第15話 神ノ恩恵
朱と冬嗣を先頭に、四人は洞窟を進む。
この場所に来たことは一度もないはずなのに、朱は迷うかもしれないという不安が一切なかった。凸凹とした岩壁に手をつきながら、分かれ道すら選択に迷いがない。
「……なあ、明虎」
「春霞の言いたいのは、何故二人が迷わず進むのかってことかな?」
朱と冬嗣の邪魔をしないよう、少し離れてついて行く春霞が小声で明虎に問う。尋ねられることを予想していた明虎は、肩を竦めて首を横に振った。
「どうやってそうなっているのか、は私にもわからない。だけど、感覚は何となくわかるよ。春霞もそうだろう?」
「……まあな」
春霞は軽く頷き、先を歩く少年たちに目をやった。そして手にしていた槍をおもむろに背後に突き出す。そこにいた『何か』が、ビクリと身を震わせた。
「──……っ!?」
「さっきから、気配が鬱陶しい」
何かを貫く感覚と、槍を引き抜く感覚。二つのそれが手に伝わるのを感じながら、春霞は振り返らない。
「春霞」
「明虎、オレたちであの二人の妨害をするもん全て倒すぞ」
「……いつの間にか、朱と冬嗣のこと気に入ったんだな」
「うるせぇ」
「ふふっ、わかってるよ」
決して素直に認めようとしない春霞に笑いかけ、明虎は前方からやって来る気配に気付いて弓矢を手に取った。そして、一心不乱に歩く二人の少年に叫ぶ。
「朱、冬嗣、避けろ!」
「「!?」」
突然の叫びに、朱と冬嗣は咄嗟に左右へ分かれて躱す。その二人の間を、一本の矢が通り抜けた。
矢が真っ直ぐに向かうのは、洞窟の更に奥。
しかし矢は何かに突き刺さることはなく、ある男の手に捕らえられた。
「よう、お前ら」
「さっき振りねぇ?」
「朝也、鈴──!」
「やっぱり、ここがお前たちの根城か」
四人の前に現れたのは、青龍の影を操っていた朝也と、白虎の影を扱う鈴の姿だ。しかも、二人共身体中の怪我を治しているように見えた。
この短期間に成せる技ではない。冬嗣が「何で無傷……?」と呟くと、鈴が上品に微笑んだ。
「あなたたちにとっては、摩訶不思議なものかしら? ねえ、朝也。種明かししても良い?」
「ああ、許しは得ている」
「そう。流石、親父様ね」
満足げに微笑み、鈴は呟くように『白虎』を呼び寄せた。同様に、朝也も『青龍』を呼ぶ。
鈴の傍らに巨大な黒い虎が、朝也の傍に黒い龍が現れる。
そっと『白虎』の首に触れ、鈴は笑った。
「この子たちは、あなたたちが守る四神の『影』。残念ながら青龍と白虎の本物は手に入らなかったから、この子たちの力は弱いけれど。それでも、主人であるワタシたちには恩恵がもたらされるの」
「……恩恵、だと?」
「そうよ、春家の子。神の加護とでも呼ぶべき、強力な治癒の力を手に入れられる」
「その力を使えば、どれだけ傷付こうとも無傷に等しい。……これでわかっただろう? 四神を手懐けていないお前たちに、勝ち目はないんだよ」
朝也が胸を張り、朱たちを嘲笑う。主人の感情を反映してか、『青龍』も何処か余裕そうに浮き上がった。
「……ほとんど永久的に怪我を治し続け、戦い続けられるということか」
「これは、骨が折れるな」
言い合いながらも、明虎と春霞が前に出る。庇われる形になった朱と冬嗣が口を開きかけると、二人に制せられた。
ハッと吐き捨てるように笑った春霞が、槍を握る。
「骨は折れるが、やるしかないだろ」
「ああ。……朱、冬嗣。きみたち二人は、突破口を開いたら走り抜けなさい」
「そんなっ」
「駄目だよ、二人も行かなきゃ」
自分たちを置いて先に行けという二人に対し、朱と冬嗣は激しく抵抗した。短いながらもこの旅でずっと一緒にいた仲間と離れる、それだけで大きな不安なのだ。
弱った明虎がどうやってしがみつく冬嗣を説得しようかと考えていた時、春霞はおもむろに自分の衣の端を握る朱と目を合わせた。少しだけ前屈みになり、なぁと呼び掛ける。
「オレたちの、目的は何だ?」
「目的……朱雀と玄武の鏡を取り戻すこと」
「そうだな。で、それをすべきなのは誰だ?」
「……俺と、冬嗣」
「わかってるじゃないか。それなら、オレたちが言いたいことも、わかるよな?」
「……」
足元を見詰め、朱は歯を食い縛る。そうしなければ、再び「嫌だ」と叫んでしまいそうだったから。しかし、これ以上時間を浪費するわけにもいかない。
拳を握り締め、朱は顔を上げる。すると、春霞と目が合った。横から、冬嗣と明虎の視線も感じる。朝也と鈴が二頭の偽物に指示を出す気配があった。
もう、迷う暇はない。
「──先に行って、目的をやり遂げます」
「よく言った」
ニヤリと笑った春霞が、唸り声を上げて飛び掛かって来た『白虎』を槍で受け止める。そして力任せに押し返すと、再び突進した『白虎』の鼻先を蹴り飛ばした。
「明虎!」
「わかってる!」
明虎は『白虎』の動きの裏で近付いて来ていた『青龍』を牽制するため、矢を放つ。それを躱した『青龍』が咆哮し、長く太い体をしならせた。
太い尾でこちらを叩き潰す気だと察し、明虎は冬嗣に喝を入れた。
「冬嗣、きみはどうなんだ?」
「……僕だって、冬家の一員だ。ずっと見守ってくれてた玄武を、今度は僕が助ける!」
「よし!」
明虎は三枚の札を取り出し、それぞれを矢で射貫く。炎、水、雷の文字が書かれた札が順に射られ、『青龍』と『白虎』に呪力が襲い掛かった。
流石の二頭も、すぐさま三つの異なる力による呪術に対応することは出来ず、動きの速さが落ちる。
その機を逃すことなく、春霞と明虎はそれぞれ冬嗣と朱の背を押した。
「「──行けぇっ!!」」
朱と冬嗣は前につんのめるようにして、戦いの中心から駆け出した。
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