第5話 立ち塞がる機兵Ⅱ
地面に腹ばいになり、壁に空いた小さな穴へ体をねじ込む。首まではすんなり通ったものの、やはり肩で引っかかった。芋虫さながらに体をよじって、どうにか通れそうな姿勢を見つける。
「行けそうか?」
「も、もう少し、でござるッ……!」
ウィリアムの問いかけに、声を絞り出して応じた直後、上半身が穴を潜り抜けた。素早く立ち上がって獣変貌を使用し、暗視を獲得した目で辺りを見回す。
どのフロアもひどい有様だったが、この部屋の損傷具合は比較的軽いように見える。ただ、もともと広くないところに巨大な装置が設置されているせいで、非常に狭い。何も考えずに動けば、腰の刀が装置にぶつかってしまいそうだ。
ひとまず危険はないと判断したイロハは、いったん獣変貌を解き、壁の向こうのウィリアムに声を放る(彼にはリカント語が通じないのだ)。
「ウィリアム殿! たいまつを頼むでござる!」
「おう」
返答から間もなく、火のついたたいまつが滑り込んできた。舞い上がる
「下に続いてそうな場所はあるか?」
「ありませぬ。しかし、なにやら大きな魔動機があるので、少し調べてみるでござる」
「分かった、頼む。俺はこっちのフロアを見ておくわ」
「承知でござる」
会話の後、足音が遠ざかっていく。痩躯とはいえ長身の彼では、この小さな穴は潜れない。ここは自分が探るべきだろう。
気合いを入れ、目の前の装置を見上げる。壁一面に貼りつくように設置された魔動機は、その表面に、スイッチや計器類が無数に取り付けられている。試しに一つを押してみるが、うんともすんとも言わない。電源が断たれているのだろうか。
「う~む…………『搬入口』……『第一製造プラント』……?」
唸りながら、スイッチの周りに書かれた魔動機文明語を読み上げる。賦術を使うにあたり、最低限の読み書きはマスターしたイロハだが、専門知識がない身では、何と書いてあるか分かるだけだ。この装置が何のためのものなのか、どこを操作すればどうなるのか、まるで見当がつかない。
「…………」
ふと、アリエッタの顔が脳裏をよぎる。彼女は本職の魔動機師ではないが、持ち前の知識を総動員して、操作方法を推測してくれただろう。魔動機を騎獣としているハニーや、その相方の
(……仲間というのは、有り難いものなのでござるなぁ)
里で修行に明け暮れていた頃から分かっていたはずのことを、改めて感じ入るイロハ。
その腹の虫が、間抜けな音で空腹を訴えてきた。
(……ウィリアム殿。腹が減っては何とやら、でござる)
ウィリアムに(心の中で)断ったイロハは、いそいそとポーチをあさり、探り当てた干し肉にかじりついた。装置の一部が程よく出っ張っていたため、そこに体を預けつつ、水袋を求めてポーチに手を突っ込む。
その時、尻の辺りに何かを押し込むような感触が。
「? 今のは――」
『マナの補給を確認しました。予備電源を起動、供給を開始します』
怪訝に思ったのも束の間。魔動機文明語の音声が流れた直後、装置が重々しい音を上げて動き出す。思わず飛び上がって愛刀の柄を握るが、危機が襲ってくる気配はない。スイッチ周辺に光が灯り、低い唸り声を上げ続けるばかりだ。
目を白黒させていると、穴の向こうからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「イロハ! お前何した!?」
「何もしていないでござる! 勝手に動き出したのでござるよ!」
「それ壊したヤツの常套句じゃねぇか! いや、動いてるんだけど!」
「とにかく、すぐそちらに戻るでござる! 少々お待ち、を…………?」
叫んで返す途中、先ほどまで自分が寄りかかっていた場所が目に入る。
それは、どうやら操作盤の一部のようだ。ちょうどイロハがもたれていた辺りにボタンがある。横には、かすれて消えかかった魔動機文明語で『予備電源起動/停止』『マナを供給しながら押してください』と書かれていた。
瞬間、頭に電撃を浴びたような衝撃を受け、大慌てでポーチの中を覗き込む。いくつか入れておいたはずの魔晶石が、跡形もなく消えていた。
「イロハ? おい、どうした!? 返事しろ!」
「……ウィリアム殿」
「?」
「拙者の1000ガメルがぁ……」
「……すまん、どゆこと?」
***
突然唸り出したエレベーターに困惑したものの、乗り込んでパネルを操作する。重厚な魔動部品を何度も運んだであろう装置は、少しガタつきながらも、問題なく動作した。
「イロハちゃんとウィリアムさんのおかげでしょうか?」
「かもしれないな」
短いやり取りの直後、エレベーターが停止した。床が続いていることを確認しつつ踏み出し、たいまつを掲げて辺りを照らす。
先刻の地下フロアの数倍はありそうな、非常に広い空間だ。天井も高く、この工場で造られていた品の巨大さが窺える。荒れ果てた現状からは想像もつかないが、相当に大規模な工場だったのかもしれない。
考えながら見回すハニーの視界の端で、何かが跳躍。
「構えろ!」
反射的に吠え、黒い何かめがけてたいまつを投げつけた。併せて一歩踏み出し、背の大剣を盾のように眼前へかざす。
直後、闇を切り取ったような黒衣を纏う蛮族――ドーンが三人、代わる代わる襲いかかってきた。鋭い爪は刀身と鎧で受け止めたものの、息の合った連続攻撃には隙がなく、騎獣を呼び出す暇もない。
せめてアリエッタが攪乱してくれるまでは持ちこたえねば――と踏ん張ったところに、
獣頭の剣士が一人、紅い残像を残しながら、たいまつの灯りの中に飛び込んできた。
ひときわ大柄なリーダー格へ緑色のマテリアルカードを射出しつつ、鞘ごと抜いた刀の柄頭で尾てい骨を殴打する。手足の麻痺も相まってバランスを崩す巨体を見据えたまま、イロハは鞘を後ろへ投げ捨てるように抜刀。素早く足をさばいて間合いを調節し、強烈な斬撃を見舞う。
リーダーの苦悶の声に、二人の手下も振り返るが、
「くそっ、まだ仲間が、ッ……!」
うち一人は、イロハの遥か後方から飛んできた矢に喉を貫かれた。好機と見てサイバーレインディアを呼び出し、素早く騎乗して得物を振り下ろす。鳥のクチバシさながらに尖った先端が、相手リーダーの肩に食らいついた。
「ぎ、あッ……てめぇ……!」
「血の報いを! 【アヴェンジャー】!」
何か言おうとしたところで、アリエッタが手のひらを軽く切りながら詠唱。残る蛮族二人の足元から、呪いと化したマナの渦が立ち上り、生気を吸い尽くした。
***
「いや~、初めて使ったけど【クリティカルレイ】半端ねぇな」
大型のクロスボウをたたみ、背負いなおしたウィリアムは、こちらに歩み寄りながら笑顔を見せた。
「教えてくれてありがとよ、イロハ。狙撃と相性抜群だわ、これ」
「礼には及びませぬ。役立ててくれれば何よりでござる」
獣変貌を解き、拾い上げた鞘へ刀を戻しながら、イロハも笑みで返す。どこか凛々しささえ感じさせるたたずまいに、彼女も間違いなく武人なのだと再認識しながら、アリエッタは二人に近づいて尋ねる。
「お二人とも、ありがとうございました。ここまでに怪我などしていませんか?」
「ああ。敵と会ったのはここが初めてだし、崩れそうな場所は避けてきた」
「そちらこそ大丈夫でござるか? 特にハニー殿、ひと時とはいえ三対一だったのでござろう?」
「問題ない」
「さすがでござるな」
「それにしても、こいつら一体何者だ?」
足元に転がる死体を見下ろし、ウィリアムが話題を変える。
「ここに住んでる、訳じゃねぇよな。こないだまで土に埋まってた遺跡だし」
「ドーンは上位蛮族の命令で動くことが多い種族です。何かの密命を受けて、私たちより先に探索していたのではないでしょうか」
「ふむ……」
アリエッタの推測に頷いたハニーが、敵リーダーの傍らに膝をつく。ウィリアムがたいまつで照らす中、しばらく黒衣の内側をあさっていたが、やがて一枚の羊皮紙を取り上げた。筒状に丸められ、麻の紐でまとめてある。
「アリエッタ。読めるか」
「はい。ウィリアムさん、すみませんが灯りをお願いします」
「あいよ」
手元を明るくしてもらいつつ、受け取った羊皮紙を開いた、その矢先。
地響きとともに、悲鳴のような声がかすかに聞こえた。
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