第7話 悪徳に染まらずⅤ
「お頭ぁ~!」
「お、俺ァ抜けるぜ! やってられっか!」
リーダーの撃破を受け、ロームパペットが押さえていた方のごろつきたちが一斉に逃げ出すが、
「ぅおらァァァ!」
その前に颯爽と現れたウェイドに、咆哮とともに巨大な得物をたたきつけられ、吹き飛んだ。あっという間にロームパペットの元まで返され、地面に大の字になって気絶する。
「うっし、完璧! お前ら無事かァ! アニキも!」
デジャブを感じる光景の中を、長大な街灯を一振りして(すぐそばの民家の屋根が、ちょっと割れた気がする)肩に担ぎ、悠々と近づいてくるウェイド。相変わらず人好きのする笑みを浮かべている。
「問題ない。そちらは……大丈夫そうだな」
「当たり前だろ? つーか、俺と先生相手にたった四人で来る時点でお察しだわな!」
ガハハ、と豪快に笑うウェイドに、アニキことキオは一瞥以外の反応を示さなかった。脚甲の突起を収納すると、破けた白衣を拾い、付着した砂を払う。
「アニキも怪我はねぇな! まあアニキが簡単にくたばる訳がねぇって話だけどよ!」
「ウェイド。頼みがある」
「お? アニキが俺に頼み事とか珍しいなァ! 明日は隕石でも降ってくんじゃね?」
キオは軽口に応じず、早足で医務室に入り、大きな麻の袋――遺体を抱えて戻ってきた。さすがのウェイドも笑顔を硬直させたが、やはりキオは知らん顔だ。遺体に乗せた小袋をじゃらりと鳴らす。
「名前はアラン。人間の男だ。こいつの妻にあたるキャリーが、スラム街西部の共同墓地のC-22区画に埋葬されている。その隣に埋めるよう墓守ギルドに伝えろ。埋葬料はコレだ」
「……おう。任された」
に、と笑って遺体を受け取るウェイド。彼に一度頷くと、キオはこちらに向き直った。頭からつま先まで、全員のコンディションをじっと観察しているのが分かる。
「負傷がないなら、お前たちは俺の患者ではない。さっさと帰って寝ろ」
「他に敵勢力がいる可能性もある。待合室で待機させてもらうが、構わないな?」
「……好きにしろ」
素っ気なく言い残すと、キオは何事もなかったように医務室へ引っ込んでしまった。自分が言えたことではないが、どこまでもビジネスライクな男だ。
肩をすくめて大剣を背に負い、サイバーリザードをスフィアに戻していると、
「お前ら、アニキにずいぶん好かれちまったみてぇだな」
ウェイドが嬉しそうに笑った。すかさず、ボウガンを折りたたんだウィリアムが苦笑する。
「あれでか?」
「当たり前だろ」
分かってねぇなぁ、と首を振ると、彼はますます喜色を深めた。
「あのアニキが、患者でもねぇ奴を病院に入れてんだ。気に入ってる証拠だろ」
***
駆けつけた『
「おはようございます」
「よっ」
午前の開業時刻より前に、フラットと、アランの埋葬を終えたであろうウェイドが現れた。入り口脇に控えていたウィリアムは、あくびを懸命にこらえて応じる。
「どうも。孤児院を留守にしていいんですか?」
「ええ。こちらを襲撃した犯人を尋問し、他の戦力はないと確認しましたので」
「……朝までやってたんスか?」
「
答えになっていないようで、なっている気もする返答。常と同じ儚げな笑顔が、かえって不穏に見えた。
おののくウィリアムの後ろから、仮眠をとったり、裏口を見張ったりしていた他のメンバーも集まり出す。全員が揃ったところで、フラットは腰を折り、深々と頭を下げた。
「事の顛末はウェイドから聞きました。皆さん、本当にありがとうございました」
「実力だけでいえば、拙者たちの助けは不要だった気もするのでござるが……」
複雑な表情を浮かべるイロハに、ウィリアムも頷いて同意を示す。人型の生物が相手なら、キオは決して負けない。そう確信できるほど、彼の体術は鋭く、効率的で、何より圧倒的だった。
「業務中に多勢に襲われれば、キオはなす術なくやられていましたよ。実力ではなく、信条的な理由で」
「? というと?」
「アニキは病院の中じゃ戦わねぇよ。アニキにとって、あそこは命を救う場所だからな」
「あー……なるほど」
昨日の昼の出来事を思い出し、ようやく納得する。ナイフを手に迫るアランに、キオは反撃も応戦もしようとしなかった。彼ほどの達人なら、凶器を手にしているとはいえ、一般人を取り押さえるくらい造作もなかったはずなのに。
「不器用な奴ですね」
「ええ。私は、彼のそんなところも大好きですが」
にこやかに言うと、フラットは手にしていた木箱を差し出した。昨日も見た、報酬金代わりの銀塊が入ったものだ。代表してハニーが受け取り、中身を検める。
「確かに受け取った」
「はい。皆さんお疲れでしょうし、ウチで朝食を召し上がって、ひと眠りしてから帰還なさいませんか?」
魅力的な提案に、イロハの腹の虫が鳴くのが聞こえた。ゆっくりベッドで休めるのも有り難い。
いいですね、と言おうとした矢先、ウェイドが唇を尖らせる。
「先生、先生。せっかく来たのに仕事終わったら即帰るとかつまんねぇっスよ。お前ら、カジノとか興味ねぇ? 一緒に行こうぜ!」
「ウェイド。先週ポーカーで負けたばかりでは?」
「ちょ~っと確率計算ミスっただけですって! 今度は取り返しますから!」
ギャンブルの負けをギャンブルで取り返すのは健全と言えるのだろうか。ウィリアムは訝しんだが、
「分かった。行こう」
「そうですね。せっかくですし」
ハニーとアリエッタという、最も賭け事と縁のなさそうな二人の首肯に目を丸くする。
「え、行くの?」
「はい。一応、この街における銀の換金相場を調べておきたいので」
「まあ……たまにはな」
至極真面目な理由を述べるアリエッタに対し、ハニーの答えは曖昧で、どこかはにかむような色が滲んでいた。意外さと微笑ましさがない交ぜになった――こいつもこういう顔をするんだな、という気持ちで見つめていると、ウェイドが彼と肩を組む。
「よし! そうと決まりゃあ飯だ飯! 今日の当番はアントニーだったか?」
「離れろ。歩きづらい」
自分より小柄な兄貴分を、忌々しそうに突き放すハニー。
その表情の人間臭さに、彼の腰に下がる
***
泣きじゃくるナイトメアの赤子の体を、機械的に産湯で清めながら思い返す。
「ねえ、先生? この子の名前、男の子なら『グラン』にしようって決めたんだけど、女の子なら『サリー』と『アリシア』のどっちが良いと思う? 彼と相談してもなかなか決まらないから、もう先生が決めちゃって!」
大きく膨らんだお腹をさすり、少女のように笑っていた彼女は、物言わぬ血まみれの骸となった。幸せそうに頬を緩めていた男は、怒りと悲しみで狂い果て、その亡骸を抱えて飛び出した。残された赤ん坊を布でくるみ、抱き上げ、名前を呼ぶ――否、つける。
「……アリシア」
それは、赤子の母が挙げていた候補の一つであり。
偶然にも、三歳で病死した、キオの妹の名でもあった。
***
干し肉と、水と、手製の滋養強壮剤を胃に流し込み、白衣を羽織って、戸を開け放つ。
医院の外には、今日もたくさんの患者が集まっていた。男衆が(厚意ゆえの無料で)医院を修復する音を耳にしつつ、いつも通りに声をかける。
「順番に待合室へ入れ。ただし、急患は例外とする」
患者の元気な返事を背に、足早に医務室に入る。
その手は生を救うために。その足は死を踏み越えるために。
恩師と、血の繋がらない大勢の弟妹たち、そして救えたかもしれない人々を想いながら、今日も彼は命を診る。
悪こそが華を得るこの街で、悪徳には染まらぬまま。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます