第2話 後編

 やがて世界せかい構造こうぞうについて考えこむものが火を発生させた。

 木と木を、あるいは青白あおじろく光る石同士をこすりあわせ火花を木にうつせば、簡単にあつい光がうみだせた。火はしばらくすると消えてしまうが、月や石などおよびもつかないまばゆい光を、かれらはきそって発生させた。火で森はよりてらしだされた。

 するとやはりまわりのことがはっきりしてきて、比較の心によるいさかいがよけいに起こった。

 いさかいのたね触覚しょっかくの形の違いによるものから、まかされた水辺みずべの大小まで多岐たきにわたった。

 かれらは、やられたらその倍にして返してやらねば気がすまない性分しょうぶんであることを、黒い森が照らされてからやっと自覚じかくした。

 かれらは木や石で相手を攻撃し、よりいためつけることを覚えた。そのうちにわざと先をとがらせた木や石などで相手をつきさすようになった。

 知能の高いものは縄張なわばりにわなをはりめぐらせるようにもなった。強い個体や知能の高い個体にはかなわないとさとったものは、むしろすすんで強いものに取り入ったりもした。

 黒い森の民はいくつかの集団にわかれた。月蝕げっしょく儀式ぎしきも集団ごとに分かれてなされ、集団ごとの結束と集団同士の対立が強くなった。もちろん血をながすのにちまちま葉っぱなど使わなくなった。

 王は森の現状げんじょうをうれい、かれらに以前のように仕事に専念せんねんするよう呼びかけた。しかし時すでにおそく、かれらは王の言うことにまるっきりきく耳をもたなくなった。王の考え方は、かれらにしてみれば時代遅れにもほどがあった。どころかかれらの集団の一つが王を拘束こうそくした。王になすすべはもうなかった。かれらはゆるぎない忠誠ちゅうせいを誓っていたはずの王をはいし、さまざまな集団の長が王を名乗なのった。

 集団は統合とうごう分裂ぶんれつを繰り返した。

 そしてある集団が、脈々みゃくみゃくと大切にしていたはずの黒い森の木を焼き、水辺みずべを掘った土で埋め、石で大きな建物を作った。かれらは建物やその周辺を火でたえまなく照らすようにした。ほかの集団も次々それをまねた。

 建物の中でかれらは組織化され、国家というものが形成された。建物をつなぐ道も整備せいびされ、森や水は徐々じょじょに消失していった。

 火によっててらされた世界の中で、物を作る技術が発達した。日用品にちようひんから武器ぶきまで、あらゆる物がかれらに繁栄をもたらした。

 森や水辺はほとんどなくなった。とうとうかれらは人工じんこう巨大きょだいな光の玉、太陽たいようさえも開発かいはつし空に浮かべた。啓蒙けいもうこそ幸福であるとして、技術をさらに発展させた。


 しかし繁栄はんえい啓蒙けいもうのかたわら、かれらの苦悩はたえることがなかった。

 比較が比較を、欲が欲を、いさかいがいさかいをうんだ。かれらはつねにおだやかで満ちたりた平安をもとめているはずなのに、どんなに繁栄はんえいしてもいつも空虚くうきょと不安でいっぱいだった。

 みなつかれ果てていた。

 みたされない身のうちの苦悩のはてに、自死をもとめるものもいた。心の平安はもともとかれらにはあたりまえだった。なのに、どんなに技術を向上させても、もはやけっして手には入ることはないものになってしまった。

 

 西の国と東の国が、太陽の発光の原理げんりで作られたエネルギー爆弾をそろそろぶつけ合うところだった。

 ひそかに森のたみたちから逃れていた王は、けがれてしまった国と、民の根底こんていにあるなげきを受けとめ、森をきよめることにした。

 すなわち、王家にのみに伝わる秘密の神殿しんでんにくだり、地面に突き刺さった、細長いくさびをひきぬいた。

 くさびは王家で神のくさびと呼ばれていた。王は代々、もしも黒い森が王の手にあまるほど汚染おせんされたのなら、神殿しんでんのくさびを引き抜き神を呼べと聞かされてきたのだった。

 王が引き抜いたくさびの、ささっていた穴から、大量の水がふきだした。水の流れはとどまることなく、世界のすべてをのみこんだ。

 のみならず、ものをじわじわと溶かす作用があった。

 神のきよめの水は、黒い森のたみを、建物を、整備せいびされた道路を、道具を、エネルギー爆弾を、人工太陽じんこうたいようを、かれらの文明すべてをあっさり消し去ってしまった。


 神の水はすべてをほろぼしたあと、くいのささっていた穴に、うずをまいてのみこまれていった。重いくさびをもちしずんでいた王は、ほとんどほろぼされた肉体に奇跡的きせきてきに意識を残していた。王が穴にくさびを戻すと、王の意識もきえさった。

 

 それから長い年月がたった。同じ地では、おぼろの月の下、ところどころ水におおわれた更地の地面に、黒い植物が一つ生えた。

 おそらくこれからまた長い時間をかけて、新しい生命がうまれるのであろう。

 かれらが生きる間に、おそらくあのまばゆい彗星すいせいもあらわれるのだろう。

 次にうまれてくるかれらは、彗星すいせい通過つうかしたあとも幸福になれるのだろうか。

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水影の森 Meg @MegMiki34

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