第8話
「何で私を残して帰っちゃうんですか!」
時は、翌日の放課後。昼休みに探査を行うこともできたが、面倒極まりなかったために断念した。昨日夜に降り出した雨はすっかり止んで天気は快晴だったが、いまだ外はぬかるんでいる。うっかり滑って泥だらけに…なんて冗談でもないし。
「いや〜すっかり帰っちゃってるものだとばかり」
光義は校内地図を探していた。昇降口付近にあるでかいやつじゃ使い勝手が悪いし目に留まる。
「でも、コン─」
「おっ。資料あった!」
「見つかったか」
俺は小学生が書いて遊ぶような上書き絵?専用の薄い紙を持ってきた。これを校内地図の上に置いて方角の通りに線を引く。そうすることで大まかな場所は把握できる。
「えーっと、真北から始まって」
真北の方角で学校の一番外、サッカー部の部室横フェンスくらいか、に点を置く。
「よくこんなの持ってたね。実は小学生の遊びが趣味だったりするの?」
「妹のを拝借した。数枚くらいいいだろ」
さっきの終点からまた次の方角へと線を書き足していく。
「どうだか、ここだ。何とも言えない場所だな」
文字通り、グラウンドの端。文芸部部室からも見える誰も使わぬ場所。たまに陸上部のランニングで横路通るくらいのものだ。
「じゃあ行こうか。誰も使わない場所なら行きやすい」
俺と光義はその紙と、校内地図を持って教室を出る準備をする。しかし七海は椅子に座ったままだった。
「七海、どうした?」
「私はここで待ってます。また誰かがここに来て何かを盗っていくかもしれませんから」
確かに、山下はほんの一瞬の隙であのコレクションを盗み出した。見張りはいてもいいだろう。
「じゃあここは任せた」
ドアを閉める瞬間、七海がカバンから携帯電話をとり出すのが見えた気がした。
グラウンドの端、誰の目にも届かない場所に、その金属の箱は置かれていた。ドラマとかでよくみるタイムカプセルに使われるようなやつだ。山下は俺たちが謎解きに時間がかかることを承知でこの箱を置いたのだろう。
「持ち上げてみろ。光義」
箱の下は、他の土よりも多く水を含みぬかるんでいた。
「持ち上げてどうするのさ」
「知らん。開けてみろ」
光義が箱を開ける。すると、「新聞部」と書かれた紙が一番上にあった。「文芸部」はその下に置いてあった。他の参加者用のものもまだ余っているため、一番乗りだったらしい。
「じゃ、これは部室に持って帰って見ようか。ここで見てもいいけど七海ちゃんとも見たいし」
「了解。じゃあこの箱は置いていくか」
俺は、光義が振り向いたことを確認してから他の参加者の紙も全部ポケットに入れた。
そして、箱を元あったぬかるみに戻した。やはり、周辺は乾いていた。それは問題ではない。のだが。俺も校舎に向かって歩き始めると、文芸部の窓には影があった。きっと七海が俺たちを見ていたのだろう。
「持ってきた!」
「お疲れ様です〜」
これでその紙に何が書いてあるかでものが決まってくる。すぐに俺のコレクションは帰ってくるのか。そうでないのか。箱の中を見るに、一番最初らしいしな。
「さあ、開けるとしよう」
折り畳まれたA4サイズの紙にはこう記してあった。
「『おめでとう。次の謎は既に君たちの部屋のパソコンに送ってある』。これだけ?」
まだ続ける気か。このチンケな遊びを。はぁ、もうやめにしないか…
「ぱ、パソコンを見ましょう!何が届いているんでしょう」
山下は最初のような愚行を犯す気はない。安全圏からメールでお題を提示してくる気だろう。それはいいんだが。もう揃ったものも多い。謎を解くまえに、誰が犯人か、が分かった。
「今日はここまで。七海、小野。帰っていいぞ。流石に二日続けて悩み続けるのも体に悪い。テスト返却で傷ついた心を癒す期間も必要だ」
「いいんですか?後ちょっとのところまできてるのに」
「ああ、いいんだよ」
パーツは揃ったのだ。フーダニット。それが今回の事件のゴールだった。それにしても最初から最後まで甘かったな。こいつは。
荷物を纏めさせた上で、俺は光義に耳打ちした。「帰ったふりをしてもう一度部屋に戻って来い」
「俺は鍵置いてくるから。お前らは先に帰ってて」
「僕はクラスに忘れ物したし取ってから帰るよ」
と、七海だけを取り除くことに成功した。俺は職員室に寄り、山吹教諭を呼び出し部室に戻る。小野は既に部室に戻っていたが、鍵を持っているのは俺なので締め出されている。
「昨日はありがとうございました。先生」
お礼の、栗羊羹です。と小さな謎解きにふさわしくないものを取り出す。これは俺が食べたくて駅のお土産店で購入した。金澤は美しい都市だ。後数年すればもっと栄えるに違いない。
「おお、これはこれは」
甘いものに目がないのが、この教諭のいいところでもあるし悪いところでもある。太らないでほしい。
「犯人は七海です。犯人と言っても、その中の1人でしかありませんが」
「ほう、どうしてその結論に至った?」
山吹教諭にはことの顛末全てを話している。何より勘がいいので、俺のうっかり見落としているところまで覚えていることが多い。
「それは──」
その後、コンピ研、新聞部。他のエキストラ様たちには明日の予定だけを適当に伝えて、今日のところは終わりにした。きっと正解だ。そう信じて。
新聞部部長は俺が謝るとすごく嬉しそうな顔をしていた。気色悪い。
教室集まってくれたのは文芸部の3名。追加で新聞部部長、コンピ研ワタリ、資料を搬入した木下(本名は山下らしい)。話によるとワタリも資料運びを手伝っていたらしい。
「忙しいところお集まりいただきありがとうございます。今回の探偵をさせていただきます、蘆月遼太郎と申します。よろしくお願いいたします」
「助手の、小野光義です」
いやあ、今回の探偵ゲームはグダグダだった。予想外のことが起こったからな。
地学研究室には今回のゲーム参加者(共犯者)をお呼びしている。
「犯人は七海沙羅さん。あなたとここにいるあなたがた全員です。」
ここから一つずつ謎を解明していこう。
「まず一つ目。七海はテストを境に部活にあまり出席しなくなった。協力者を募るために。そして最初にコンピ研のワタリと手を組んだ。パソコンは前々から光義が欲しがっていたものだからな。そして設置を任せる。メールアドレスを作りましょうか?なんて形で進めることでいつでもメールが送りやすくなった。ここで最初の誤算が入る。小野は文芸部顧問を恐れている。一見すると仲が良いけど。そのため最初の指令からメールを送ることができなかった」
小野がパソコンを設置する事へと踏み切った契機は数学科の資料が移されることだった。それまで待つことができなかったのは木下の計画にパソコン設置→資料搬入→その隙に窃盗。という手順が組まれていたからだろう。
「そして、変な方向へ俺が踏み外さないように謎解きで返す。と早急に伝える必要があった。違うか?」
「違うとは言ってません」
七海が笑顔で言う。そして早く次の言葉が聞きたいと捲し立てた。
「後は、カードだな。メッセージカード。新聞部部長は俺が姑息にも二枚カードを持っていきそうになったことを伝えていなかった。それを謎解き後もしたんだ。こちらのカードには何も書いていない」
パタパタと四枚のカードを仰ぐ。このカードには何も書かれていない。次の指令はおろか、宛名もない。
「おかしい点はまだある。俺たち参加者の答えの場所は一箇所しかないことだ。最初からカードを分ける必要もなくお題を伝えればいい。しかも早い者勝ちにする意味がない。同じ答えを用意しないと早押しクイズはできないんだ」
そこが甘かったところだ。勝負を仕掛けるにしても範囲外の解像度が低すぎた。
「謎解きが思った以上に早く進んで、雨が降った後にあの箱を置いたのも悪かったな。雨が降る前に置けば、箱の下に入る水は少ないはずだ。押し込んで置かれていたからな。しかしながら箱の下は湿っていた。つまり俺たちの謎解きが答えに至るまでの十分なものと判断した者が雨が降った後の昨日の朝方くらいに置いたのだろう。命令はノートパソコンで作業しているものに携帯電話で言い伝え、あらかじめ決めておいた文面を送信する。」
どうかね。七海は一番近くで俺たちの推理を監視し、その進度に合わせてメールでヒントなり指令なりを小出しにする予定だったのだ。
「やってくれたな蘆月くん」
新聞部部長は拍手喝采。と言った様子で興奮している。対して七海はやってしまった。と己のミスを悔いているようだった。
「オタクコレクションは既に部室に戻してあります。今度はもっと上手くやります」
「もうやらないでほしいんだが」
事件は閉幕した。俺の推理が全てではなくてところどころは山吹さんや部長のおかげだけれど、少しは推理ものの探偵っぽくやれたんじゃなかろうか。
鈴見台文芸部の事件簿 金澤政行 @kanazawa1801
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