第5話 立ち塞がる機兵Ⅲ

 魔動機械。

 アル・メナス魔動機文明時代に開発された、マナを動力源とする機械装置の総称である。現存するマナライトや魔動バイク、マギスフィアの類が最たる例といえるが、この単語が冒険者の口から出た場合、それは魔動機兵を指すことが多い。

 手のひらに乗るほど小さなものから、天を衝かんばかりに巨大なものまで様々だが、いずれも人々の暮らしを豊かにするために、あるいは外敵を打ち倒すために活躍した。ひとたび命令が入力されれば、それが幼子の悪戯であろうとも忠実に遂行する――アル・メナスが目指した「民衆の手に魔法を」もたらす手段の究極と言える逸品である。

 もっとも、この命令が厄介な事態を招いた事例は、枚挙に暇がない。防衛命令を受けたものが遺跡を守護していたり、攻撃命令を受けたものが集落を襲ったりする事件は、過去にいくつも発生したという。

 今、自分たちの目の前に存在するのも、そういう厄介な事例の一つなのだろうが、

「……でかくね?」

 クロスボウを展開しながら、呆然と呟かずにはいられなかった。

 ゆっくりとこちらに向き直るのは、高さ五メートルはあろうかという人型の魔動機兵だ。右手に鉄塊のごとき長剣、左手に巨大な盾を構え、ウィリアムたちを見据えてくる。もちろん表情も感情もないのだが、甲冑風の装飾が施された頭部に一点だけ灯る光(おそらくセンサー)が、まるで突然の来訪者に驚くように揺れていた。

「人型汎用魔動機兵エルトリアスです。周囲の魔動機兵を指揮しながら戦う、指揮官のような魔動機兵なのですが……」

「取り巻きはみんな、この何百年かで壊れちまったのかね?」

「はい、おそらくは」

「とにかく行くぞ。見たところ、動く者への対処を優先しているようだ」

「ま、そうしねぇとまずいよな~」

 サイバーレインディアに跨るハニーに、ため息交じりに応じながら先を見やった。

 エルトリアスの足元やフロアの反対側に、計四人の人族が倒れている。冒険者だ。自分たちとは別の入り口から侵入し、この強敵と鉢合わせてしまったのだろう。息はあるようだが、自分たちが逃げ出そうものなら、たちまち狙われて終わりだ。そんな後味の悪い結末は見たくない。

「――――臥薪嘗胆」

 唱えたイロハが獣変貌し、刀を抜いたのを視界の端に捉えながら、

「そんじゃ、まあ……行きますか!」

 素早く横へスライド移動し、魔力の太矢を装填。目にも止まらぬ早撃ちで膝を射抜いた。関節部分を動かす柔軟なパーツを破壊され、たまらず巨躯が片膝をつく。

 これで足技は封じた。姿勢が低くなった分、頭や胴にも刃が届く。

「頼んだ!」

「ああ」

「承知!」

 ハニーは淡々とした声で、イロハは気合いのこもった唸り声で、それぞれ応じて猛然と突っ込んだ。前者の重厚な一撃が胴部に入れた亀裂へ、後者の鋭利な一閃が滑り込む。さすがのエルトリアスも、患部(?)から火花を噴出させてのけぞった。

 初手は上々、と頷いた直後、敵の胸の中央に据えられた球状のパーツが光り出す。

「! 避けろ!」

 吠えた直後、スフィアから一条の光線が放たれた。狙われたイロハは辛くも回避したが、体勢は乱される。その一瞬の隙を逃さず、エルトリアスは盾に仕込まれた小銃を展開。イロハの脇を撃ち抜いた。

「ぐっ……!」

『イロハさん!』

「まだだ、I:2アイツー!」

 一人と一機が叫んだ一秒後、エルトリアスの上半身が腰を基点に回転した。長剣による高速の薙ぎ払いが、前衛組に容赦なく襲いかかる。

 結果、

「ッ――!」

 ハニーとサイバーレインディアは踏ん張ったが、イロハはたまらず吹き飛ばされ、近くに転がっていた瓦礫に激突した。それでも意識を保ち、即座に立ち上がるタフネスは見上げたものだが、腹だけでなく頭からも大量に出血している。あの状態では、何が致命傷になるか分かったものではない。

 とはいえ、自分にできるのは攻撃だけだ。一刻も早く敵を沈黙させるべく、太矢を装填しなおす。


 そこに、轟いた。

「ゥハハハハハァ!」

 歓喜と嗜虐に濡れる、悪魔の大笑いが。


 ***


 門扉の隙間から漏れ出た青白い炎が、カエルの舌のように素早く伸び、アリエッタが放った植物のツルを掴む。これを供物の受領と捉えたか、魔神は異界の門を開け放ち、笑いながらエルトリアスの眼前に立ち塞がった。無論、その体長はエルトリアスに及ばない。しかし、ねじれた二本角と長い尻尾、そして全身から放たれる禍々しい覇気が、魔神を見かけ以上に巨大に見せていた。

 嗤う青銅の魔剣士、グルネル。以前呼び出した時に感じた、マナを無理やり引き抜かれるような息苦しさはない。心の隅で己の成長を感じつつ、続けざまに術式を練り上げた。

「分かたれよ、【ブランチ】!」

 封入具を通じてあふれ出した多量のマナが、グルネルの分身を形成する。ほんの一時ではあるが、魔神と同等の戦力を発揮する「実体ある幻」だ。マナの消費は激しいが、一気呵成に打ち倒すにはこれしかない。

「行って!」

『『ッハハハハハハハ!』』

 命令に二重の笑い声で応えると、一体が正面から、もう一体が右手から躍りかかる。当然、エルトリアスは長剣で打ち据えにかかるが、グルネルは斬撃を器用にさばいて肉迫。圧縮したマナの塊を、破損した胴体へ至近距離から叩き込んだ。光線照射機関を吹き飛ばされ、エルトリアスは体勢を崩したが、すかさずもう一体が振り下ろした大剣は、盾でしっかりガードする。

 連続攻撃が生んだ隙を、ハニーとI:2は見逃さない。

『全砲門、発射ファイア!』

 サイバーレインディアの砲撃が二発、左肩を捉えた。装甲を剥がされて剥き出しになった関節部めがけて、ハニーが大上段から大剣を振り下ろす。クチバシを思わせる黒い刃は、エルトリアスの左腕を根本から、文字通り叩き斬った。

 左腕と盾が落下し、ずん、と揺れる地を踏みしめて、イロハが走る。

「イロハちゃん! 無理はしないでください!」

「心配無用!」

 アリエッタに吠えて返し、それまで両手で持っていた刀を片手に持ち替える。空いた左手で腰の短刀(脇差というらしい)を抜いたところで、エルトリアスが再び上半身を回転させた。唯一残った右腕と長剣で、周囲を薙ぎ払う。

 猛然と迫る鉄の塊に対し、

「…………」

 イロハは肩の力を抜き、脇差で迎え撃つような姿勢のまま、跳んだ。

 刹那、重い一閃が食らいつく。あまりの衝撃に、脇差の刀身がかすかに欠け、小柄な体がきりもみ回転しながら宙を舞うが、イロハ本人は無傷だ。地面を転がるように着地するも、素早く立ち上がって駆け寄る。

 強引にいなしてみせた剣士を、それでもエルトリアスは目で追うが、

「そら、よっ!」

 その首元に、ウィリアムが射撃を見舞った。装飾の隙間に滑り込み、内部で刃を展開した太矢によって、伝達機器を破損したのだろう。目に見えてエルトリアスの動きが鈍る。右腕を構えなおすこともできていない。

 ほとんど棒立ちになった獲物の頭へ、軽やかに駆け上がったイロハは、

「覚悟ッ!」

 一点だけ灯り、彼女を捉えて離さないセンサーライトめがけて、深々と愛刀を突き刺した。

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