第6話 楽園の罠Ⅳ
開かれた【ディメンジョン・ゲート】をくぐり、『
「本っっっ当にごめんなさい!」
ネサレットに深々と頭を下げられた。イロハやハニーともども呆気にとられていると、彼女の隣でジョージアも顔を伏せる。
「俺からも詫びる。相手を甘く見すぎてた」
「そんな……顔を上げられよ。ネサレット殿やジョージア殿が悪い訳ではござらぬ!」
「そうそう。あんな化け物がいるなんて予想できねぇって」
声を張り上げるイロハに続き、年下の支部長らをなだめる。目覚めてから聞いたが、あの魔域の脅威度は、何らかの方法で操作されていたのだという(間違いなくドゥーシェとやらの仕業だろう)。そんな中、迅速に応援を派遣してくれただけで十分だ。
「……それはそうだけど、本部長に合わせる顔がない、っていうか……」
「その辺にしとけよ、ネサレットちゃん。自虐も過ぎるとみっともねぇぞ」
明るい声とともに、店の奥から二人組の冒険者が現れた。自分たちを助けてくれた、とのことだが、あいにくウィリアムは気を失っていたので、こうして面と向かって相対するのは初めてだ。まじまじと観察してしまう。
一人はローブを纏ったエルフだ。肌は少々病的なくらい白いものの、人好きのする笑顔のおかげか、不健康そうな印象は受けない。見たことのない大型のクロスボウを背負っているが、自分たちを高位の魔法で癒していたのを見るに、射手ではなく魔法使いのようだ。ぜひ経歴を聞いてみたいものである。
対するナイトメアの方は、まばゆい純白の十文字槍と金属鎧から、戦士であることは一目瞭然だった。もともと重厚なフルアーマーだった鎧は今、簡素なものに変形している。あれと同じ機構を持つ魔法の防具が、武具屋で「遠い異国の逸品」と紹介されていたのを、ウィリアムは知っている。名前は確か、イスカイアの魔導甲冑といったか。
装備も風格も、自分たちとは段違いの二人に、ネサレットが大急ぎで駆け寄る。
「クラフトさん! アスタルさん! アリエッタちゃんは、その、どうですか?」
「まだ寝てる。アルフレイム流ともテラスティア流とも違う変な使役術式だったし、体への負担がデカかったんだろ」
「体内のマナの流れ自体は正常だ。目立った外傷もないから、じきに目を覚ます」
「そうですか。良かった……」
安堵の息をついたネサレットだが、すぐに咳払いしてイロハとウィリアムに言う。
「紹介するわ。こちら、宮廷魔術師のクラフト・パルメザンさんと、神官戦士のアスタル・カウフマンさん。かつて皇帝陛下とパーティを組んでいた方々で、建国にも大きく貢献してくださった、我らの大先輩よ」
「そんな大したものじゃない」
「そうだぞぉ。大先輩なんだから、きちんと敬え~?」
「……お前はもう少し謙遜ってもんを覚えろ」
「いやいや、褒められてんのに謙遜しっぱなしとか、かえって失礼だろ」
「それはアレか。遠まわしに俺のこと失礼だと言ってんのか?」
「遠まわしじゃねぇよ。率直に言ってる」
「よぅし分かった、表に出ろ! 税金と不労所得でたぷたぷになったその腹破いてやる!」
「表に出ろだとぉ? 【ブリンク】かけるまで待ってくれるか?」
「待つか、食らえェ!」
「させるか、【スケープ・ドール】!」
ぎゃんぎゃん言い合い、やり合う二人を他所に、ジョージアとネサレットがこっそり教えてくれる。
「あの集落を上から監視してたファミリアがいただろ。あれ、本当はクラフトのでな」
「蛮族が徒党を組んで魔動部品を集めるなんて、異例中の異例だったからね。万が一に備えて、本国に応援をお願いしてたの」
「ファミリアの目を介して、【ディメンジョン・ゲート】を繋いだか」
頷くハニーに、イロハも納得したように言う。
「ハニー殿、やはりお二人と知己でござったか」
「どちらも国を空けることが多いから、頻繁に話す仲ではなかったがな」
(……宮廷魔術師が頻繁に留守にする国……?)
ますます本国とやらの統治体制が分からなくなってきたが、追及するより先に、酒場の隅で不毛な喧嘩をしていた大先輩たちが戻ってきた。
「ふ~、嫌だね怒りっぽい大人って。ちゃんと牛乳飲めよ?」
「お前が一言余計なだけだ、ボケ」
「あ、そうだ。ネサレットちゃん」
とても一国の柱を担う人材とは思えないやり取りの後、クラフトが懐から機械装置を取り出した。
覗き込んでぎょっとする。以前、“
「これ、見覚えある?」
「……少し前、同じものが装着された魔神を討伐しました」
「そっか……何なんだろうな、これ? 魔神がやけに大人しかったのと関係あんのかね?」
「その辺りはエイプリルが専門だ。持ち帰って分析させればいい」
「そうだな。そろそろお暇……の前に。そっちの彼女」
「? 拙者でござるか?」
不意に話しかけると、クラフトは勢いよく親指を立て、
「キミ…………将来有望っ」
「? ありがとうございまする?」
頭に疑問符を浮かべるイロハの前で、大先輩がもう一人の大先輩にげんこつをもらった。
***
紅茶にミルクを注ぎ終えるのと同時に、鳩時計が午前九時を知らせた。規則正しい鳴き声を聞きながら、先ほど上階から戻ってきたばかりのネサレットとイロハに、カップを差し出して尋ねる。
「アリエッタの様子は?」
「まだ眠たげ……というより気だるげね。咳も熱も出ない風邪みたい、っていうか」
「しかし、起きて笑って話もできているのは、回復してきた証拠でござろう」
ぐいっ、とエールさながらに飲み下したイロハは、手元の皿の骨せんべい(ジンからの差し入れだ)をボリボリ食べ始めた。おおざっぱ極まりない食事風景だが、きちんと味わっていることは知っているので、ハニーは何も言わずおかわりを淹れてやる。
ドゥーシェの罠から生還し、すでに五日が経過した。怪我の治療も装備の修繕も終わっている。残る気がかりはアリエッタの健康状態だけだが、様子を聞く限り、あと数日もあれば完治するだろう。あまり深刻に考える必要はなさそうだ。
自身の頭の中で結論づけ、二杯目のミルクティーを差し出すハニーに、イロハは会釈してから続ける。
「そういえば、アリエッタ殿のアレは、結局何だったのでござろう?」
「アレって、異界の門が変形したっていう?」
応じるのはウィリアムだ。直接目の当たりにしていない彼に、当時の異様な光景を十全に伝えられないのが残念である。
「うむ。実力以上の魔神を呼び出した点も含めて、里でも聞いたことがないでござる」
「本国付近の魔術体系にもない技術となると、俺たちではお手上げだ。アリエッタの体調が戻ったら、本人に聞けばいい」
「そうだ。アリエッタちゃんの方は分からないけど、例のマギスフィアは本国で解析できたわよ」
ぱん、と手を叩いて懐からメモを取り出す支部長に、自然と場の全員の目が集まる。
「仮称、スレイヴスフィア。装着対象の思考回路を乗っ取って、使用者の意のままに動く傀儡に変える――要は洗脳装置ね」
「……それヤバくね?」
「ヤバいわよ。すっごく」
冷や汗を流すウィリアムに頷くネサレット。言葉は軽いが、目は真剣だ。
「ただ、エイプリルさん――本国の技師さんが言うには、有効なのは魔神だけみたい。こっちの世界で活動するための仮初の肉体しか持ってないから、これ一つで支配できるんじゃないか、って」
「つまり、それが量産できれば、魔神の軍勢を作り出すことも可能ということか」
「ええ。王家や衛士隊にも報告してある。最近の魔動部品の強奪は、全部これに繋がってるのかもしれない、ってね」
ハニーの指摘に、ネサレットは固い表情で応じた。今回の依頼は失敗に終わったわけだが、結果的に巨悪の存在に気づけたのは、立派な収穫と言っていいかもしれない。
「で、ここからが特に深刻なんだけど……」
前置きの後、彼女はさらに気の重くなる事実を告げた。
「みんなの初仕事の時も、同型の装置を回収したでしょ? あの頃から疑ってはいたけど、やっぱりウチの――
『まさか……魔神の思考回路を、無理やり交信回路に書き換えているのですか!?』
「ええ。構造的にはそうみたい」
ずいっ、と身を乗り出すように浮遊し、大声を張り上げるI:2。周りが唖然としていることに気づいたか、こほん、と空咳を打って解説する。
『私の要と呼べる機能は、大まかに言って二つあります。一つは、センサーから得た情報を元に、人間的反応や感情を計算・出力する「疑似人格システム」。もう一つは、マスターの命令を受諾する「交信回路」です。後者は、私が機械であり続けるために搭載された、いわば反逆防止用の安全装置ですね』
「で、例のスレイヴスフィアだけど……装着対象の脳を、丸ごと交信回路に置き換えるような、呪術的なプログラムが書き込まれてるの。装着されたら最後、命令を聞く以外の行動は、まずとれないわ」
「なんと惨いっ……魔神相手とはいえ、あんまりではござらぬか!」
「ていうか、連中はそんな技術、どうやって手に入れたんだ? 国家機密だろ?」
「それは……ここを建設するにあたって、本国がハーヴェス王国に技術供与を申し出たから、その先のどこかで漏れたんだと思う」
目を丸くする一同(ハニーを除く)に、若き支部長は肩をすくめるばかりだ。
「ハーヴェスにとって、ウチは他所の国の、見知らぬギルドだからね。それくらいの見返りがないと、設置を許してもらえなかったの」
「……何でそこまでして、この国に支部を置いたんだ?」
「それは――」
ネサレットがウィリアムの疑問に答えようとした、ちょうどその時だった。
「邪魔するぜ」
ドアベルの乾いた音と、覇気のない声、そして多数の軍靴の音が飛び込んできた。
見ると、揃いの制服に身を包んだ男女が十数人、酒場の入り口で整列している。衛士隊だ。肩や腹部を覆う程度の簡素な金属鎧には、小さく「Ⅱ」と刻印されている。この辺り――ハーヴェス王国東区を管轄とする、二番隊の証である。
その先頭に立つ壮年の男性(徽章を見るに隊長だろうか)が、くわえていた煙草を指につまみ、隣で若い隊員が広げた令状を読み上げる。
「あー、衛士隊二番隊隊長ルドガー・オークスより、冒険者ギルド『十字星の導き』に告ぐ。えー、先に報告のあった……うん、読んで」
「はっ! 先に報告のあった、魔神の隷属化を可能とするマギスフィア型特殊装置について、反社会勢力への類似技術の出所が貴公らである疑いが浮上している。よって、現時刻より家宅捜索を開始する! 総員、捜査が完了するまでこの酒場フロアを動かず、速やかな調査にご協力願う! 以上!」
「……ま、そうなるとは思ったけどね」
若干締まらない宣告だが、容疑者扱いされているのは明らかだ。苦い顔で額に手をあてるネサレットだが、気を取り直したように顔を上げ、毅然と応じる。
「我が国が技術を提供したのは、ハーヴェス王家とマギテック協会だけよ。当然、その二つにも当たってるのよね?」
「だけかどうかは捜査の末に判断する。そして当然、いま挙がった両機関の技術部門に対しても、同様の捜査を行っているところである」
「…………」
こちらの発言にどう返すか、あらかじめ考えていたような回答を片耳で聞きつつ、ネサレットに念話を繋ぐ。
『拒否する理由はなさそうだな』
『そうね。みんなと一緒に、ここで大人しくしてて』
落ち着き払った感情をこちらに送ると、彼女は隊長――ルドガーをまっすぐ見据える。
「一人、体調を崩して寝ている子がいるの。その子の部屋に入る時は、私も同行させてくれない? もちろん、捜査の邪魔はしないわ」
「……バネッサ。ディジー。お前らが行け」
「「はっ!」」
「他は各所に散れ。手早く終わらせろよ」
「「「了解!」」」
声を揃えて応じると、隊員たちは散開し、奥の階段や応接室へ素早く移動し始めた。誰もがこちらに会釈する辺り、かつて自分が見たような素行の悪い者はいないようで、少し安心する。
ネサレットも目配せを一つ残して立ち去り、酒場にはハニーたちと、適当なテーブル席について新聞を広げるルドガーだけが残された。徹頭徹尾やる気が感じられないが、こちらを意識しているのを肌で感じる。仮に自分たちが蜂起しても、一人で抑え込む自信がある、ということだろうか。
所在なさげにこちらを見るイロハとウィリアムに、とりあえず座るよう促そうとした時、
「おい」
不意に、ルドガーが煙草をくわえたまま声をかけてきた。いやが上にも緊張が高まる中(イロハにいたっては刀に手を添えている)、続けて彼が発したのは、
「コーヒーいいか? あ、砂糖は大さじ三杯、ミルク多めな」
思わず脱力してしまうくらい、のんきだった。
***
「はあ。放置、ですか」
眼前の鏡――正確には、その飾りにカモフラージュされている通話のピアスに向かって、ドゥーシェは拍子抜けしたように言った。
「よろしいので? 確かに、ギルドとしては木っ端のごとき一団ですが、背後の帝国は堅牢そのもの。特記戦力とおぼしき二名と接触しましたが、わたくし一人では手も足も出ますまい」
『真に脅威となり得る者なら、いずれ向こうから顔を出す』
す、と。
場の温度を下げるような男の声が、ピアスにあしらわれた黒い宝石から放たれる。
『首を刎ねるのはその時でいい。無駄な時間を使うな』
「……かしこまりました。ご随意に」
ドゥーシェの返答に満足したのか、通話は途絶えた。
ふう、と息をついた直後、部屋の扉が遠慮がちにノックされる。続いて聞こえてくるのは、彼の世話役を務める少年の声だ。
「大僧正さま。エルフィン殿がお見えになりました」
「おっと、失礼。すぐに参りますね」
にこやかに返答し、法衣についた小さな埃を払って自室を後にする。身だしなみを整えながら廊下を進み、執務室に入ると、同じく法衣に身を包んだ老人が深々とお辞儀した。彼が連れている数人の男女も、それにならって床に額をつける。
なかなかの大物ですねぇ、と内心ほくそ笑みながら、ドゥーシェは柔らかく微笑んでみせる。優しそうな人だ、と思ってもらえるように、ふんわりと。
「ようこそ、奈落教総本山へ。歓迎いたしますよ」
腹の中で、彼らの最適なさばき方を考えていることを隠すように。
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