王に裏切られた聖女は魔女に拾われ、救われる。

司馬波 風太郎

第1話

「うう……」


 意識を失っていた私は、頬に冷たい感触を感じて目を覚ます。


「ここは……」


 まだぼんやりとした頭でなぜ自分がこんなところにいるのかを思い出そうとする。段々と気を失う前の記憶が蘇ってきた。


「そうだ……私は魔女エルミナに負けて……」


 そうだ、私は魔女エルミナに負けたのだ、魔女としての彼女の力はあまりにも強大で歯がたたなかった。どうやら私は彼女の居城にある牢獄に捕らわれているらしい。手足を縛られているが猿轡を噛まされてはいない。


「あ、目が覚めてるみたい。 よかった」


 暗い牢獄に鈴を鳴らしたような美しい声が響く。現れたのは見た目が15、6歳くらいの女の子だった。髪は美しい銀髪で漆黒のローブに身を包み、作られた人形を思わせるような綺麗な顔立ちをしている。しかし見た目に騙されてはいけない、あの者こそ魔女エルミナなのだから。


「エルミナ……!」


 声の主を私は怒気を込めて睨み付ける。負けた屈辱も相俟って表情はかなり険しいものになっているだろうか。


「そんなに睨まないでよ、聖女アルテシア。あれだけ徹底的に私に負けたあなたをこれだけ丁寧に扱ってるんだから少しは感謝くらいして欲しいな」


 しかしエルミナはまったく意に介さなず飄々とした態度のままだ。しかも感謝しろなどど厚かましく言ってくる。


「誰があなたなんかに……!」


 私はエルミナの発言に抗議するが彼女はこれも無視。そのまま私に近寄ると目の前になにかを置いた。それは食事の皿だった。パン、サラダ、飲み物ときちんとしたものが皿の上にのっている。


「はい、ちゃんと食べなさい」

「ちょ……なんで食べ物なんか……」

「だってあなたお腹空いてるでしょう」


 エルミナの言葉に反応するように私のお腹が鳴る。恥ずかしさのあまり、私は顔をエルミナから背ける。


「ほら、お腹減ってるじゃない」

「う、うるさい! だいたいなんであなた私にこんなふうに接してるの!? 敵でしょう、私達」

「うん、まあね。 でもあなた、私より弱いじゃない。だから仮にあなたが暴れても私はなにも問題はないわ」

「この!!」


 頭に来た私はエルミナに魔法を放つがあっさり防がれてしまう。


「おっと、危ない、危ない。これだけ元気ならあまり心配いらなかったかな。それじゃまた来るからね~。ちゃんとご飯は食べてよ、ああ、毒は入ってないから安心してね。それと魔法でこの牢を怖そうとしても無駄。魔法を無効化する結界を張ってるからね」


 好き勝手に言うだけ言ってエルミナは部屋から出て行った。いつのまにか手を縛っていた縄はほどかれている。

 空腹に耐えかね、私は置かれたパンに手を伸ばした。ちぎって口の中に放りこみ、咀嚼する。本当に毒は入っていないらしい。


「なにを考えているの、あの魔女……」


 その後もエルミナは毎日三食の食事を自ら持ってきては私についていろいろと聞いてきた。いままでどんなものと戦ったのかとかどこの街を訪れたことがあるのかとか。彼女曰く私に興味があるらしい、自分を倒しにやってきた相手に興味があるなんて変わっている。

 最初は戸惑っていた私だが次第に相手が敵意もなく、無邪気に話を聞きたがるので警戒感が緩んでしまい、少しずつ話をするようになっていった。


****


 そして数週間が過ぎた頃、エルミナが突然、私に見せたいものがあると言って牢獄に人間を連れてきた。

 その人間はどこか瞳には生気がなく、うつろで焦点もあっていない。明らかに様子がおかしかった。


「この人は……」

「あなたの命を狙ってきた暗殺者」

「え……?」


 言われたことが理解できず、一瞬私は固まってしまった。私を暗殺するってなんのために、誰が得をするんだ。


「暗殺ってなんのために……」

「あなたが邪魔だからに決まってるじゃない」

「じゃ、邪魔って……私が誰の邪魔になるの?」


 全く状況を理解出来ていない私の言葉にエルミナは呆れて溜息をついた。


「あなた本当にこういうことに関して鈍いのね、あなたに私の討伐を依頼した国王様に決まってるじゃない」

「え……」

「あの王様にとってあなたが私を倒して名声が高まったら自分以上に力のある者が生まれてしまうことが恐ろしかったんでしょうね。あなたが私を倒した時点で消してしまうつもりだった。世間に対しては魔女と戦い、聖女も命を落としたとでも言えば完璧でしょう」

「そんな証拠がどこにあるの! そいつが王の命令で動いていた証拠なんてどこにもないでしょ!」


 思わず私はエルミナに対して叫んでいた。彼女が言ったことは出鱈目だと信じたくて。


「じゃあ、証拠を見せるわ。この人間の口から直接誰の命令で動いていたか吐いて貰うから」 


 エルミナはそう言って連れてきた人間の髪を掴んで顔を上げさせる。そんな乱暴なことをされてもその暗殺者は抵抗もせず、虚ろな状態のままだ。


「今、この人間の精神に干渉してなにも抵抗ができないようにしているわ。 私の質問に隠し事もできない」


 彼女は楽しそうな笑顔を浮かべながら尋問を開始していく。


「ねえ、あなたはなんのためにここに来たの?」

「……聖女アルテシアを殺すためです」

「!」


 私は目の前が真っ暗になった。魔女エルミナの言ったことは本当なのか? この先の質問の答えを聞くのが怖い、自分が信じていたものが音を立てて崩れていく気がするーー。そんな私の絶望していく顔を見てエルミナはより一層笑みを深くしていく。


「くすくす……それじゃ続けましょうか。じゃああなたにその命令を与えたのはだあれ?」


 魔女エルミナは楽しみながら決定的な質問を投げかけた。


「……国王陛下です」

「嘘だ!」


 反射的に私は頭を抱えて叫んでいた。自分がもっとも忠節を捧げていたものに裏切られたという事実が私の心を完全に壊しかける。それを否定の叫びで必死に壊れないようにした。


「そんなの嘘だ……国王陛下がそんなことをするわけが……」

「強情ね、じゃあ直接確かめる?」


 エルミナはにやにやと笑いながら私に顔を近づけて尋ねてくる。


「直接って……」

「決まっているじゃない、国王様に直に会って確認するのよ」


****


「よし、下がってよい」


 王城の玉座の間で国王は報告を受けていた。全てを聞き終わり、報告を終えた者達を下がらせると玉座にもたれかかり一息つく。


「ふう……」


 一国の王ともなると受ける報告の量も大量だ、それだけで疲れてしまう。眉間を指でもみほぐしながら王はあることをに意識を巡らせる。


(……そろそろ事は済んだか……)


 事というのは聖女アルテシアの暗殺である。魔女エルミナは村や街を襲ったり、街道に現れては隊商を襲ったりと暴虐の限りを尽くしていた。

 そこでこういった怪物退治を生業にしていたアルテシアに魔女討伐を依頼したのだ。もっとも最近は彼女が国の脅威を打ち払ってくれるため、慕う国民も増えてきた。彼女が名声を得て自分より影響力を持ってしまうのは避けたかったため、国王直轄の暗殺部隊に魔女をアルテシアが始末したら、殺すように伝えていた。

 その結果がどうなったか、今の国王の頭の中はそのことでいっぱいだった。


「溜息なんてついて随分疲れているわね、国王様」


 自分以外誰もいない玉座に響き渡る声。声のした方向に目を向けるとそこにいたのは魔女エルミナだった。

 そしてその横にはーー聖女アルテシアが一緒にいた。 


****


「ア、アルテシア! なぜ、魔女と一緒にお前がいる!?」


 私が魔女と一緒にいるのを見て国王は酷く狼狽していた。


「国王様、なんでってあなたのせいでしょ」


 いきなり話の確信に切り込んでいくエルミナ。その声は冷ややかだ。


「あなたがこの聖女さんに暗殺者を差し向けた? 違う?」

「暗殺者? なんのことだ?」

「とぼけないでよ、この人間は知っているでしょう」


 エルミナは自分の横に作った空間の裂け目に手を突っ込んで中からなにかを取り出した。それはエルミナが捕らえたあの暗殺者だった。

 暗殺者を見た瞬間、国王の表情が固まる。


「その者は……」

「知らないわけないよね。だってあなたがこの聖女さんを殺すために送りこんだんだもの」

「……知らぬ、そのような者。余の預かり知るところではない」

「この後に及んでまだとぼけるの? 往生際の悪い。この人間に暗示までかけてあなたが暗殺を指示したことはもう把握しているんだよ」


 なおも命令したことを認めない国王陛下に対して悪態をつくエルミナ。


「……陛下!」


 いてもたってもいられず、私は陛下を問い正すために声を上げる。


「陛下が私を殺そうとしてこの者を送りこんだというのは本当でしょうか?」

「聖女よ、魔女にたぶらかされたか」


 私の質問に答えず、はぐらかそうとするような陛下の回答に私は苛立って叫ぶ。


「質問をしているのは私です。陛下、答えてください!」


 私が激しく糾弾すると、陛下は口を噤んだ。


「……どうしてなにも言われないんですか、やはりこの魔女がこの者に白状させたように、私を殺そうとしたのは事実なんですか」


 私がなおも問い詰めると陛下は冷たい声で答えた。


「そうだ、私がその者に命じてお前を暗殺させようとした」

「!?」


 陛下の答えに私は頭が一瞬頭が真っ白になった。そしてその一瞬後には怒りの感情が湧き上がってくる。


「なぜですか! 私はこれまでこの国や民のために尽くして来ました。それを踏み躙るような真似をどうして……」

「あなたがそういう行為を行った結果、国民から支持を得ていくのが怖かったからでしょう」


 エルミナが落ち着いた声で私の疑問に答える。


「ただでさえ、この王国は失政続きで国民の不満が高まっている。そこで私を倒したこの子が国民から支持を集めるようになるのを恐れたのよ、この王様は。以前からあなたがこの国の驚異を取り除いて国民から人気を得ていたのが不安だったみたいよ」


 エルミナは冷笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。彼女は状況を楽しんでいるようだけど、私にその余裕はなかった。


「なんて酷い……!」


 これまで散々私を国の驚異になるものを討伐するのに利用して自分の驚異になったら捨てるのか。暗い感情で私の心は塗りつぶされていく。


「ねえ」


 怒りで支配された私の耳にエルミナの声が届く。その声はこんな状態の私でも耳に残るものだった。


「今の気分はどう? 自分が信じていたものに裏切られた気分は? 最悪? ああ、怒りで満たされているみたいね。いいわ、素敵。今のあなたは最高よ」


 うっとりとした様子で私の耳元で囁く魔女、彼女の声が意識から離れなくなる。私の顎に指を這わせながら魔女は続ける。


「その怒りに身を任せなさい。感情のまま、国王を殺しなさい」

「え……」


 一瞬、私の中に躊躇いが生まれた。しかしエルミナは構わず私に語りかける。


「なにを迷うことがあるの? あなた自身心のどこかで思っていたんじゃないの。毎回、毎回なぜ自分ばかりこんな辛い思いをしなければいけないのかって」

「ああ……」


 そうだ、私がこの力のせいでどれだけ迷惑したか。光魔法の使い手だからといって、驚異が現れる度に王国のためにと戦うことを義務付けられた。戦いの時になるべく被害が出ないように戦っても被害を受けた人間からは恨み事を言われるばかり。


 最後は国王自ら私を暗殺しようとした。


 馬鹿馬鹿しい、こんな身勝手でろくでもない奴らのために私は戦ってきたのか。自分に対して笑いが込み上げてくる。


「あげくの果てに最後は王様すらあなたを裏切るんですもの。本当にあなたは可哀想。あなたには復讐する権利があるわ。さあその怒りのままに王を殺してしまいましょう」


 甘い声が優しく囁く。その声に導かれるように私は魔法を発動しーー。 


****


 気がつくと目の前には国王の死体が転がっていた。


「ああ……!」


 自分がしてしまったことに気付いた私はその場に崩れ落ちた。


「うう……ああああああああ!! 私は、私はなんてことを……!」


 怒りに任せたまま私は人を殺してしまったのだ、もう聖女でいることはできない。

起きてしまったことに押し潰されそうになっている私の首に誰かの腕が回される。エルミナの腕だ。

 彼女はその状態で私を宥めるために囁く。


「なにも間違ったことはしていないじゃない、聖女さん。あなたは自分を道具として利用した者に罰を与えただけだわ」

「でも人を殺すのは……」

「あの王様はあなたを利用していたのよ? 私のように危険なものと戦わせるために。あなたがあいつに復讐するのは当然の権利だわ」


 そういってエルミナは右手で私の頭を撫でる。パニックになっていた私の気持ちは次第に落ち着いていった。


「ねえ、聖女さん。私と一緒に楽しく暮らさない?」

「え……?」


 突然のエルミナの提案に私は呆気に取られる。


「私はね、あなたのことが気に入っているの」

「……どうして? あなたは最初からそうだった。私を倒しても殺したりせずちゃんと食事を与えて世話をしたり話をしたいと言ったり……私に何故そこまでこだわるの」

「昔の私と同じだからよ。私も自分の魔法の才能を疎まれて人間社会から追い出された者なの。逃げた私を始末しようとする人間と戦っている内に魔女なんて呼ばれて人間社会の敵認定されちゃった」


 エルミナが私に語りかける声は優しかった。どこまでも慈愛に溢れて、聞くものの心が静まるような声だ。


「だからね、あなたを捕まえていろいろ聞いた時に私と同類だってことがわかっちゃった。それであなたを私のものにしたくなったの。寂しいのよ? 一人って。だから、あなたに一緒に居て欲しい」


 甘い声で私に囁きかけるエルミナ、すべてを失った私はその言葉に抗うことはできなかった。


「うん」


 魔女の言葉に私は無機質な声で答える。歪んだ笑顔を浮かべながら。


「エルミナ、あなたについていく。もういろんなことがどうでもよくなっちゃったしあなたについて行くほうが楽しそうだから」


 心が壊れた私の返答を聞いた魔女は満足げな笑みを浮かべ、私を強く抱きしめた。

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