第3話 雨上がりの洞窟にてⅠ

 ハーヴェス王国マギテック協会は、地下に広大なテストブースを備えている。復元作業を終えた、あるいは魔動部品から新造した兵器の性能を測ることを主な目的とした場だが、隣接するライダーギルドの要請を受け、騎獣を用いた模擬戦を行うことも少なくない。今日、ハニーがここを訪れたのもそのためだ。

「準備はいいか、I:2アイツー

『はい! 各種回路、兵装、異常ありません!』

 はつらつとした合成音声を発するマギスフィアが装着されているのは、いつもの鋼の大トカゲではない。

 鋼鉄の枝角。I:2が接続された証の、青い光のラインが浮かび上がる巨躯。左右の腹にあたる装甲は展開し、二門ずつ、計四門の銃口を覗かせる。背に刻まれた機体コードは『鉄騎03てっきゼロスリー』。本国が誇る魔動騎獣群――鉄騎サイバーシリーズの一機、サイバーレインディアだ。

「よし……始めてくれ」

 広い空間に声を響かせ、大剣を構えるハニーの視線の先で、訓練用魔動機械が動き出す。丸太のような胴体、剣と盾を持つアーム、移動用の車輪のみで構成されたシンプルな機械だが、不要になった魔動部品のみで製造できるコストパフォーマンスの高さが売りだという。

 その傑作に、

『火器管制システム起動! 撃ちます!』

 I:2ことサイバーレインディアは、容赦なく弾丸を放った。

 動力炉のマナを纏った弾丸が二発、敵機の胴部に直撃する。ダメージは大きいはずだが、駆動に必要な部品は無事だったらしい。軽く蛇行しながら加速し、剣と盾を続けざまに振り回してくる。

 I:2は避けない。肩の装甲表面を滑らせるように剣をいなすと、盾による打撃を真っ向から受け止め、はじき返した。体勢が揺らいだ隙に、ハニーは大剣を大上段へ。円筒形の胴体の中心を狙い、一息に剣尖を突き入れる。

 派手に火花を噴き、小刻みに体を震わせた魔動機は、やがて動かなくなった。

「ふぅ」

『う~ん、エクセレンツ! やっぱり銃撃は魔動機の華ですねぇ~!』

「だが、敵の攻撃をかわせるほどの敏捷性はない。小回りが利かない分、近接攻撃の命中精度も低い。ほとんど固定砲台だ」

『ですねー。アイアンシールドを増設してみます?』

「……いや、それだと掃射機能が犠牲になる。盾役はアリエッタのゴーレムに任せて、攻撃に専念した方がいい」

「お疲れ~。相変わらずとんでもないもの造ってくれるわね、そっちのエンジニアは」

 あれこれ議論を交わす一人と一機に、明るい声が飛んできた。そちらを見やる。

 腰に巻いた上着を揺らしながら、短髪の女性が歩み寄ってくる。マギテック協会に所属する技師の一人、ケイティ・ロックだ。すかさず鋼のトナカイがお辞儀する。

『今回も細かな調整、ありがとうございます! ケイティさん!』

「礼なんて要らないわよ~。いじらせてもらえて楽しかったから」

 はつらつとした笑顔で言い、金属のボディを軽く叩く。普段から重厚な魔動機のメンテナンスを担当しているだけあって、ノースリーブのシャツから伸びる腕は引き締まっており、余分な肉が一切ない。

 ケイティとは『十字星の導きサザンクロス』ハーヴェス支部の建設当初からの付き合いだ。本国がハーヴェス王国への見返りとして提供した、疑似人格システム搭載ユニット――I:2に関する技術に感銘を受けた彼女が、鉄騎シリーズのメンテナンス担当に名乗りを上げたのだ。以来、こうして秘密裏にメンテナンスをしたり、模擬戦の場を調えたりしてくれている。

「俺からも礼を言う。悪事ではないが、公にするわけにもいかないからな」

「当分は公になんてしないわよ! まだアタシがいじり尽くしてないもんね~」

 あっけらかんと笑ったケイティは、思い出したように、

「そういえば、ちょっと前に依頼回したんだけど、もうネサレットちゃんから聞いた?」

「いや」

『ギルドに戻ります? 動作確認は済みましたし』

「そうだな」

「傘を忘れないようにね。小雨にはなったけど、まだ降ってるし」

「母親か」

「これでも三児の母ですよー」

 下町のジャンクショップから成りあがった職人の笑顔に見送られ、ハニーはI:2を連れ立って、マギテック協会を後にした。


 ***


 しとしとと、穏やかに窓を打つ雨音に耳を傾けながら、アリエッタはカップに口をつける。

 ここ数日、ハーヴェス周辺では雨が降り続いている。雨の日に特有の、どことなく静かな雰囲気は嫌いではないアリエッタだが、こう何日も続くと気分も湿ってくる。ウィリアムが予測した、夕方ごろの雨上がりが待ち遠しい。

 一服したら、図書館から借りた本を持ってこようか。そんなことを考えるアリエッタの鼻に、紅茶とは違う渋い臭いが届いた。

「…………」

 臭いを追って目を向けた先――酒場の床に正座し、薄い紙を広げているのはイロハだ。硯に落とした墨(先ほどの臭いの元だ)に水を混ぜ、ごぉりごぉりとゆっくり擦っている。眼差しは真剣そのもので、刀を手に敵と相対している時の彼女を想起させた。

「……何それ?」

 珍獣を見るような目で問うウィリアムに、イロハは反応しない。代わって答える。

「硯という、墨汁――液状の墨を作る道具です。この辺りでいうとインク壺にあたりますね」

「ほ~ん。東の方の文房具か」

 言う間に墨を擦り終えたイロハは、筆をとり、毛先に墨汁を染み込ませた。ひと呼吸おき、薄紙の上を滑らせるように筆を動かしていく。浮かび上がる文字は、交易共通語のようで細部が異なる。コウゲツの里周辺で使われる、いわゆる地方語だろうか。

 ぼんやり眺めるアリエッタに、今度はハニーが紅茶片手に問いかける。

「手紙のように見えるが……ああして集中して書くのも、東国の作法なのか?」

「さあ……言葉や文字には魔が宿る、とも言いますし、そういう心構えでしょうか?」

「なるほど」

「そういや、ハニーは本国に手紙とか書かねぇのか? 意中のお相手とかさぁ」

「いないな」

「……お前のそういうとこ嫌いじゃないよ。うん」

 ばっさりと会話を切り捨てられるウィリアムに、イロハはまったく反応を示さない。筆を置き、懐から取り出した判子を押したところで、ようやく顔を上げた。薄紙の上端を両手でつまみ、目の高さに掲げて見つめること一分、

「……うむっ」

 満足げに頷いて伸びをする彼女に、アリエッタがすかさず紅茶を差し出す。

「お疲れ様です」

「おお、アリエッタ殿。かたじけないでござる」

「そんな気合い入れて何書いてたんだ?」

 ウィリアムの質問に、イロハは湯飲み(彼女が故郷から持ち込んだ品の一つだ)をぐいっと傾け、大きく息をついてから、

「手紙でござる。こちらでの生活も落ち着いてきたでござるから」

 そう言って見せられた紙には、流れる水を連想させる、一続きの文字群が並んでいた。アリエッタには挨拶と近況報告であることが読み取れたが、他の二人はぴんときていないようだ。

「『元気にしている』くらいのニュアンスか?」

「すげぇな、ハニー。俺には字にすら見えねぇぜ」

「失敬な! これでも拙者、同世代の中では一番達筆なのでござるよ? 里の大人や幼馴染にも『味がある』と褒められたものでござる!」

「褒め言葉か、それ?」

 抗議の声を上げるイロハと、訝しむウィリアム。二人のやり取りに平穏を感じていると、

「お疲れ~、って何この臭い?」

 依頼書を手に店の奥から出てきたネサレットが、眉を寄せながら鼻を覆った。


 ***


 降りしきっていた雨は、予想どおり夕方にはやんだ。山の陰に隠れた太陽が、まばらになった雲を茜色に染めている。風に乗って舞い上がる土の匂いに、思わず大きく伸びる。都会の喧騒は嫌いではないが、山暮らしが長かったウィリアムには、やはりこの「自然」の匂いが最も心地いい。

 今回の依頼は、マギテック協会の技師であるケイティ・ロックを経由して届いたものだ。聞けば、ハニーの騎獣やI:2のメンテナンスを行ってくれている人物だというが、数時間前にネサレットが語った内容からは、易しい匂いを感じない。

「三日前、東のユーシズ魔導公国からこっちに向かってた商隊が、蛮族の一団に襲われたの。護衛の冒険者が迎撃したおかげで、犠牲者は出なかったそうだけど、魔動部品を盗まれちゃったみたいでね」

 近くの洞窟に逃げ込んだところまでは確認したので、街道の安全確保のために、蛮族の殲滅を依頼したい、とのことだった。もし処分されていないようなら、盗まれた魔動部品を取り返してほしい、とも。敵の規模が分からないのは少々不安だが、提示された報酬金額は魅力的だった。他に仕事がない今、断る理由もない。

「それにしても、どさくさ紛れに荷物を盗むとは。拙者がその場にいたのなら、何が何でも首を刎ねていたでござるよ」

 隣を行くイロハは、出発前から鼻息荒く憤っている。それでも腹の虫には勝てないのか、ネサレットに持たされたおにぎりをもしゃもしゃ食べているが。

「首はともかく、魔動部品の回収も視野に入れるなら急ぐぞ。ジョージアが張り込みをやめている今、相手の状況が読めない」

 ハニーの言うとおり、件の洞窟の入り口は、ネサレットの要請を受けたジョージアが見張っていたのだ。今朝まで蛮族の出入りはなかったということだが、こうしている間にも何らかの動きがあるかもしれない。急ぐに越したことはないだろう。

 と、話しながら街道を逸れ、歩き続けること十数分。木々の合間にぽつんとそびえる岩山に、ぽっかりと口を開く洞窟が見えてきた。依頼書に添付されていたスケッチと酷似している。目標の洞窟で間違いない。

 ただ、その前に人族の一団がたむろしているのが見える。

「あれは……冒険者のみなさん、でしょうか?」

「っぽいな」

 アリエッタに応じながら、もっとよく観察しようと目を凝らして、ようやく気づいた。一団の後方で、岩山と一体化するような色合いの巨大な物体が、ぐぐ、と身をよじるように動いている。

 ロックゴーレム――操霊魔法によって生み出される、頑強な使い魔の一種だ。

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