第10話 誘拐
冬香が席を立った時に、柾良親王の部屋を調べてみたが室内に使われている調度類や棚の中にも原因となりそうなものはなかった。
あと、調べられていないのは柾良親王自身といつも寝ているところだけだが、流石にそこに手出しは出来ないと綾は躊躇している。
何か証拠になるものがあれば女御様にでも伝えて調べることが出来るが今、自分がこれ以上出ることは止めておく。
立ち上がって部屋の中を見渡していると、天井に真新しいお札が貼ってあるのが見えた。
(昨日はなかったはず。いつの間に?)
柾良親王の寝ている真上にあたる場所に貼られている札をよく見ようと少し移動した。
「高子さん、どうかしたの?」
冬香がお水をもって戻ってきた。
「じっとしているのも疲れたので部屋の中を少し歩いていたの。そしたらお札を見つけて、昨日はなかったはずよね」
綾の視線の先をみた冬香は持ってきたお水を柾良親王の傍に置き天井を見上げた。
「皇太后さまが柾良親王様の病状が良くならないからと言って、陰陽師にお札を書いてもらったそうよ。でも、あの文字、なんだか不気味よね。夜中に目が覚めて視界に入ってきたら、私なら驚くけど」
冬香に言われて綾はもう一度、天井に貼られたお札を見る。確かに、動物のような生き物に見えなくもない。
皇太后様は確か右大臣の一の姫で承香殿女御様とは年の離れた異母妹だと兄から聞かされていた。
「皇太后様はよくこちらにいらっしゃるの?」
兄からはお二人の仲はあまりよくないと聞いていたので気になった。
「皇太后様はお気の強い方で、柾良親王様を東宮にと強く推していらした方なの。まあ、お身内だからということもあるけど、とにかく自分の思い通りにならないと気が済まない方なのよ。それに引き換え、承香殿女御様はどちらかというと争いごとがあまりお好きでない方で」
「もしかして、柾良親王様のご病気のことで承香殿女御様は皇太后様にきつく当たられているのでは?」
「そうなのよ。もう、毎日手紙が来て、それも皇太后様の侍女頭の美沙様が直々にその手紙を持ってこられるの。承香殿女御様がお返事を書かれるのを傍で監視されて、承香殿女御様がお可哀そうで。だからね、高子さん柾良親王様にはなんとしてもお元気になってもらわないと承香殿女御様もご病気になってしまうわ」
冬香の力説に、兄から聞いていた話と同じだと納得する。このことを柾良親王はどう考えているのだろうかと眠っている柾良親王を見る。
もしかして、柾良親王も承香殿女御と同じで争いごとを好まない人柄なのかもしれない。
綾はもう一度、天井のお札を見た。
(何かに縋りたい気持ちは分からなくもないが、部屋のあちこちにお札が貼ってあるのは異常だ)
綾は落ち着かない部屋の雰囲気に疲労感が増してきた。
柾良親王に夕餉を食べさせ、薬も飲ませると静かに眠りについた。
「最近、夜に眠れないみたいで、よく起きだしているみたい」
冬香は、夜の番をしている侍女たちから聞いた情報を教えてくれる。
「どんなご様子なの?」
「それが、急に暴れだすそうなの。でも、しばらくすると倒れて気を失ってしまうと言っていたわ」
お膳を下げに来た侍女と入れ替わるように夜の番の美和たちに柾良親王をお願いして綾と冬香は自室に戻った。
紙に今日見たことを書き出してみる。
ここに来てから毎日つけているものだ。もう一度最初から読み返してみる。
(食事は問題ないはず。部屋に不審なものもなかった)
今夜は中務卿と会う予定がある。母から連絡があって、中務卿が母からの手紙を受け取っているはずだ。それまでに、何か見つけておきたいと思うけれどやはり何も見つけられない。唯一、気になる点と言えば部屋の匂いくらいだ。なぜか、魔除けだと言って大蒜が置いてあった。その匂いが部屋中に広がっている。充満というほどではなく、微かに匂う程度だ。
気が付くとかなり時間が経っていた、綾は急いで用意された食事と摂り、動きやすい衣に着替えて中務卿との待ち合わせ場所に行った。
待ち合わせ場所にはまだ中務卿は来ていなかった。
綾はその場にしゃがみ、地面に出来事を書き込んでいた。
東宮様への呪詛札は……多分、東宮の反対勢力の仕業よね。
柾良親王様のご病気は? 東宮派の仕業かしら?
藤壺の物の怪はどうだろうか? そういえば、物の怪がでたと言う話しか知らないことに気づいた。
物の怪ってどんなのかしら?
この間は侍女の悲鳴みたいなのが聞こえて、中務卿や検非違使たちが向かったけどそのあと特に動きはなかったわよね。
どういうことかしら?
考え事をしていたら、近くで話声が聞こえた。
中務卿が来たのだと思い綾は声のする方へ視線を動かした。
「だれだ!」
目の前に現れたのは中務卿とは似ても似つかない男だ。その後ろには女房らしき女が何かを抱えていた。
綾はとっさに身の危険を感じたがしゃがみ込んでいたため、ほんの少し動きが鈍っていた。
「拙いですね」
女の一言で、男が一歩前に出た。綾は避けようとしたが遅かった。首元に鈍い痛みが走ったところで意識を失った。
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