第5話 立ち塞がる機兵Ⅰ
「ふっ……!」
『頑張ってください、マスター! ファイ、オー! ですよ!』
ふう、と息を整えたハニーは、水袋の水を一口飲み、アリエッタに向き直る。
「たいまつをくれ」
「はい。すみません、あんなことの直後に力仕事を……」
「適材適所だ。謝る必要はない」
いつもと同じ、鉄の柱を思わせる断言の後、彼はたいまつを前方に掲げた。揺らめく炎が、数メートル先の曲がり角を照らし出している。
「先行する。周りが崩れないか、注視しながらついてきてくれ」
「了解です」
頷くと、ハニーは背中を丸めて狭い路地を進み始めた。I:2もふわふわと追従する。アリエッタもたいまつを手に、その後に続こうとして、
「けほっ」
舞い散る粉塵に咳き込みつつ、ほんの数分前の出来事を思い返していた。
***
「ほい、確かにケイティさんの証文だな」
「ご確認ありがとうございます」
レンジャーから依頼書を受け取ったアリエッタは、目の前の建造物を見上げた。
場所はディガッド山脈の南部。切り立った崖の一部が崩れ、魔動機文明時代のものとおぼしき遺跡が露出している。金属質の強固な建材、高さ五メートルはあるシャッター式の大扉を見るに、かつては魔動機の製造工場だったのだろうか。
今回の仕事は、この遺跡の内部を調査し、発掘した品や情報を持ち帰ることだ。ハーヴェスを出発して半日ほど歩き、マギテック協会が雇ったレンジャーたちと合流して、今に至る。
「今から丸一日、俺たちはここで待機する。お前さんたちが戻らなかった場合に、ハーヴェスに救援要請を出さないといけないからな。できればその前に、一度戻るようにしてくれ」
「了解した」
淡々としたやり取りを終え、ハニーがこちらにやって来た。アリエッタだけでなく、ウィリアムとイロハも準備を終えている。
「先頭は俺が行く。アリエッタとイロハは中衛、ウィリアムは殿を頼む」
「分かりました」
「お任せを!」
「りょ~かい」
三者三様の返答に頷いたハニーは、シャッターの脇にある通用門を開けた。途端に漏れ出る湿った臭いにも構わず、たいまつ片手に踏み入る。
広い部屋のあちこちに、魔動部品が積まれたコンテナが放置されている。やはり工場だったようだが、その荒れ具合は想像以上だ。壁も天井も所々崩れて歪み、ケーブルなどの設備が露出している。大破局の天変地異に巻き込まれたことで、崩壊寸前まで傷んでしまったのかもしれない。
部外者の目がなくなったからか、ハニーが腰のマギスフィアに手を伸ばす。アリエッタもゴーレムを作ろうかと思った矢先、後ろでウィリアムがイロハを呼び止めた。
「イロハ、靴紐ほどけてるぞ」
「むお。これはこれは」
イロハが足を止めてしゃがんだ、次の瞬間だった。
突然崩落する床に、ハニーもアリエッタも反応できなかった。
***
幸い、二人ともすぐ下のフロアに落下しただけで済んだ。イロハたちと安否を確認し合うこともできたが、また崩れるかもしれない場所にロープを垂らし、引き上げることは憚られる。話し合いの末、地上をイロハとウィリアムが、地下を自分たちが探索しつつ前進し、合流を目指すことにしたのだ。
「イロハちゃんとウィリアムさんは大丈夫でしょうか?」
「二人とも斥候だ。前衛と後衛のバランスもいい。探索にも戦闘にも対応できるだろう」
ひしゃげた通路の隙間に、体をねじ込むように進みながら尋ねると、確信に満ちた声が返ってきた。ただ事実を述べているだけ、といった口調の裏に、確かな信頼が垣間見える。
「俺としては、この先に上への道があるのか、という点の方が気がかりだ」
『マスター。そこは「きっと見つかるさ」とか希望のあるトークをすべきですよ?』
「事実だ」
『も~』と唇を尖らせるような音声を出すI:2に対し、ハニーは鉄面皮を崩さない。この二人(一人と一機?)の関係性は、どんな時でも変わらないのだろうな、と思うと、微笑ましくて肩の力が抜ける。
たまに声をかけ合いながら進むこと数十分。二人はようやく開けた場所に出た。魔動部品が雑多に放置されている点は入り口と同じだが、埃っぽさはその比ではない。
思わず口元を覆うアリエッタに、
「抜け道がないか調べる。手元を照らしてくれ」
「はい」
返答に首肯で応じ、I:2と連れ立って壁伝いにじりじりと進んでいく。彼自身のたいまつを置いていくのは、明り取りとしてだけでなく、調べ始めた場所の目印としての意味合いもあるのだろう。
と、手にする旅行鞄から甲高い声が部屋に響く。
『何よ、ツンと澄ましちゃってさ! あんまり生意気だと後ろからとっちめるわよ!』
「っ、黙っていなさい」
「? どうした」
「あっ、すみません! ジェニーがちょっと……」
「……そうか」
慌てて弁明するが、ハニーの反応は薄い。普段の彼が彼なので、言葉を返す必要を感じていないだけなのかもしれないが。
気を取り直して(ついでに旅行鞄に軽くげんこつを入れて)、壁を調べるハニーを照らし出しつつ、壁や天井を観察する。もともと通路か階段があったであろう場所は、ことごとく瓦礫で埋まっている。いったん引き返し、別のフロアを探索すべきだろうか。
「…………」
「…………あの、そういえば」
自然と多くなる沈黙に耐えかねて、雑談を振ってみる。
「I:2さんが造られたのも、こういう工場のような場所だったんですか?」
『言われてみれば、雰囲気は似ていますね』
「エイプリルは、魔動機文明めいた機械的な意匠が好きだからな」
たびたび名前が出る「エイプリル」というのは、本国の魔動機師だろうか。機械的な意匠を好むというのは、
「お二人はどういう経緯で組むことになったんですか?」
「一言でいえば、なりゆきだ」
「え?」
意図せず声が裏返る。I:2ほどの機体を扱う者を決めるなら、何らかの試験や適性検査があってしかるべきと思っていただけに、ハニーの答えはかなり意外だった。
「初めてマギテック協会のラボに連れていかれた時、皇帝が『手伝ってやれ』と言ったから決まった。断る理由もないから、そのまま引き受けた」
『皇帝陛下の直感的判断だった、と伺っておりましたが、本当だったんですね』
「勘となりゆきで生きているような男だからな」
「はぁ……」
『ですが、結果オーライだったと思いますよ? マスターが念話能力を活かしてくださったおかげで、私の疑似人格システムの構築や発展も、相当にはかどりましたし』
「あの皇帝が、そこまで考えていたとは思えないが…………ん?」
あんまりな皇帝評は、怪訝そうな声で途切れた。見ると、ハニーはたいまつの灯りの中で、うず高く積み重なった瓦礫をしげしげと眺めている。
「どうかしましたか?」
「……少し離れていろ」
指示を出し、背の大刀を抜いた。先日、ギンジから買ったという新たな一振り――先端が鳥のクチバシのように尖った異形の大剣を、瓦礫の隙間に挟み込む。テコの原理で一部の瓦礫を押し出すと、まるで積木を崩すように山が倒れていく。
細かな残骸を取り払って見えてきたのは、
「……物資運搬用のエレベーター、でしょうか?」
『
「電源が入っていないようだな」
「I:2さんは動かせませんか?」
『申し訳ありません。私がアクセスできるのは、鉄騎シリーズのシステムのみでして』
「あ、謝らないでください。こちらこそ、すみません」
「…………別のフロアに行くぞ。電源を入れる設備があるかもしれない」
互いに恐縮し合う二人を眺めていたハニーは、ぽつりと言って、大剣を背に収めた。
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