


「情報が錯そうしていてはっきりしたことが分かっておりませんが帝がご乱心され、太政大臣様に切りかかったそうです。東宮様他、左大臣様、右大臣様、内大臣様がお傍におられたのですが止める間もなく太政大臣様を切りかかったと聞きました」

「太政大臣様のお怪我の様子は?」

「腕を切られて血が出ていますが命に別状はないとのこと」

「帝は?」

「隠し持っていた刃物類すべてを没収され現在は別の部屋に入られているとのことです」

「なにを話していたのか分かるかしら?」

「今後のことだということしか」

「そう。ありがとう」


 太政大臣は帝の譲位を話されたのだと思っていたが東宮や重臣たちがいたとなると違う話なのかもしれない。帝が臣下に切りかかったとは、いったい何の話をしていたのだろうか。宮中の喧騒がここまで聞こえてくる。

 手元にある文を見ているが上手く集中できなくて手が止まってしまった。これから自分はどうなるのだろうか。


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