第36話 僕らは家族

 泥棒が家に入った翌日の日曜日、僕の家族は居間にみんなで集まっていた。

 昨日の出来事について話し合い、問題点や改善点について考えを巡らせているのだ。

 特に自責の念に囚われている父が重い口を開いて、話し始める。

「今回の出来事の原因は家の防犯対策が十分ではなかったからだと思う。これは父さんの責任だな。正直、これまで泥棒が入ることなんてまったく考慮していなかった。そのせいで聡には怖い思いをさせてしまったな。今後はもっと家の防犯対策に力を入れようと思う。二度とこういうことが起きないように」

「そうね。それがいいわ」

 いつもは微笑みを浮かべている母も、今は真剣な表情で父の言葉に同意した。

 その様子を見ていた僕はなんだか暗いなあと感じ、モヤモヤした気分になる。

 だから僕は思わず口に出していた。


「お父さんもお母さんもなんか暗すぎ。まるで誰かが死んだみたいだよ。僕はまったくケガも無くてピンピンしてるのに。セルフが守ってくれたから」

 僕はそういってセルフに視線を向ける。ちなみにセルフは今、右腕が動かない状態になっている。

 セルフが言うには、元々は何かを殴るようには設計されていないので、泥棒を殴ったことで腕に限界以上の負荷がかかり故障してしまったとのことだ。

 さらにいうと、重いものを持ったり出来るように腕の力はかなり強く設計されていて、殴った時の破壊力は相当なものらしい。

 実際、顔面を殴られた泥棒の鼻は完全に折れて、酷い顔になっていた。


「セルフ、ありがとうね。セルフのおかげで僕は無傷でいられたのかも」

「坊っちゃんを守るのも、セルフの仕事です。守れて良かったです」

「そういえばセルフ、あの泥棒にスタンガンをされてたけど、どうして平気だったの?」

「簡単な事です。セルフの体表面はほとんど電気を通さない素材で出来ていますので。少し跡が付いたくらいです」

「あれ、でもセルフ昨日は身の危険を感じたとか言ってなかったっけ」

「それはスタンガンをあてられた付近に、充電用の端子があったからです。そこから電気が流れ込んでいたら、セルフは壊れていたと思われます」

「それは危なかったね」


「はい。長く交戦していると弱点を発見される可能性も高まりますから危険でした」

「それにしてもセルフは前に人に暴力を振るうのが苦手って言ってたけど、やる時はやるんだね」

「一応、防犯の一部機能として相手を攻撃することもあります。緊急避難と思ってください。普段はあのような行動は取りません。あの時はセルフが倒れると、坊っちゃんの命まで危険が迫っていたかもしれないので、あのような結果になりました」

「僕は凄い感謝してるよ。それと、泥棒がセルフに話しかけてた時、セルフはずっと黙ってたけど、あれって何か意味はあるの?」


「はい。コミュニケーションが通じない相手、と思わせていました。あそこで一度でも会話に応じてしまうと、相手からこのロボットとは意思の疎通が出来ると、判断されてしまいます。そうなると答えたくない質問などが来たとき、黙ることを選択しても、相手は逆上するかもしれません。最初から意思の疎通が出来ないと思わせておけば、そうなることもないでしょう。あの時点では、坊っちゃんの安否が分からなかったので、相手を刺激することはあまりしたくありませんでした。セルフがあの時、懸念していたのは相手が坊っちゃんを人質に取ることでしたので、それだけは回避しようと考えを巡らせていました。その時、坊っちゃんが近くにいることが発覚し、相手が坊っちゃんを人質にしようと目論んでいたので、すぐに行動に出る必要がありました」

「それで相手に掴みかかったんだね」

「そうです。あのまま待っていても、坊っちゃんが人質にされるだけでしたので。とにかく相手と坊っちゃんの間に割って入ることを考えました」

 その行動のおかげで僕は人質にならずに済んだので、セルフには感謝である。


「ねえ、お父さん」

 僕はこれまで話を聞いていた父に声をかける。

「どうした、聡」

「セルフは修理に出すんだよね」

「ああ、そうだな」

「いつ出すの? 今の右腕が動かないままじゃ、セルフがかわいそうだなと思って」

「その点は心配するな。もうメーカーに連絡してある。明日の午前中に取りに来るそうだ」

「そうなんだ。修理はどれくらいかかるのかな」

「1週間くらいじゃないか。知らんけど」

「1週間もセルフと会えなくなるのか。何だか寂しいな」

「そうだな。もうセルフは家族みたいなものだからな。会えなくて寂しい気持ちはわかる。でも少し辛抱して待てば元気で帰った来るんだ。セルフのためも待ってあげないとな」

「うん、そうだね。それにしてもセルフは家族か。何だかいいねそれって」


 その場合、僕とセルフは兄妹になるのだろうか。

 いや違う。セルフはペット枠的な特別な家族だ。

 今はまだセルフのようなロボットはほとんど普及していないが、時が経つにつれて徐々に普及するかもしれない。

 そうなった場合、ロボットを自分の家族と考える人も沢山出てくると思われる。

 僕らは今ロボットと家族になるという、時代の最先端に立っているのかもしれない。

「それにしてもセルフを買って正解だったわね。買う前はきちんとお手伝いをこなしてくれるか心配だった面もあったけど、どの家事も問題なくこなしてくれたわ。聡とも仲良くしてくれてるし、セルフが来てから聡も以前より明るくなった。そして何より聡を守ってくれた。もう文句の付け所がないくらい、セルフは立派に活躍してくれてる。本当にセルフには心から感謝しているわ。これからもよろしくね、セルフ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。奥様。そしてご主人様に坊っちゃんも」

「うむ。これからもよろしく頼むな、セルフ」

「これからもよろしくね、セルフ」


  ☆


 その日はセルフが修理から帰ってくる日で、都合よく休日だったので僕らは家族そろって朝から居間でセルフの帰りを待っていた。

 父が相変わらずそわそわして「ちょっと外を見てくる」といって家の外に出ていくのを、僕と母が笑顔で見送っている。

 母は僕に、おいしい紅茶を淹れて、ついでにクッキーまで用意してくれて優雅にセルフの到着を待つ。

「早く、帰ってこないかな。セルフ」

「きっともうすぐ帰って来るわ」

「セルフが帰ってきたら僕、算数のテストで100点満点を取ったことを報告するんだ。セルフのおかげだよって」

「聡も頑張って勉強した成果ね」

 母が優しく微笑んで、僕を褒めてくれる。


「うん。僕も勉強を頑張ったけど、でもやっぱり一番の要因はセルフが勉強について色々と教えてくれたからだと思ってる。セルフは物知りだから色々なことを僕に教えてくれたんだ」

 僕はそういうと壁掛け時計に視線をやり現在時刻を確認する。

 時刻は9時を過ぎたあたりで、僕の記憶が正しければ初めてセルフがやってきた日も、今と同じくらいの時間にセルフが運ばれてきた。

 だから僕は紅茶を飲み干して、母に告げた。

「僕もちょっと外を見てくる」

「いってらっしゃい」

 僕が居間を出て玄関で靴を履き外に出ると、すぐそこで父が立って道路の方を眺めていた。


「こんなところにいたんだ。お父さん。もっと道路の方まで行けばいいんじゃないの?」

「道路の方で待ってたら、セルフを乗せた車が来たとき、家の中にすぐに知らせに行けないだろ。家族そろってセルフを出迎えたいじゃないか」

「なるほど」

 そういえばセルフが初めて家に来た日も、父は車が来てすぐに家の中に知らせに来ていたので、あの日もここで待ってたのだろう。

 ここからでも道路の様子の確認は可能なので、僕も父の隣でセルフの到着を待つことにする。

「お父さん、セルフが初めて家に来た日に、夢について話してくれたよね」

「ああ、そうだな。夢を持った方がいいという話だったな。聡も何か見つけたのか?」

「うん。僕、見つけたよ」


「それが何か、聞いてもいいか?」

「うん。大きくなったら僕もロボットを作りたい。セルフみたいなロボットを開発したい」

「そうか。頑張れ。そのためにはまずしっかりと勉強しないとな。父さんが叶えられなかった子供のころの夢を、聡が叶えてくれ」

「うん。頑張る」

 その時、道路の方に1台の車が現れた。車には万能型お手伝いロボットセルフの文字とイラストが塗装されている。

 間違いなくセルフを乗せた車だ。

「母さんを呼んでくる」


 父が家の中に駆け込んで、廊下から「おーい、母さん、セルフを乗せた車が来たぞ。母さんも来てくれ。家族みんなで出迎えるぞ」と呼びかけていた。

 僕がその場で待機していると、しばらくして母を連れた父が戻って来た。

 家族みんなでセルフを迎えるため、庭を横切り道路へと出た。

 今回は、セルフは棺桶みたいな箱に入ってはおらず、普通に車から降りて立っていた。

 僕らがセルフに近づくと、セルフが元気な声で告げた。

「ただいま帰りました。セルフは新品同然になりました」

「おかえり、セルフ」

「おかえりなさい、セルフ」

「これからも頼むぞ、セルフ」

 僕らは口々にセルフの帰りを歓迎した。

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お手伝いロボットを買う話 さまっち @nobuaki2022

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