第4話 犇めく戦慄Ⅱ

 到着したカナリーには、静寂と惨状が広がっていた。

 町を囲む防壁が、西側を中心に崩壊している。民家は打ち壊され、焼け落ち、一部は今なお白煙を上げてくすぶっている。大通りに転がっているのは、割れたかぼちゃに破損した家財道具、そして衛士隊の隊員や民間人の遺体が複数。何者かの襲撃を受けたことは明らかだった。

「ひどい……」

 思わず口を手で覆うアリエッタの隣で、エルマーも言葉を失っていたが、

「そんなッ……エミリー! 父さっ――!」

 我を忘れて叫ぼうとして、すぐにウィリアムに口を塞がれた。

「気持ちは分かるけど堪えてくれ。まだ敵がうろついてるかもしれねぇだろ」

「す、すみません……」

 小声ではあるが鋭い制止に、力なく口をつぐむ依頼人はいったん置いて、イロハが燃え残った家屋に近づく。黒焦げの柱に触れ、周囲に鼻をひくつかせると、

「まだ燃え跡が温かいでござる。襲われてから数時間といったところでござろう」

「物音は?」

「今のところは何も。臭いは……面目ない、焦げ臭さが邪魔で嗅ぎ分けられぬでござる」

「分かった。隊列を組め。中心地に進みつつ、生存者を探す」

 号令を出しながら、崩壊した門のそばに場所を停めるハニーは、マギスフィアからサイバーレインディアを呼び出した。巨大な鋼のトナカイが枝角を振り立てる(やはりI:2アイツーは声を発さない)。

「了解です。エルマーさん、こちらへ」

「は、はい……」

 鋼鉄の騎獣にひるむ青年を囲むように隊列を組み、周囲を警戒しながら進む。町は西側から襲撃を受けたようで、建物の被害も遺体の数も明らかに偏っていた。見境のなさ、何より容赦のなさに、封入具の取っ手を握る手に自然と力が入ってしまう。

 懸命に怒りを飲み込みながら進むうちに、町の中心とおぼしき広場に出た。破壊された噴水の向こうに、尖塔を天に伸ばす立派な建物がある。ライフォス神殿だ。外壁の損傷は少ないように見える。

 先頭を行くハニーがこちらを振り返り、ちらりと目配せ。頷いて返すと、彼はゆっくり神殿の扉に近づき、努めて静かにノッカーを打ち鳴らした。

 たっぷり十秒後、ぎい、と扉が細く開き、

「………………助かった、のか……?」

 衛士隊の若者が顔を出し、涙目で呟いて、その場にへたり込んだ。


 ***


『襲撃は夕べの三時頃か……相手は蛮族だったのよね? 衛士隊は?』

「町を見て回ったわけではないから断言できないが、生き残りをライフォス神殿に誘導した数人を除いて、全員殺されたと見るべきだろう」

 手にした黒いアクセサリー――通話のピアスから発せられるネサレットの声に、ハニーは淡々と応じる。

 教会の中には、地下室を含めて百人近い町民が避難していた。彼らの治療をアリエッタに、周囲の警戒をイロハとウィリアムに任せたハニーは、教会前の噴水に腰かけ、ネサレットに状況を報告しているのだ。出発の直前、緊急連絡用にと渡されたものだが、まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかった。

『敵の種族や人数は?』

「目撃情報を元にアリエッタが推測するには、ミノタウロスとラミアの集団だ。詳しい数は不明だが、町の被害の大きさを考えれば、おそらく五人は下らない」

『……連れ去られた人は?』

 思わず、一瞬だけ天を仰ぐ。支部一つを任される長ともなれば、どういった被害が出ているかは魔物の名前を聞いただけで見当がつくらしい。

「少なくとも四人。いずれも若い女性だ。エルマーの婚約者も含まれている」

『分かった。すぐに救出に向かって。報酬金は全額、本部から助成してもらうわ』

「それと、衛士隊本部にも増援を頼んでくれ。あと数日は籠城できるだろうが、心身ともに長くは持たない」

『分かってる。気をつけてね』

「ああ」

 通話が切れたことを確認し、ピアスを懐にしまう。鼻を衝く焦げ臭さに眉を寄せていると、I:2が目の高さまで浮かび上がり、そっと話しかけてきた。

『僭越ながら、マスター。敵の拠点を発見できる可能性は、非常に低いのでは?』

「だろうな。ウィリアムにも言われた」

 蛮族が攻めてきたとおぼしい西を見やる。先ほど確認したが、だだっ広い平原の向こうに、ディガッド山脈辺りまで続いていそうな広大な森があった。軍団と呼ぶにも程遠い小さな集団を、あの深い森の中から見つけ出すのは、ほとんど不可能と言っていい。ましてや、連れ去られた女性たちが害される前に、というのは無茶にも程がある。

 だが、それがどうした。

「夫妻を護衛するよう依頼されたんだ。できることは全てやる」

『……了解しました。微力ながら、私も最善を尽くします』

 決意を汲んでくれたか、小さな相棒は頷くような仕草を見せた後、いつものおちゃらけた声を上げた。

『私、マスターのそういうところ好きですよっ』

「光栄だ、とだけ言ってやる」

 片頬で笑って返したところに、仲間たちが各々の持ち場から集まってきた。まずはアリエッタが口火を切る。

「ゴーレムを作成し、教会を守るよう命令しました。よほど強力な魔物が相手でもない限り、盾として機能してくれるはずです」

「エルマーの様子は?」

「……憔悴しています。無理もありませんが」

「なるべく早く助けて安心させてやらねぇとな。マスターは何て?」

「すぐ助けに行け、とのことだ。町長と共有し次第、すぐに発つ」

「うむ! 善は急げ、でござる!」

「りょ~かい」

 イロハやアリエッタはもちろん、難色を示していたウィリアムも首肯してくれる。成功率が低くとも、助けたいという気持ちは一緒のようだ。

 今さらながら頼もしく思いつつ、村長と話をつけるために教会へ踵を返した。


 ***


 横一列に等間隔で並び、痕跡を探しながら進むこと二時間。唐突に森が途切れ、草原が姿を現した。胸の高さまで伸びた青い葉が、風を受けてわさわさと鳴いている。

「足跡は?」

「ここで途切れてる。参ったな……」

 ハニーの問いに、ウィリアムは頭を掻きむしりながら答えた。自然と表情も渋くなる。

 片や知能が高いとは言えないミノタウロス、片や独特の足跡(というより這いずり跡)を残すラミアという、追跡しやすい集団だったのが幸いした。小さいとはいえ町一つを陥落させた疲労、人間を連行するという大仕事も重なってか、森には予想以上に多くの痕跡が残っていた。ここまでは、かなり正確に追跡できたと断言できる。

 ただ、ここに来て急に難易度が跳ね上がった。目の前の草原には、足跡はもちろん、草を切り倒した様子もない。かき分けて進んでいったと見るべきだが、このまま西に直進すべきだろうか。判断に困るが、迷っている時間はない。思考を巡らせて策を講じる。

「ちっと時間かかるけど、草原を回り込みながら痕跡を探すか。足跡が続いてる方向さえ分かれば――」

「動くな」

 と、前方から届いた交易共通語に、一斉に得物を握る。草原に潜んでいたらしい一団は、青々と茂る草をかき分け、驚きと緊張がない交ぜになった視線の前に身をさらした。

(……いや、でけぇな)

 彼らを見上げながら、思わず息を飲む。

 現れたのはケンタウロスの集団だ。個体差はあるものの、いずれも体長は二メートル超え、体高に至っては三メートル近くあるだろう(この巨体で草原に潜んでいたという事実が信じられない)。槍に盾、弓矢などの武装がいかめしさに拍車をかけていた。

 武器を手に警戒する集団を代表するように、先頭の個体が口火を切る。

「我が名はハルトムート。戦神ダルクレムより加護を賜りし、誉れ高き戦士である」

 威風堂々とした、迫力のある声だ。この至近距離で出す声量ではないが、敵意は感じない。

「お前たちは何者だ。ここで何をしている」

「ハーヴェス王国の冒険者だ。昨夜、東の町を襲撃したミノタウロスの集団を追っている」

「……何だと?」

 一歩踏み出して淡々と答えるハニーに、ケンタウロス――ハルトムートは妙に強く反応した。奴らの仲間か、と一瞬だけ警戒したが、戦士然とした彼らが、弱者からの略奪で生きるミノタウロスと行動を共にするとは思えない。何か事情があるのだろうか。

 暫時の黙考の後、うん、と頷いたハルトムートは、

「その話、詳しく聞かせてはくれないか。場合によっては協力を進言したい」

 背後の仲間に合図し、武器を下ろさせて言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る