第14話 繋心感覚
朱たちの前にあるのは、大きな口を開けた洞窟だ。中を覗いても果ては見えず、不安に駆られる程暗い。
ごくり、と唾を飲み込む。それから、朱は明虎を振り返った。
「ここ、だよね?」
「うん……間違いない。この奥に、鏡を奪った者たちがいる」
明虎の呪術でも裏付けられ、朱はほっとした。そして、何となくざわざわとする胸を撫でる。
朱の仕草を見て、冬嗣が口を開いた。
「朱も感じてるの?」
「もって、冬嗣もか?」
「そう。……この洞窟の前にいると、この辺りがざわつくんだ。気のせいじゃないんだね」
「……ってことか」
胸の奥で、逸る何かがある。早く早く、と何かが呼んでいるのがわかるのだ。
朱と冬嗣は頷き合うと、二人を見守っていた明虎と春霞に向き直る。
明虎と春霞は驚いた顔をしたが、すぐに何かを察したらしい。明虎が朱の目線になるよう体を低くした。
「呼ばれた?」
「……たぶん、そういう感覚。はっきりしなかったけど、今ならわかる。朱雀が、俺を呼んでいるんだ」
「僕も、感じる。玄武が助けを求めてるような気がする」
はいっと手を挙げ、冬嗣も主張する。
二人の少年が感じているのは、四季家と四神という関係があればこその感覚だ。二つの繋がりが深く、共振を起こしている。
朝也との戦いを思い出し、春霞が小さく手を挙げて口を開く。
「その感覚、わかる気がする。オレは少し違うけど、戦っている時に助けられた気がした」
「春霞も、か。……私も、白虎の声を聞いた気がしたんだ。気のせいだと片付けようと思っていたけど、信じるべきものだったようだね」
苦笑を浮かべ、明虎は深呼吸した。ここから先は、夏と冬の二人の感覚を頼るべきだろう。この先、二人が戦わなければならないはずだ。
「二人共、覚悟は良いね?」
「勿論」
「うん。早く、行かないと!」
逸る気持ちを抑え、朱たちは四神鏡へ近付く一歩を踏み出した。
同じ頃、洞窟の先で四人を待ち受ける者たちがいる。
吹き抜けのように空が見えるその特殊な場所で、一人の男が岩に腰掛け太い刀を手入れしていた。三十代前半の彼は、日の光に照らされながらも何処か影を感じさせる。
男の足元に伸びる影は、鳥にも見え亀にも見えた。少なくとも、人間のそれではない。
その男のもとへ、一人の青年が歩み寄る。
「何をしているんだ、親父」
「朝也か。……なに、武器の手入れだよ」
親父と呼ばれ、嬉しそうに男は刀を日にかざす。すると刀は薄い赤に輝き、その切れ味の良さを誇った。
刀を鞘に収め、男は「さて」と朝也に目をやる。
「それで、何かあったのか?」
「あった。……鈴が怪我をしたよ。俺と同じ奴らに負けたようだ」
「ほぅ、なかなかやるようだな。そうでなければ、面白くないが」
肩を震わせ、男は笑った。ひとしきり笑ってそれを落ち着かせると、目の前に立つ朝也に命じた。
「奴らがこの洞窟に踏み入った気配がある。……今度こそ、殺れるか?」
「勿論。鈴と共に、必ずや」
「そうか。ならば、やってみろ」
鈴は先程帰って来て、怪我をしている。その知らせを受けたにもかかわらず、男は彼が朝也と共に再び武器を持つことを当然として許した。
男は立ち上がり、刀を振ってみる。磨き込まれた刃が、光を反射した。
「朱雀と玄武の力があれば、傷を治すことなど容易い」
そうだろう、と男は朝也に笑いかけた。朝也も異論などあろうはずもなく、頷くことしかしない。
「その通りです、
「だろう? 鈴には白虎の影をつけているからな、それの力があれば問題などない」
「はっ」
月影と呼ばれた男は去って行く朝也の背中を見送り、再び岩に座って空を見上げる。傍に鞘に入れた刀を立てかけて、頭を上げた。
夕暮れが近付き、もうすぐ夜がやって来る。赤黒い空が瞳に映り、影が闇と同化してしまう。
「さて、お前たちの出番はもう少し先だ」
月影が手を伸ばすと、その手のひらに亀の首が乗せられた。そして蛇のような揺らめく何かが舌を伸ばし、彼を包むように翼を広げる鳥の姿も見える。それらの体を優しく撫でてやり、月影は不敵に笑った。
「四季の者ども、青龍と白虎を連れて来たようだな。風が震えて、こいつらさえも気の高ぶりを自覚しているらしい」
月影の低い笑い声に応じるように、影だけで存在する二つのモノは揺らめいた。まるで獲物を待ち牙を研ぐ、獰猛な獣のように。
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