幼馴染に追放された俺は、すぐに街を出た。

池中 織奈

幼馴染に追放された俺は、すぐに街を出た。



「ジルベール、貴方を追放するわ」







 ――そう言ったのは、冒険者パーティー『赤き翼』のリーダーであり、俺の幼馴染であるクレマリーである。






 そこは人気のない裏路地である。急に幼馴染にその場まで連れてこられ、そんな発言をされた俺はぽかんとした。





 目の前の幼馴染、クレマリーとは生まれた時からの仲である。

 クレマリーは、水色の髪と瞳を持つ美しい少女で、昔から大成するであろう雰囲気を醸し出していた。所謂天才というやつなのか、その剣技は目を見張るものである。




 俺はクレマリーと、そして他四名と共に『赤き翼』という冒険者パーティーをやっている。

 俺が十四歳になった日、クレマリーが「冒険者するわよ。ジルベールも来なさい」といつものように命令口調で言われて、冒険者に興味もあった俺はそれに頷いて、冒険者になった。








 最初は二人旅をしていたのだが、その最中に仲間も増え、今では六人組の冒険者パーティーである。ギルドランクはA。俺たちもそれなりに有名になってきたことであろう。




 ――これからギルドランクSに向けて頑張っていこうとつい昨日話し合いをしたばかりなのだが、クレマリーは俺を追放したいらしい。




 追放。

 それはすなわち『赤き翼』をやめるということ。



 それを考えた時、それもいいかもしれないと思った。

 俺が冒険者をやったのは、ただ興味があったからと幼馴染が少し心配だったからである。しかし今やもうこの幼馴染は立派な冒険者である。俺もこの三年ほど冒険者業をやって、冒険者になる前に憧れていたことは一通りやった。






 それに俺はギルドランクAのパーティーに入っているが、俺の実力はパーティー内でも実力が低い方である。だからこそ、この『赤き翼』を抜けた後、今までのように冒険者をやることは難しいだろう。



 ――そこまで考えて俺は、まぁ、いいかと考えたのだ。





「それが嫌なら――」

「分かった」

「え?」




 クレマリーが何か言っていたけれど、俺はもうその時にはその場から去って行っていた。





 *






 クレマリーの所を後にした俺は、さて、どうするかと考えていた。

 このままこの街にいても元パーティーたちがいるのならば気まずいだろう。そもそも俺は『赤い翼』のメンバーの中でも一番ぱっとしない。一番のメイン戦力はクレマリーだし、俺は一番戦力が低い。








 クレマリーの幼馴染だからこそ、『赤き翼』にいただけである。やっていたことはどちらかというと誰でも出来るようなことで、俺が必ずそこに必要なわけではない。




「次は何やろうかな」






 ぼそりっとそんなことを呟きながら、街を歩いていた。

 何だかたまに視線を向けられているのは、俺がまだ『赤き翼』のメンバーだと思われているからだろう。

 それ以外の理由でこんな風に視線を浴びる理由は考えられなかった。








 今は人通りが少ない時間だが、明日になったら俺が『赤き翼』から追放されたことがすぐにわかるだろう。

 そうなればどんなふうに悪評が広まる事か。

 ――よし、すぐに街から去ろう。



 そう決意した俺は人通りのない方に歩いて行った。

 そうしたら声を掛けられた。






「ジルベールさん!!」

「えっと、君は確か、ジョゼさん?」

「ジルべールさん、覚えていてくれたんですか!」




 声をかけてきたのは、赤みがかった茶髪を持つ、かわいらしい少女である。

 ソロの冒険者として活躍している存在で、ギルドランクCを所持している将来有望な少女だと聞いたことがある。




「ああ。覚えているよ。どうしたんだ?」

「えっと、ジルベールさんがクレマリーさんと一緒に居ないのが珍しくて思わず嬉しくて声をかけちゃいました!!」




 そんなことを言われて何を言っているのか意味が分からず首をかしげてしまう。

 でも確かに俺はクレマリーと結構一緒に居た。クレマリーは幼馴染の俺をよく連れまわしていたのだ。




「クレマリーに追放されたからな。もう一緒にいることはないだろう」

「えええ!?」






 俺の言葉に何故だか、目の前のジョゼさんは驚いた表情を浮かべていた。何をそんなに驚いているのだろうか。

 そして驚愕にその顔を染めていたかと思えば、顔をあげてガシッと俺の手を掴む。






「もう『赤き翼』のメンバーじゃないってことですよね!! じゃ、私とパーティー組みません?」

「いや、俺はもう冒険者やめようかなって思ってて」

「じゃあ、ついていっていいですか!! 私も冒険者やめます!!」

「……ええっと、そんなに簡単に決めていいのか?」

「いいんです!!」




 何故だか、目をキラキラさせたジョゼさんは俺にそんなことを言いきる。






 それにしても至近距離で少しドキリとする。女の子とこんなに近くで接したのは、クレマリー以外いなかったし、クレマリーは幼馴染で異性って感じはしなかったし。




「そんなに断言するのはなんでだ?」

「えっと、私、ジルベールさんのこと大好きです!!」

「はい?」




 しかも問いかけたら真っ直ぐに俺の目を見てそんなことを言われてしまった。

 急に大好きです、なんて言われて俺は訳が分からない。





 目をぱちくりさせていると、ジョゼさんは続ける。




「私ジルベールさんのこと大好きです。結婚したいです!! だからクレマリーさんと別れたなら私が一緒にいたいです!!」

「はい? そもそもクレマリーとは付き合ってもないけど。というか、結婚って」

「え? クレマリーさんがジルベールさんは自分のものっていってたけど、嘘なんですか!! やったー!! 結婚は結婚です!! 私、ジルベールさん、大好きなんです。結婚してください!! それが駄目ならせめて一緒にいさせてくださいよー!! こんなチャンス、もう二度とない!! いいですか!?」

「え。ええと」




 クレマリーが俺がクレマリーのものとか訳の分からないことを言っていたこともまず意味不明だけど、それよりジョゼさんのことで俺は頭がいっぱいだった。




 追放されたことも驚いたけれど、それよりもジョゼさんがこんなことを言ってくることに戸惑っている。

 正直俺は今まで女の子とそういう関係になったことはない。俺はモテないと思う。クレマリーが隣にいたからというのもあるかもしれないが……こんな風に好意を向けられるのは初めてである。

 ジョゼさんは、可愛い子である。……うん、男として嬉しくないわけがない。






「ジョゼさん」

「はい!!」

「……えっと、とりあえず恋人からで」

「やったーーー!! ありがとうございます。ジルベールさん、これから一生よろしくお願いします!!」




 とりあえずその手を握って、恋人になることにした。


 一生……って、ジョゼさんは躊躇いなさ過ぎてびっくりする。




 それから俺はジョゼさんと一緒に、追放されたその日に街を出た。

 ――というか、ジョゼさんのプロポーズのような告白のことの方が印象に残っていた。







 *










「ジョゼ、おはよう」

「おはよう!! ジル!!」




 さて、俺が『赤き翼』を追放されて二年ほど経過した。






 俺が何をしているかといえば、パン屋である。何で冒険者業のあとに? と思われるかもしれないが、俺は小さいころからパンが好きだったのだ。

 生まれ育った村に美味しいパンを焼くお姉さんがいたからというのも原因かもしれない。毎日のようにパンをもらっていたものである。

 冒険者として過ごしていた間にも街に寄ればパンを買い込んだものである。



 そんなわけでパン屋をすることに決めた。




 ちなみにジョゼとは結婚した。

 いや、だって二年もこんな可愛い子に真っ直ぐに好き好き言われたら俺は抗えなかった。普通に好きになった。



 一緒にパン屋を営んでいる。







「そういえばジル聞きました? クレマリーさん、相変わらずあれてるみたいですよ?」

「うん。聞いた。何故か俺の事、探しているらしいし、めっちゃ怖いぞ。あいつ、結構怒ると面倒だからなぁ……」

「ふふ、ジルはクレマリーさんにもう二度と会わなくていいのよ」

「俺も会いたくない」




 何でクレマリーが俺を追放したかは分からないが、俺も自分を追放してその後、『狂犬』と呼ばれるほどに暴れているらしいクレマリーに会いたいとは思わない。

 ……まぁ、離れてみて思い返してみればあいつは結構暴力的だったのだ。何故か俺に意味分からないことで怒ってきたりしたし。






 パン屋として楽しく過ごしているのに、クレマリーがきてこの日々を脅かされたらたまったものではない。




「……クレマリーさんが、ジルを捨ててくれてよかった」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、幸せだなぁって。ほら、準備しよ」

「ああ」





 ――そして俺は今日もジョゼと共に美味しいパンを焼く。






 俺は追放した幼馴染のことなど、言われないと思い出さないほどだった。

 風の噂で幼馴染が大荒れしていることも聞いたし、色々大変なことになっていることは聞いたが――俺は幸せに暮らしているので、特に会いに行く気はないのであった。





 ――幼馴染に追放された俺は、すぐに街を出た。

 (幼馴染に追放された後、俺は結婚してパン屋になって幸せに生きている)


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