第18話

「は??」

 二人して同じ言葉が出る。

「嘘でしょう? そういう口実でレイちゃんに会いに来たんでしょう?」

「ちがう。本当のことなんだ。だから、ボクについてきてほしい」

 いつもの冗談を言いながらする笑顔ではなく、いつになく真剣な顔だ。


「……どんな用で?」

 とりあえず話を聞くことにした麗が、続きを促した。


「レイちゃんがニスを鑑定出来たってことで、みんな驚いていたんだ。ニスを鑑定できるのは、ごくわずか。しかも鑑定できる人は、みんな王都の中心の中心にいる。しかも、みんなおっさ……経験を積んだ人ばっかりだから、17という若さでニスを鑑定出来たのはどんな人なのかって、国王が知りたいって言ったんだ」

 麗はいろいろと突っ込みたいところはあったが、いったんすべてを呑み込んだ。


「いやだ。といったら?」

 とりあえず、話を先に進める。

「意地でもつれてこい……と言われている」

「抵抗したら?」

「ここにいるが、君をつれていく。国王の命令だから、町の人も助けてはくれないよ」

 そうハル様が言うと、周りの気配が強くなった。



(ま、そこら辺にいることは知ってたけどね)

 麗は軽くため息をついた後、言った。

「わかりました。ついていきますよ。ごつい兵士に囲まれていくのはいやですから」

 その言葉に、ついさっきまで思考が停止していたマリさんが、あわてて

「ちょっと! レイちゃん! こんな人についていったらだめだよ!」

 という。それでも麗は冷静に、

「大丈夫ですよ。何も危害は加えないはずですし。ね?」

 と言い、ハル様の顔をちらっと見た。(周りから見たらギロッとにらんでいるように見えなくもないが)



「っ……レイちゃん、少し怖いよ? もう少しスマイル、スマァイル!」

 それがハル様には効果的で、笑顔で冗談ぽく言うその声は震え、笑顔も引きつっていた。

「ごまかさないでもらえます?」

 そう、ハル様に言われた通り笑顔で言うと、さらにハル様の笑顔が引きつった。


「もっ……もちろんさ! もし国王がレイちゃんをひどい目に合わせようとしても、ボクが守るよ!」

 そういったハル様の言葉を聞くやいなや、王宮に向かってすたすたと歩き出した。

「ちょっ、私もついていきますからね!」

 そういい捨て、麗の後をマリさんが追いかけた。

 そのあとを、ハル様と兵士が追いかけた。





「あの、兵士の人たちは私の周りをあるかないでもらえますか? めだってしょうがない」

 王宮に向けて歩いている途中、うざったいとでも言うように、イライラした麗が言った。

「ですがレイ様、万が一のことがありましたら、我々がお守りできません」

 兵士のリーダーのような人が言う。兵士は一刻も早く駆け付けられるようにと、そう思っていったのだろう。




 だが、その言葉が麗の謎の心に火をつけた。




 麗は急に立ち止まり、兵士の方を向いた。


 その表情は、いらだちを顔のすべてにあらわしたようだった。


「なに? 私たちに襲い掛かる影の気配も察知できないの?」


「今、二十人くらい私たちのことを見ているけど、誰が襲い掛かってくる可能性があるとか、誰が何の職業についているとか、誰が私を目で見てるとか、そんなのもわからないようじゃ、兵士なんてつとまらないのでは?」


「あ、わかっているならごめんなさい。でも、わかっているならそんなこと、聞かないで、静かに、守るべき相手の邪魔にならないように守るのが、兵士の務めでしょう?」


「兵士って普通の人はなれないらしいですね。私がなれる職業の中に、兵士は入っていませんでした。そんな職業になれたあなたが、なれなかった私にそんな弱音を吐いていていいのですか?」


「そんなんでは、私も不安です。あなたがこのままでいるのなら、邪魔なだけなので、向こうへ行っていてください。危険が私たちに降りかかったに、守ってくれたらいいですから」


 あまりの麗の迫力に、兵士もハル様もマリさんも周りの人もみんなぽかん。

 だが、麗の言ったことを真っ先に理解した兵士のリーダーが、


「しっ、失礼いたしました! お前ら、下がれ!」

 そう言って、ほかの兵士を下がらせた。

「ふぅ、これで楽に歩ける」

 麗はそう言って伸びをして、歩みを進めた。



 それからしばらく歩いた。

 麗のあの説教の噂が広がっていたらしく、麗が歩くと人がそそくさとわざとらしく麗の方を見ながら散っていった。

 これはこれで目立っている。

(もう少し静かにすればよかったかな)

 今更ながら麗はそう思っていた。



 そのあと、またしばらく歩くと、親指で隠れるくらいの大きさだった王宮が、両手で覆ってもまだ見えるほどになった。


「もう少しだよ。王宮についたら、休めるからね」

 そうさわやかに言ってくるハル様は、汗の一つも掻かず、息の一つも切れず、ただたださわやかだ。


 それに対し麗は……察してほしい。

「私、言ったじゃないですか。運動は苦手だと。誰が王宮に行くのにこんなを上ると予想できたでしょうか?」

 いつもの平静を装ってはいるが、全力で偽っている平静だ。


「ごめんって。今度からはもっと楽に行けるようにするから、今日だけは、ね? あっ、ついたよ!」

 ハル様の言葉に顔を上げると、迫力のある王宮が、どっしりと構えていた。


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