第1話 友を思う。そして、ジョージ量産男を思い出す。


 ––––人質の命が惜しければ、我に従え。


 魔王と取引を交わし、その取引を引き受けてから3ヶ月。


 あれから魔王軍は何度かオリスデンと交戦しているというが、まだ勇者が出てきたという情報はないらしい。

 オリスデンも勇者たちの準備が整っていないのか、前線に出すのを惜しんでいるということ。

 つまり、まだクラスメイトたちは戦争に出ておらず、戦場で傷ついたり死んだりするという事態もないということになる。


 魔王軍についたとはいえ、それはあくまでも結衣を守るための選択であり望んであいつらと敵対したわけではない。

 俺にとってクラスメイトは親しい奴もいるし険悪な奴もいる。

 やはり、顔見知りの同郷が傷ついたり死んだりという話は気分のいいものではない。

 だからこの話を聞くたびに、内心安堵していた。


 この情報源はメラケムだ。

 隷属印を刻んだことで俺に対し絶対的な命令権を獲得した魔王軍の将軍は、魔王から俺の監視役を仰せつかったという。

 そのためなのか、やたらとことあるごとに絡んでくる。


 召喚初日にぼやけた視界に鎧を脱いだ姿を垣間見た気もするが、俺の知る限りメラケムはいつも鎧に身を包んでいるのでまだ素顔も知らない。

 魔王軍の陣営において俺は信用されていないのかほとんど声をかけられないため、話し相手が限られる日々が過ぎれば、例え隷属印を刻んだ信用したくない相手であっても愛着というのは湧いてしまうらしい。

 結衣もまだまともに会話できる精神状態じゃないし、俺にとって寂しさを紛らわせられる話し相手はメラケムだけだった。


 メラケムが俺に対して魔王軍でほぼ唯一好意的に接してくれるというのもあるのかもしれない。

 頻繁に話しかけてくるし、邪険にしても気にしないし、あからさまな負の感情を突きつけてくることもない。

 魔王も一応邪険に扱うことはなく相応の待遇をくれているが、多忙ゆえに初日以降はほとんど顔を合わせていない。


 グリネアは論外。

 俺はあいつ嫌いだし、あいつも俺のこと嫌いだからな。

 ……ちなみに、どうしてもユイユイのことが許せず魔王に許可を得た上で1度殴り合った。参謀で頭脳労働専門ということもあり、遠慮なくボコボコにした。


 なので、魔王軍の中で1番仲がいい相手が誰かというならばメラケムになり、そしてこの世界の情報源も基本的にこの全身鎧のコウモリになっていた。


 魔王軍の本拠地であるガラスの中心から少し南にずれた位置にそびえ立つ魔王の城“ウルデガル城”。

 その一角に、俺がこの世界で覚醒した魔法を扱えるように修練するための訓練場が提供されている。

 そこで剣術の訓練用に魔法で作った何度壊しても再生して復活する骸骨兵士、スケルトンと呼ぶのがふさわしい練習台を相手に剣を振るい続けていたところ、メラケムがやってきて半ば定時連絡のような魔王軍とオリスデンの交戦と勇者の参戦に関する情報を聞かせてくれたところだった。


「勇者は今回もいなかったのか」


「うん。召喚から3ヶ月過ぎてるし、もう魔法が扱えるようになっても何ら不思議はない時期なんだけどね。オリスデンの狙いは士気高揚のためにも十分な修練の時間を確保して、大きな戦いが起きたときに一気に投入してくるかもしれないね」


 先ほどまで振り回していた剣を地面に突き刺し、それを背もたれ代わりにして両脚を伸ばすように座る俺の膝を枕代わりに寝そべる甲冑コウモリが自分の予想を交えた勇者の情報を教える。


 別に構わないが、膝枕って普通は男がしてもらうものじゃねえのか?(偏見にまみれた童貞くさい意見である)


「……大きな戦い、か」


 メラケムから一度聞いているが、魔王はオリスデンが勇者を召喚して以来その戦力を警戒し、兵力を小出しにしている小競り合いを繰り返して様子を見ているという。

 本来ならば勇者が魔法を扱えるようになるまで、常人ならば最低でも1ヶ月はかかる魔力の知覚と覚醒までに速攻を仕掛ける予定だったというが、俺が死に瀕した際に魔法を覚醒させたのを見て勇者に対する脅威度の認識を改めたのだとか。

 ある程度実力を見た上で戦略をたてるために、チマチマした展開を仕掛けているそうだ。


 だが、その勇者がなかなか出てこない。

 オリスデンの側も魔王軍が本格的な侵攻を仕掛けてこないのを猶予とみなして、全力で勇者の強化に時間を割いているとメラケムは見ているのだという。

 メラケムとしては、魔王軍が大規模な攻勢を仕掛ければそれに合わせてオリスデンは国防の観点からも士気高揚の観点からも勇者を出すしかなくなるのだから、勇者を出すには損害覚悟で大きな侵略を仕掛けた方がいいかもしれないと見ているのだとか。


 俺は戦略とかいうのは知らない。

 だが、メラケムの意見には何となく同意できる。


「センリも戦いたい?」


 俺の頬に手を伸ばしながら尋ねてくるメラケム。

 やたらとペタペタ触ってくることが多いメラケムだが、その手はグリネアのあの鱗肌に比べれば鎧越しとはいえそんなに不快な印象はなく、むしろ心地よさというか安心感すらある。

 拒絶することなくその手を受け入れながら、俺はメラケムの方に目を向けてその問いに答えた。


「ユイを守るためなら戦うさ。クラスメイトとはあんまり戦いたくねえが、俺たちを召喚したオリスデンとかいう国のやつらは別だ」


 それが俺の正直な気持ちだ。

 戦えと言われ、結衣を人質にされて脅されて仕舞えば、俺はクラスメイトが相手でも戦うしかない。

 だが、やはりあいつらと戦うのはできることなら避けたい。


 ただし、オリスデンのやつらは別。

 あいつらが召喚なんてことをしなければ、何の関係もないはずの俺たちを巻き込まなければ、せめてもっとしっかりと干渉されることなく全員をオリスデンの元に召喚してくれていれば。

 そうすれば、俺たちが魔王のところに飛ばされることも、結衣があんな目に遭うこともなかったのだから。

 はっきり言って、俺にとってはグリネアのクソ野郎の次にムカつく全ての元凶と言っていい奴らである。

 クラスメイトと戦えというなら気は進まないが、オリスデンのやつらと戦えと言われれば喜んでぶっ潰すだろう。


「あいつらが俺たちを召喚しなければ、こんなことにはならなかった。オリスデンの奴らは許さねえ」


 メラケムに正直に答える。

 それを聞いたメラケムは、もう片方の手も俺に伸ばして両手で顔を挟むように触れてきた。


「ふふ、そうだよね。うんうん、センリにはオリスデンを恨む権利があるよ。僕の方も君が戦場に出ることがあれば、心置きなく戦えるように配置を考慮するよう魔王様に提案してあげるよ」


 俺の言葉を聞いたメラケムは、融通を効かせられないか魔王に話してみるという嬉しいことを言ってくれた。


 魔王は俺を勇者と、即ちクラスメイトと戦わせるために召喚したはず。

 多分聞き入れられないと思うけど、それでも気遣ってくれるメラケムの言葉が俺にとっては心に染みるありがたいものだった。


「……ありがとな、メラケム」


「ううん、全然」


 感謝の気持ちを込めて、メラケムの顔を覆う兜を優しく撫でる。

 こんな状況で、俺に優しく接してくれるメラケムはオアシスのような存在だ。

 俺がもしも結衣のことを吹っ切れていたなら、きっとこの素顔も知らない異世界の住人に惚れ込んでしまったと思える。


「センリが僕を見てくれている……その心、全部僕だけに向くようにできたら……そして、それをぐちゃぐちゃになるまで壊せたら、最高なんだけどなぁ……」


「……なんか言ったか?」


「ううん、何でもないよ。ただの独り言。少し寝させてもらうね」


 メラケムがぼそぼそと独り言のように何かをつぶやいていた。

 兜越しだったのでその内容が聞こえなかった俺は、気になったのでその内容について尋ねてみたのだが。

 特に意味はなかったのだろう。メラケムは何でもないと言ってから、俺の膝を枕に昼寝を始めてしまった。


 このガラスは常に魔王の力によって空が夜に覆われている。

 そのため昼寝と呼ぶのは間違っていると思うが、まあ時間的には中天に登った太陽が照らす暖かな昼間の時間になるだろうから、昼寝と呼ぶことにしよう。


 規則正しい息遣いが兜から聞こえてくる。

 鎧をまとっているとはいえ、メラケムは軽い。別に魔法で強化するまでもなく大した負担にならないので、疲れているなら存分に枕として使ってくれていい。


「…………」


 メラケムが眠れば、俺はまた話し相手がいなくなり1人となる。

 そんな時にはいつも結衣のことが頭に浮かぶのだが、先ほどまでこの世界の勇者にされたクラスメイトたちのことが話題にあったせいか、今回は今頃オリスデンにいるだろうクラスで仲の良かった親友のことを考えていた。


謙次けんじ、セイ……」


 召喚される前、桜峰学園にてクラスには親友と呼べる仲の良い友人がいた。

 垣谷かきたに 謙次と、駒塚こまづか ひじり

 それなりにクラスの連中とは会話する身だったが、中でもこの2人はユイ以上に学園では関わる時間が多かったと思える友達である。


 謙次は190センチという、魔王に比べればはるかに小さいが、クラスどころか学園で1番背の高いことで有名なやつだ。

 俺は暴力沙汰を起こして一年の頃に追放を食らった剣道部に所属し、少し前に引退したが主将を務めていた段位持ちの実力者である。

 段位は二段だった。謙次は中2の頃に上り詰めたのだが、去年の冬に昇段試験に落ちて落ち込んでいたことがある。

 バカをやらかすこともある短気な俺にもしっかりと付き合ってくれる、正義感の強い仲間思いなまぎれもない親友だった。


 もう1人の聖は、“セイ”という渾名で通っている女子……なんだが、正直女子というか女史呼びするのがしっくりきそうなクラスメイトである。

 謙次に比べて付き合いは短いが、正義感が強くどんな立場の相手にも正論をぶつけ、それでも自分に非があるときは後輩相手にもしっかりと頭を下げる、筋と信念が真っ直ぐに通っている奴だ。

 自然と高圧的な口調が出るので、ミスター駒塚とか、堅気番長とか呼ばれて敬遠されがちなのだが、その信念を通す姿が俺は好きで、話してみたら案外気があって友達になれた。


 ユイ以外だと、特にクラスではこの2人との仲が良かったので、クラスメイトのことを考えると最初に浮かんだ。


 ……ついでのように頭の片隅に湧き上がってきた晩馬田ばんばだは知らん。

 あいつも確かにクラスメイトの中だとかなり早い段階で思いつく奴だが、ジョージ量産野郎のアホ以外に印象ねえし。

 心配するかしないかで言えば、しねえよ。

 あいつなら異世界に召喚されても平気な顔して誰彼構わず「ヘイジョージ!」と声かけまくっていそうだ。心配するだけ損だし、そんな義理もねえ。


「……つか、誰がジョージだ誰が」


 もはや条件反射のようにツッコミをこぼす。

 それを拾う相手は誰もいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王にされた異世界召喚 大艦巨砲主義! @austorufiyere

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ