第13話 陰陽呪法

 明虎が弓を引き、札を射貫く。すると呪力が発動し、炎に包まれた矢が幾つにも分かれて鈴へ襲い掛かった。

「くっ。なかなか、やるわね!」

 降り注ぐ炎の矢をかい潜り、鈴が取り出した札を破る。するとその破かれた場所から力が発せられ、暴風が明虎へと突き進む。

 あの力をまともに受ければ、少なくとも気絶は免れない。だからこそ明虎はもう一枚の札を取り出し、自分の目の前に放つ。

っ」

 明虎が呟くと同時に札から光の刃が飛び出し、風の束を斬り裂いてバラバラにした。勢いを失った風は千切れて消え、目の前のことを信じられない鈴の悲鳴が響く。

「な、何これ! あんた、誰に呪術を教わったっていうの!?」

「誰、か。そんなことを訊いて、良いことでもあるのかな?」

「あるわよ。……言う気がないのなら、引きずり出してあげるわ!」

 明虎にあしらわれたと感じたのか、鈴は表情を歪めた。そして黒い白虎を呼び、突進させる。

「グォウッ」

 咆哮し、黒い白虎は明虎の目の前で地面を叩き割った。するとその欠片が硬化し、金属の破片のように変化して明虎に向かって降りかかって来る。

「白虎の性質は持っている、ってことか」

 二の腕に突き刺さった欠片を抜き、血を流すことを厭わない。明虎はふっと息を吐くと、もう一度矢を弓につがえた。

 明虎の持つ札は、呪力が籠められた特殊なものだ。その昔、白虎により与えられたというそれは、いくら使っても無くなることはない。

 札の一枚一枚には、それぞれの力がどのようなものかを示す文字が書かれていた。例えば、炎を発した札には『炎』の文字がある。

(──燃やせ)

 再び『炎』の札を射貫き、虎の進路を塞ぐ。そして、もう一枚の札を取り出した。

 札に書かれた文字は、白虎の力を示す『金』。

「教えてあげよう。私に呪術を教えてくれたのは──とある陰陽師だ」

 修業時代。寺の修業が嫌で飛び出した時、山奥で出会った陰陽師の男がいた。彼に手解きされ、明虎は呪術の力を操ることが出来る。

 ただし、その陰陽師の名さえ知らないが。

「陰陽師、ですって?」

「そう。──くっ、きみもなかなかの手練れだけれど、そろそろ終わりにしよう」

 問い返されると共に、暴風と硬い破片の合わせ技が明虎を襲う。明虎は切れ味鋭いそれに耐え、不敵に微笑んだ。

 指で挟んだ『金』の札が、暴れるようにはためく。

(白虎、私に力を貸してくれ)

 何処かで、神秘の獣が吼えた気がした。

 明虎は風と破片の飛び舞う中で、札を射貫いた。パァンッという涼やかな音を響かせ、札から飛び出した矢は輝く白銀に染まる。

 白銀の矢は合わせて百に分かれ、鈴と黒い白虎に降り注ぐ。

「防ぎ切る──ハッ」

 鈴は呪術の施された札を数枚ばらまくと、短く結界を張る言葉を唱えた。札を起点として、網目が張り巡らされて結界に変化する。

 これで安心だと思ったのも束の間、何十もの矢が結界を破ろうとそれを叩きつけ、やがて一本が突き刺さる。驚く間もなく、次々と結界の弱い所を重点的に襲われる。

「な……ちぃっ」

「悪いけど、私も彼らに追い付きたいんだ」

 必死に結界の修復を試みる鈴に、明虎は宣告した。これで、終わりだと。

 百本目の矢が、ひび割れた結界の中心に届く。その瞬間、結界は爆風と共に吹き飛んだ。

 爆音が轟き、耐え切れないと悟った鈴が黒い白虎を呼び寄せる。明虎も足を踏ん張り、近くにあった岩の影に隠れてやり過ごす。

 風が止んで明虎が再び野に出ると、鈴の姿はない。どうやら、退しりぞけることは出来たようだ。

「……行かないと」

 ほっと休む間もなく、明虎は朱たちを追うために走り出す。身体中の傷など、気にしている暇はない。


 しばらく森を進んで行くと、聞き覚えのある声が複数聞こえてきた。いつの間にか、あの三人の声を聞くだけで安堵する自分を自覚する。

(全く……。これが、四季の結び付きというやつかな?)

 柄にもない考えが頭をもたげ、明虎は苦笑いを浮かべた。わざと足音を忍ばせて近付くが、振り返った春霞に気付かれた気配があった。昔から、春霞はよく気付く。

「よう、早かったな?」

 幼馴染の挨拶に、明虎は内心笑うしかなかった。


「……と、まあ、そんな感じかな」

 オノゴロ島の奥地へと進みながら、明虎は肩を竦めてみせた。彼と鈴の戦いの一部始終を簡潔に聞き、朱は目を丸くした。

「明虎……陰陽師の弟子なのか?」

「弟子というほどのものでもないよ。ただ、何度か教えてもらったことを何年も反復して身につけたってだけ」

「それで充分では……?」

「うん。僕もそう思う」

 朱に同意し、冬嗣が両手の拳をぎゅっと握り締める。

「僕も、もっと強くなる」

「俺も。……この手で、朱雀を取り戻す」

 まだまだ春霞と明虎には敵わないが、朱は四人でもっと強くなりたいと願った。そして同時に、この四人ならば必ず鏡を取り戻すことが出来ると信じた。

 そして、朝也が飛び去った方向を見上げてあるものを見付けた。他の三人にも見えるよう、指を差す。

「あれ見て下さい、洞窟です!」

 四人のいる場所から少し行った繁みの更に向こうに、大きな洞窟が口を開けていた。

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