第6話 楽園の罠Ⅰ

 荒野のただ中を、一台の大型魔動車両が駆けていく。

 一般的なほろと同じくらい大きな胴体と、そこから伸びる四本のアーム。そしてアームの先端で駆動する車輪。本国で開発された魔動機獣群の一号機、サイバースパイダーだ。機動力に優れるビークルモードと、垂直の壁すら踏破するアラクネモード。二つの形態で輸送と探索をこなし、帝国の発展を陰ひなたから支えてきた傑作である。

『そ~んな逸品をぽいっと任されるとは。マスターも出世しましたね~、ひゅ~ひゅ~!』

 操縦桿に装着されたI:2アイツーが、青い光を明滅させながら、機嫌のよさそうな音声を発する。コンソールに表示される機体の状態、外気温、生体反応などに目を配りながら、ハニーは素っ気なく返してやった。

「機嫌がいいのは結構だが、そろそろ目的地だ。速度を緩めろ」

『分かってますって~。非戦闘用機のシステム領域は広々してて快適でして~』

「途中で降りるのでござるか?」

 と、イロハが操縦席にもたれながら尋ねてきた。後方を一瞥すると、アリエッタとウィリアムは四人掛けの座席に座って、シートベルトもしっかり締めている。

「今回の仕事は、監視と情報収集だ。このまま行けば標的に気づかれるおそれがある。あと座れ。まだ揺れるぞ」

「あー、けっこう派手だったもんなぁ、こいつの走行音」

 ウィリアムの相槌に応えるように、機体の速度を落としていく。

 今回の任務は、これまでに幾度か遭遇した、魔動部品を強奪している蛮族たちの監視だ。三日前、回収した命令書に記された集合場所――北方の集落跡地にボルグ種の小集団がうろつき始めたと、監視役のジョージアから連絡が入った。強さも数も脅威と呼ぶには足りないが、陣地として使えるよう廃墟を整備しているのだという。ジョージア一人ではとれる対応にも限界があるかもしれないということで、自分たちが追加で派遣された、という訳だ。

 目的地は徒歩で五日かかる遠方だが、サイバースパイダーのおかげで、野営を一度挟んだだけで到着できそうだ。

「……む?」

 と、イロハが首を傾げた。左手を額に当ててひさしにしている。

「どうした」

「いや、誰か立っているような……」

『ご名答です、イロハさん。二百メートル前方に人族らしき反応あり』

「停めるぞ」

 I:2のアナウンスを受け、ブレーキを強めにかけてハッチを開放する。真っ先にイロハが飛び降り、刀の柄に手を運ぶが、

「ああ、ジョージア殿でござったか! おはようございまする!」

 知り合いと気づいて殺気を引っ込めた。手を目いっぱい振りつつ駆け寄る。

「朝から元気だな……」

 眉を寄せるジョージアの服装は、ギルドで見かける時の小洒落たものではない。帽子にマフラー、マントに靴と、すべてが乾いた茶色や緑色に染まっている。伏せてじっとしていれば、遠目には周囲の風景と見分けがつかないだろう。二日酔いに苦しむ普段の姿からは想像もつかない、気合いの入った出で立ちだ。

 イロハのはつらつとした様子に呆れていたのも束の間。狩人さながらの眼光に戻ると、ジョージアは後方を顎で指す。

「今しがた状況が変わった。ついて来い」

「分かった」

 ハニーの首肯を待たず、ジョージアは踵を返して足早に歩き出してしまう。よほど切迫していると見て、ハニーも後に続こうとするが、

「イロハちゃん?」

 一歩踏み出したところで、アリエッタの怪訝そうな声が聞こえた。振り返った先で、イロハは天を仰いでいる。

「ああ、何でも。カラスが飛んでいるなぁ、と」

「……こんなところにか?」

 ウィリアムに倣い、ハニーも空を見上げる。確かに、はるか上空に一羽だけ、黒い翼を広げて旋回するカラスが見えた。まるでトンビのような行動に、頭の中に疑問符が浮かぶが、

「俺のファミリアだ。気にすんな」

 先を行くジョージアは、そっけない一言で疑問を一蹴した。


 ***


「今から三時間前、目標地点に“奈落の魔域シャロウアビス”が出現した。集まってた蛮族は五体とも、出現と同時に呑まれて消息不明。今のところ、他に出入りした奴はいない」

『脅威度は?』

「9だ。例の蛮族より高い」

 ジョージアの早口の報告に、ふむ、と通話のピアスの向こうでネサレットが口を閉ざす。その隙に、アリエッタは背後を見下ろした。

 彼女たちが輪になって座っているのは、切り立った崖の縁だ。その下には、廃墟と化した民家や荒れ果てた畑が点在している。当然だが、人っ子一人いない。

 そのほぼ中心に、異界の入り口が鎮座していた。朝日を一切反射しない、まるで闇そのもののような異質な漆黒は、直径およそ五メートルのドーム状。今も少しずつ肥大化しているはずだ。

『ジョージアさんはどう思います?』

「さっさと潰した方がいい。なんせ呑まれたのはボルグだ。そのうち出入りする方法を見つけて、あの魔域そのものを陣地にしかねない。脅威度を見る限り、こいつらだけでも十分そうだしな」

「? ジョージアはどうするんだ?」

「俺は外で待機だ。命令書の日付まで二日あるが、敵が来ない保証はねぇからな」

 ウィリアムの問いに、こともなげに応じるジョージア。力量も分からない相手に一人で応戦することに躊躇がない辺り、自分の力量に絶大な自信を持っていることが窺える。

『ハニーくんの意見は?』

 ネサレットの問いかけに、ハニーはしばしの無言の後、

「改めて確認だが、今回の任務は、蛮族側の情報を得ることだな?」

『そうね。こんな取引をする奴が何者なのか、ヒントだけでも掴めれば御の字よ』

「なら、今すぐ魔域を攻略して、これまでの監視体制に戻るべきだ。最悪なのは、遠目に魔域を確認した蛮族が、取引の続行が不可能と判断し、撤退するパターンだろうからな」

 ハニーに頷いて賛同を示す。脱出方法が限られる“奈落の魔域”は、人族にとっても蛮族にとってもリスクが高い場所だ。彼の言うとおりの展開になったら、第一目標である情報収集さえ覚束ない。迅速に魔域を消滅させ、ただの集落跡地に戻したうえで、集まってくる蛮族たちを監視する――これが最善だろう。

 他のメンバーも異論がないと見たか、ネサレットは声音を明るくしてまとめる。

『じゃあ、魔域の攻略をお願い。脅威度的には問題なさそうだけど、油断しないでね?』

「うむ! そもそも魔域が相手でござろう? 油断も手加減もなしでござる!」

「イーヴの神官が言うと気合いの度合いが違ぇな」

「一応、お前らの通話のピアスを貸せ。どうせ魔域の中と外じゃ通話できねぇし」

「ああ」

『ふふふ。楽しみね、アリー。今日もとっても楽しそうだわ!』

 各々の盛り上がりに紛れるように、旅行鞄から甲高い笑い声が聞こえた。いつものように軽く鞄を叩き、小声で命じる。

「ジェニー。静かにしなさい」

『ええ、楽しみ。本当に本当に、本っ当に楽しみよ、アリー』

「……?」

 おかしいな、と眉をひそめる。いつもの彼女なら、命令一つで大人しくなるのだが。

『初めてあなたと話した時くらい、楽しみだわ』

 契約相手の疑念など知らないように、ジェニーは夢見心地といった口調で呟くばかりだった。


 ***


 全員が魔域に侵入したことで、ジョージアは再び一人になる。

「……うしっ」

 気を取り直して周囲を見回す。今にも崩れそうな廃墟、放置された農具、馬車の残骸――どれも罠を隠蔽する素材としては上々だ。長いこと放置された感じが最高である。

(まずは……トラバサミとまきびしだな)

 オーソドックスな罠を仕掛けようと、一歩踏み出したところで、かたん。

 懐で鳴った硬い音に、首を傾げてポーチを覗く。スカウトツールやトラップの素材の間で、先ほど脅威度の測定に用いたばかりの悪魔の血盤が、かたかたと細かく振動していた。見たことのない現象に眉を寄せ、手に取る。

 直後、


 血盤に浮かび上がっていた数字――脅威度が、「9」から「14」に変化した。


 目を見張ったのも束の間。血盤は勢いよく砕け、辺りに破片をまき散らす。その一つを手にしたまま、しばらく硬直したジョージアだったが、

「…………は?」

 ようやく、一言だけ絞り出した。

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