05:帰還
「ここは?前と変わって無い気がするんだけど?」
「何言ってんだ。景色はほぼ一緒でも、音や雰囲気がまるで違うだろうに」
「あ、ホントだ……帰って来れたんだ」
夜だった為に周囲は暗く、人通りも無く騒音なども少なかったが、天が言うように景色は一緒でも生命感と言うか、沢山の人間が生きて存在していると言う圧倒的な感覚を綾は感じられた。
これと比べると、位相世界は死の世界と思えるくらいだ。
綾の瞳に自然と涙が溢れ、帰還の喜びが込み上げてくる。
ふと、後ろですすり泣く声が聞こえて振り向くと、女達が同じように感極まって涙していた。
「さて、お前らはどこから転移したのか覚えてるか?
「府中から国分寺の方に行って、途中のコンビニに寄ったとこまでは覚えてるけど…」
「府中って東京かよ。ここは長崎だぞ。平和公園のすぐ側だ」
「長崎って、九州の?。どうしてそんなところに…」
「
天が女達に聞くものの、彼女らは柚木に記憶を改竄されたのか、正確な事は覚えていないようだった。
ただ、それは
「なるほど、みんな東京か。早く帰りたいだろうけど、さすがに遠すぎてどうしようもないな」
「どうすれば良いの?」
「そうだな。今夜はどこかに泊まるとして、最短で帰るなら、早朝から空路で移動すれば昼前には羽田だ」
「そうなんだろうけど、お金が……」
「それを心配しても仕方ないさ。まずは泊まる場所を探さないとな…おれだけならどうにでもなるけど、さすがに朝までベンチと言う訳にもいくまい」
そういうと、天はどこかに電話を掛け始めた。
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その後は事態がどんどん進んで、綾としては現実感が薄い感覚だった。
電話をした後に、天が呼んだタクシーに押し込まれ駅前のホテルへと向かったのだが、そこには部屋だけではなく、着替えや明日の航空券まで用意されていた。
なずなは、医療関係者がホテルで待ち構えており緊急入院となるところだったのだが、彼女はそこで突然目を覚ました。
なずなは
いくつかの検査で異常が無いことが判明したなずなは、東京の病院への紹介状を貰って、綾と明日帰る事になっている。
綾達の自宅には、お互いの家に泊まりに行ったと話しているが、どこまで誤魔化せたのかは判らないものの、素直に長崎に居るとか言うよりはマシだろう。
そして、天とはタクシーに乗せられて以降、顔すら見ることが無かった。
「これって、航空券と一緒に入ってたんだけど、クレジットカードだよね」
朝食の時、綾はプラチナ色のカードをひらひらさせながら、なずなに見せた。
なずなは黙々と目の前の朝食を片付けていたが、人心地ついたのか珈琲片手に当然の疑問を返してきた。
「つまり、お金が入ってたと同じことよね。それってどういう意味?」
「私に聞かれてもなぁ。あいつが用意したんだろうけど…ホテルと言い、航空券と言い、もしかしてお金持ち?」
「あいつって、昨日綾が話してた山城さんて人?でも、その人は私達を助けてくれたんでしょ?」
「経緯はともかく、結果的にはそうね。だから、あいつは私達をあの世界から戻してくれた後に、こんなことまでやる責任は無いと思うんだけど…」
「でも、そのまま放り出されたら、私達はダンボールに包まって路上に寝る羽目になったんじゃ?」
「せめて、ベンチで寝たいわね。だから、ここまでやって貰っちゃうと、どうして良いのか困っちゃうんだよねぇ。あいつはあの後、顔見せないし」
「連絡先とかは…?」
「もちろん、判らない」
二人は困ったように、考え込んでしまった。
お金や待遇はありがたいし、今はその選択肢しかないのは判らないでも無いが、特に理由が見当たらない上に必要以上と思われる厚意は、感謝を通り越してちょっと怖い。
後で請求されてもなんとかなれば…と、領収書やレシートなどは残しているものの、既に結構良い金額になっている。
まぁ貯金でどうにかなるかな…と試算していた綾に、なずなが話し掛けてきた。
「そういえば、一緒に居た女の人達はどうしたの?」
「あの人達は、ちょっと検査入院してから…ってことになったのよ。ちょっと説明し辛いけど、色々遭ったから…」
「私はちょっと診察されて解放されたけど、結局どうなったのかさっぱりなのよね」
「覚えて無ければそれが良いと思うけど、なずなの身体の事は気になるから、戻ったらちゃんと病院行くのよ」
「えーとなんだっけ?フラグメント?ってと、私、悪魔合体しちゃったんだっけ?」
「合体なんかしてないと思うけど、なんか魔法みたいなのを使ってたみたいよ」
「魔法って!……なんか呪文みたいなのを詠唱してた?」
「私は知らないけど、どうやら何も言わないで突然手からビームみたいなのを出したのよ」
「無詠唱魔法!って言うか、ビーム!?。なんか私凄いね」
「私は見てないからさっぱりだわ」
昨夜は、なぜこんな事になったかと聞いてくるなずなに話を聞かせているうちに深夜になってしまい、この話は自分なりに整理できるまでちょっと先送りに…と綾が言っているのに、こうやって聞いてくる。
まぁ、自分がなずなの立場だったら聞かずに居られない気持ちも判るので邪険にはしないが、ちょっと疲れてしまう。
そんな綾の態度が判ったのか、なずなは
「まぁこの話は改めて…と言うことで、そろそろ空港に行かないと」
「そうね、とにかく帰って落ち着かないと始まらないわ」
二人はそう言うと、部屋に戻り荷物をまとめたあと、チェックアウトにロビーへ降りてきた。
カウンターへ行くと、既にタクシーまで予約されており、至れり尽くせり過ぎてなんか気味が悪くなってしまうが、土地勘も無い場所で自分達だけで移動するのを考えると、それに従うしか無かった。
綾達がタクシーに乗ろうとホテルのエントランスへ向かうと、そこへオレンジのスポーツカーが滑り込んできた。
あ、エキシージだ!となずなが車種を言うが、綾は車よりもドライバーの方に注目していた。
それもそのはず、昨日から顔すら見てなかった天が、その車を運転して現れたのだ。
「あいつだ!。とにかく、お礼なり文句なり言うまでは、逃さないんだからね!」
と、複雑な心境を吐き出しながら、綾は大股にエントランスへと出てゆくと、ちょうど良いタイミングで彼女の前でオレンジの車が停車した。
V6の図太い排気音でアイドリングしたままの、ロータス・エキシージスポーツ410から降りた天は、綾ではなく、その後ろに追いついてきたなずなに向かって小型の端末を投げてよこした。
「よう、目が覚めたらしいな。良かったら、東京の病院で受診した後にそのスマホでおれに連絡してくれよ」
「忘れちゃったら?」
「まぁ、その時はそれでも良いさ。じゃぁ、また機会が有ったらな」
「ちょっと!私を無視しないでくれる?」
「なんだよ、お前にはちゃんと希望通りしてただろ?」
「ホテルも航空券も感謝してる。お金は後で返すから連絡先を教えて」
「良いよ、そんなもん。おれのせいじゃないが…まぁ迷惑料だ。それでも気に入らないなら…そうだな、気が向いたら、その子がおれに連絡するようにしてくれれば良いさ」
「なによ、なずなが気に入っちゃったわけ?」
「そうかもな。あの能力は多分、
「ええ、私って魔法に目覚めちゃったの?」
自分の事を話しているのが判ったなずなは、天と綾の間に割って入るように話に食いついてきた。
なんとなく、目がキラキラしているようにも見える。
「魔法…なのかねぇ。まぁどっちにしても
「ええ、そうなんだ…」
「あぁ、じゃぁ私のあの…なんだっけ……強化…だっけ?あれもそうなの?」
「
「気になって勉強どころじゃないよう」
「なずなは、そうでなくても勉強熱心じゃないじゃない」
「そういう事は言わなくていいの!」
二人が言い合いを始めたのを見て、話は終わりだとばかり天は車へと乗り込んだ。
それに気づいた綾は、話はまだ有るとばかり助手席側の窓を叩くが、天はそれを無視するかのようにアクセルを煽った。
大きな排気音で反射的に車から離れた綾を確認したのか、エキシージはするりと綾の前から走りだし、エントランスを抜けて走り去ってしまった。
呆然と立ち尽くしていた綾は、すぐになずなが天からスマホを貰ったのを思い出し、彼女からひったくるように取り上げると、唯一登録されていた番号をコールした。
無視されるかと思ったが、数回のコールで繋がった。
「お客様のお掛けになった電話番号の人は面倒なので出る気が無いようです…」
「電話取ってるじゃない。なによ、ちゃんと説明してくれたって良いじゃない」
「なんだよ、あれ以上何を説明しろってんだ」
「判らない事だらけなんだけど。能力云々とかどうすりゃいいのよ」
「こっちでは使えないんだから、気にしなきゃ良いじゃないか。
「
「それはお前には関係無いな…じゃぁな、運転中だからもう切るぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!…あぁもう!」
一方的に電話を切られ、思わずスマホを地面に叩きつけようとした綾だが、やっとの事で思いとどまる。
天と連絡を取る手段はこれしか無いのだ。壊す訳にはいかない。
そんな綾を見て、なずなは「ん…」と右手を差し出してきた。スマホを返せという事だろう。
綾は、なんとなく自分が蚊帳の外に置かれている気がして、スマホを渡せばそれが確定してしまいそうになり、つい逡巡してしまう。
そんなことはお見通しとばかり、なずなは綾の手からスマホを取り上げていった。
「そんなに気になるなら、彼から連絡来た時に一緒に綾も来れば良いじゃないの」
「え、良いの?」
「良いも悪いも、病院に行ったあとに連絡してこいって言ってるだけで、他に条件は付けて無かったでしょ?なんか能力とか言ってたけど、本気で会うつもりが有るのかは微妙よね」
「んー、そうかなぁ。なんか凄いレアな能力とか言ってたから、なずなだけまたあの世界に連れて行くつもりなんじゃ…と思ったのよね」
「だから、無理矢理連れて行かれないように、綾も付いて来れば良いじゃない」
「んーーー、それで良いのかなぁ。なんかそういう問題じゃ無い気がするなぁ」
「どうせ判らない事を考えても仕方ないよ。さ、とにかく家に帰りましょ」
「なずな…あんた、何か性格変わってない?」
綾の言葉には答えず、なずなはエントランスで客待ちをしているタクシーへと向かって行った。
その後を追いながら、綾は今回体験した事件が、まるで解決していないような気がしていたのだった。
エンハンスド・エクステンデッド 幡 木菟 @galestrike
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