第14話 毛布

 ―――まだか。まさか足りなかったか?

 ジーノ・ロッセリーニは、隣の焚火から様子を伺う。怯えていることが分からないようにマントに半ば顔を埋めていた。


「……アルベルト様。あんな有様で。お父上が知ったらなんとおっしゃるか」

「ピッポ様があんなに笑っているなんて見たことがない。どうしてしまったのだ」

 従者の若者たちも、自分たちの主人の様子がおかしい事に気付いている者がほとんどだった。


 上着だけ羽織って、下半身を丸出しにしている次期領主などいて良い訳がない。

 怯え切った従者の一人が「…悪魔が憑いたのだ。司祭様にお伝えをした方が良い」と言っているのが聞こえた。


 ジーノは厚手の毛布を出して準備する。考え通りならば、あと数分もすれば二人とも昏倒するはずだった。


 佐藤素一として図書館で見た本は「毒キノコ図鑑」。

 テングダケと笑い茸がうまく見つけられたのが良かった。

 うっかり死んでもしょうがない量を兄弟がたべるであろう、鍋に入れ込んでおいた。あの兄弟は差別意識が強く、自分たちの食べる物を従者たちと分け合わない。だから、こんなことが可能かと思い至ったのだ。


 アルベルトが「……ヒュッ」と声を漏らして、白目をむき出しにして倒れた。ピッポは、何かを言いかけたが口元から泡を吹きだして、そしてその傍に仰向けに倒れ込んだ。


 ジーノはおずおずと忍び寄って、毛布を兄弟に掛けた。

「ジーノ様、どうですか?」と、従者の中でも年長の男が言った。

「……大丈夫だと、思う。テントの中に入れて寝かしちゃいましょう」

 

 それを聞いた男は、大きく息を吐いて「おい、お二人ともベットに寝かしてしまおう」と言って、アルベルトの体を抱え上げる。


「ジーノ様。一体どうしたことですかね? こんな事……」

「いや、何だろね。明日になれば良くなっていればいいんだけど」

「悪魔憑きとかじゃないですよね?」と若手の男が言い出した。

「この間、町の教会で悪魔憑きを見たんですが、どことなく似てましたよ。アルベルト様もピッポ様も悪魔に憑かれたんじゃ……」

「違う。と、思うけどなぁ」

 ジーノはアルベルトたちが食べていた鍋の中身を、焚火にかけて、火の始末をしながら言った。


「まぁ、静かになるけど、気を取り直して僕らも食べようよ」

 持ってきていた酒はまだまだ残っている。ジーノはそう言って従者を誘うと、皆嬉しそうな顔をして頷いてくれた。

 どうやら静かな夜になる事を誰もが歓迎しているようだった。


 秋口で静かに虫の声が泣き始めている。

 暗い森の中だったが、幸い雨もなく薪も十分集めている。篝火を焚いて周囲を少し明るくした。

 従者たちも日ごろの緊張もあるのか、ゆっくりと酒を口にして鍋に舌鼓を打っている。

「いやぁジーノさん。この茸、旨いですね」と一人が言う。

「確かイグチって茸だって聞いたよ。聞きかじりだけど。でも持ってきた干し肉も美味しいね」


 従者の一人がリュートを出して、つま弾き始める。低い声でバラッドを歌い始めた。歌い手はなかなかの声量の持ち主で、静かな旋律が森を流れた。

 耳を傾けながら、久しぶりに落ち着いて食事を楽しむことが出来た。

 ジーノは小さくと息をついて、今夜はゆっくりと眠れそうだと思った。

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