第19話

 よくある物語に出てくるような、典型的な王宮だ。こんなにも想像通りのものが現れると思っていなかった麗は、驚きに目を見開く。

「どうだい? 遠目で見るよりも大きいだろう? どうしたの? 驚きで言葉も出ない? それとも、想像より立派でびっくりした?」

 そんなことをつらつらと言っているハル様の言葉にも反応を見せない麗。


「どっ、どうしたの? 疲れた? じゃあ、入ろうか!」

 いつもならここで麗は、

「別に。あなたが住んでいるところなんて、どうでもいいですし。そもそもこんなに見た目が凝っていても、中身がなかったらどうしようもないじゃないですか」

 くらいのことを言いそうなものだが、なにも言わなかったことに戸惑ったハル様は、焦りながら麗を促した。


 中に入ると、またもや麗の想像通りの内装だった。


「じゃあ、これから国王に会うから、着替えてくれる?」

 入ると同時に、ハル様が言った。

「国王に会うには、しっかりとした服装じゃなきゃいけないんだ。メイドたちが準備してるから。おい!」

 そう叫ぶと、美しいメイドが、

「はい。マリ様、レイ様、お話は伺っております」

 と、上品な口調で言う。

「じゃあ、着替えてきたらここにもう一度来てね」

 そういわれるがままに、麗とマリさんは連れて行かれた。



「では、こちらのドレスに着替えていただきますね」

 部屋に連れていかれ、そういわれて差し出されたのは、フリフリのピンク色のドレス。

 鑑定士が着るようなものではない、誰がどう見たって、豪遊している貴族に見えるだろうそのドレスに、さすがに違和感を覚えた麗は、

「あの、こちらの方ではだめでしょうか?」

 と、近くにあったまだマシなドレスを指さして言った。黒いワンピースのドレスだ。

「だめです。これを着てください。国王様のご要望です」

「……わかりました」



「……動きづら……」

 フリフリと歩くたびに音が鳴るドレスなんて、これまでの麗は着ることはなかった。

 フリフリと音が鳴るなんて、比喩表現だと思っていた……

(ってか、なんで国王がドレスを指名してくるわけ? 私にあったこともないのに、なんで私の容姿を勝手に決めてるわけ? まさか……)

 ちょっとした疑問から、最悪のケースまで想像してしまった麗。


 そして不幸なことに、そのケースは、麗の想像などでは終わらなかったのだ。



「よく来てくれた」

 国王の貫禄のある声が王宮に響く。ふつうの人がその声を聴いたら、真っ先に跪いてしまいそうなほどの、王としての威厳のある声だ。

 そしてそのいでたちは、見ているだけで気圧されされるほどのものだ。ふつうの人がその目と目を合わせると、思わず恐怖のあまりそらしてしまうだろう。


 ……そう、普通の人は。

 麗はもちろんそんな声にも臆さず、普通に立ったまま国王の目をじっとみる。それもまるで早く続きを言えとでも言いたげな表情で。


 マリさんも同様だ。麗に何かするのではないかと、にらみつけるように見ている。一応国王の前なので、軽く跪いてはいたが。


「……はっはっは!」

 しばらく無言の時間が過ぎ、国王と麗のにらみ戦が続くと思われたが、いきなり国王が笑い出した。

「いやあ、ハルの言ったとおりだな。わしにびびらないやつなど、初めて見たわい」

 と続けて言った。

「申し訳ございません。失礼な態度をとってしまったのでしたら」

 明らかに失礼なことに怒っている様子ではなかったが、一応礼儀として麗は棒読みで言う。

「いやいや、よい。おい、この二人に椅子をもってきてやれ」

「は……はい」

 そう指示された侍女は、戸惑った様子でおずおずと豪華な椅子を持ってきた。

 下がった後も、何かひそひそと話している。

 それほどまでに、国王がこんなことをするのは珍しいことなのだろうか。


「座れ」

 国王の言葉に、麗とマリさんは腰かけた。

「申し遅れた。わしは第198代国王、ハノンである」

(ん? ハノンだけ? 大体王家の人って、なっがい名前の気がするけど…)

「お初にお目にかかります。国王様にお会いできてまことにうれしく思います。つきましては、レイちゃんに対するご用件をおっしゃっていただけたらと……」

 マリさんがそう続ける。

「まあまあそうあせるでないレイ殿のチイセ」

 そうハノン様は言った。明らかに麗との扱いの違いが見える。マリさんをぞんざいに扱っている。こんな人間が国王で、この国は大丈夫なのだろうか。

「あの、ご用件がないのでしたら帰ります」

 麗がそういうと、ハノン様は慌てて話を戻した。

「レイちゃんまでそんなことを言わないでおくれ。わしはもっとレイちゃんと仲良くお話がしたいのじゃ」

 いきなり口調が変わって少し鳥肌がたった。さっきの王の威厳など微塵も見せない。これではただの変態オヤジではないか。

 ついに本音を言ったかこのオヤジ! と言いそうになった麗だが、そこをぐっとこらえて

「国王様にそんなことを言っていただけるなどとても光栄です」

 と、貼り付けたような笑みで言った。

「それにしてもわしが選んだそのドレス……似合っておるのお……」

 ニマニマした気持ち悪い笑みで言ってきた。

 こんな変態が国王でいいのか。こんな国王で国は大丈夫なのか。麗は怒りや恥ずかしさや気持ち悪さを超えて、心配になってきていた。

 さすがにこれにはハル様も危機感をおぼえたのか、すっと臨戦態勢に入っていた。


「で、要件なのじゃが……わしの専属鑑定士にならないか?」

「お断りいたします」




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