第11話 解き放たれた毒蛇Ⅴ
ブルライト地方の東部に位置する魔動死骸区。
「くそっ……」
その中心街に建つアパルトメントの一室で、トミー・ゲスラーは力なく毒づいた。手にする酒瓶は、とうの昔に空になっている。
少しの焦りと疲労感、そして今にも爆発しそうな苛立ちに染まる瞳で、ほの暗い曇天を睨む彼に、
「昼からお酒ですか。いいですねぇ」
不意に、背後から声がかけられた。目を剥いて振り返る。
安普請とはいえ、きちんと鍵をかけていたはずの室内に、一人の男が立ち尽くしていた。異国情緒ただよう黒い服と、狐のように細い目が印象的だ。手には小さな麻の袋を提げており、武器らしいものは所持していない。
「んだテメェ! 出ていけ、ぶっ殺すぞ!」
傍らの長剣を構えて吠えるが、男は微笑みを崩さなかった。
「まあまあ、そうおっしゃらず。ああ、わたくしはドゥーシェと申します。こちらは手土産。スカウトに来ておきながら手ぶらというのもなんですしね」
「スカウトだぁ?」
反芻するトミーに頷いた男――ドゥーシェは、袋の中身をテーブルに並べていく。酒瓶と、干し肉などの保存食のようだ。
「トミー・ゲスラー様。名家の子息でありながら家を追われ、実績ある冒険者でありながらギルドを追われ……ここ魔動死骸区でも、その経歴のみを理由に冒険者ギルドへの加入を拒否されたと聞き及んでおります。聞くも涙、語るも涙、理不尽極まる扱いではございませんか」
「馬鹿にしに来たってんなら殺すぞ」
「しかし、さる御方は、あなた様の実力と気概を高く評価しておいでです」
度重なる威嚇を歯牙にもかけず、ドゥーシェはなおも仰々しく手を差し出す。
「その辣腕、『
「……『くず鉄の剣』だと?」
この街に流れて十日と経たないトミーでも、その名前は知っている。事実上、魔動死骸区を統治している遺跡ギルド――否、盗賊ギルドだ。その影響力たるや、彼らにみかじめ料を納めた中心街の商店や病院が、まったく略奪被害に遭わなくなるほどだという。
思わぬ申し出ではあったが、トミーの答えは、ドゥーシェと顔を合わせた時から決まっている。
「知るか。他をあたれ」
「おっと、即答ですか」
「てめぇのような胡散臭ぇ野郎と組んでたまるか! とっとと失せろ! さもなきゃ死ね!」
「こいつが胡散臭ぇのは、その通りすぎて反論できねぇがよ」
怒号の隙間を縫うように届いた、ドゥーシェではない男の声。反射的に怒鳴り散らそうとした思考が、ぴたりと停止する。
「もう少し聞けよ、トミー。お前にとっても悪くない話だと思うぜ?」
「おや。いらっしゃったのですか?」
「そりゃ来るさ。こいつは俺が知る中で最高の魔法戦士だぞ。胡散臭い代理人を寄越すだけじゃ失礼ってもんだ」
柔和な声と、嫌味のない軽口。何度も謝られながら脱退勧告を出されて、まだ二週間と経っていないが、それらを耳にするのがずいぶん久しぶりに思えた。自然と頬が緩み、口が動く。
「親父!」
「おう。久しぶり、ってほどでもねぇな。元気にしてたか?」
男――レイス・メイスンは軽妙に笑い、軽く手を挙げてみせた。声も仕草も、間違いなく『闇を討つ銃弾』のギルドマスターその人だ。
「当たり前だろ! ていうか親父が『くず鉄の剣』のボス!? 向こうのギルドはどうしたんだよ!」
「おい、声でけぇって。お前とこいつ以外には秘密にしてんだからよ」
優しい苦笑とともに諫めた彼は、急に表情を引き締めた。神妙な雰囲気を感じ取り、トミーも笑顔を引っ込める。
「実をいうと、俺の本業はこっちでな。いつかはお前にも声をかけて、手伝ってもらおうと思ってたんだよ」
「手伝い?」
「ああ」
頷いたレイスは、トミーの肩に手を置いて告げた。
「ハーヴェスの腐った為政者と、そいつらに与する馬鹿どもを一掃したい……力を貸してくれ」
「…………っふ」
懸命に笑いを堪えていたドゥーシェだが、とうとう口の端から漏らしてしまった。慌てて顔を背けるが、使命感と喜びに快哉を叫ぶトミーは、まったく気づいていないようだ。
(やれやれ……学びませんねぇ、人という生き物は)
都合のいい陰謀論ほど、恐ろしくて滑稽なものはないというのに。
小説風プレイ記録『十字星の導き』 カロン @BlackBhombus
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