第2章 夜明けを齎す勇者

プロローグ 行方知れずの者たち

 私立桜峰学園3年2組の面々が、異世界の魔法文明国オリスデンによって魔王に対抗するための勇者として召喚されてから3ヶ月の月日が経過していた。


 ……あれから彼らは、セレスティアの願いを受け入れることにした。

 困った人を助けたいというお人好しがあったり、セレスティアが美人だったから下心を持ってその願いを引き受けたりという下世話な欲望もあったりしたが、結局のところ彼らが勇者として魔王軍と戦うことを引き受けた一番の理由は“元の世界に帰りたいから”であった。


 魔王の侵略により、オリスデンの文明は衰退した。

 魔王を倒すことにより衰退した魔法文明の魔力を補うことで、勇者として召喚したもの達を元の世界に帰すことができるようになるというセレスティアの説明を受け、魔王と戦わなければ元の世界に帰れないことを知った彼らはオリスデンの勇者として戦うことを承諾したのである。


 しかし彼らは召喚される前は平和な国で生まれ育った高校生だった。

 荒事など経験した者はほとんどおらず、殺し合いともなれば1人もいなかった。


 そんな彼らが果たしてオリスデンの救世主たり得るのか?

 その疑問は当然のものだろう。


 だが、彼らには異世界から来た勇者としての強力な力が宿ってきた。

 それが“魔法”である。


 魔法とは、魔力を用いて超常的な現象を起こす超能力のようなこの異世界特有の技術である。

 魔力を自然に存在するプラズマエネルギーに直接変換して超常現象を起こす『雷魔法』や『炎魔法』、魔力を自然界に存在する物質に干渉させて性質や状態を変化させ自在に操作する『大地魔法』や『氷結魔法』、そして生命の活性化を促すことで飛躍的な身体能力の向上や再生能力を獲得する『強化魔法』や『治癒魔法』。

 魔法は魔力を使い多様な奇跡を起こす、扱い方と魔力の保有量によって無限に強くなれる可能性を秘めた強力な力であった。


 そして本来魔法を起こすためのエネルギーとなる源たる“魔力”とは自然の中に発生する物であり、大地が育んだ鉱石などに蓄積されることが多く、人間は魔力を持たない。


 だが、異世界から来た彼らは違う。

 勇者は先天的に莫大な魔力を保有しており、使い方さえ習得して仕舞えばまさに一騎当千の活躍をなせる強者揃いであった。


 ひとまず、彼らは魔王軍と戦うための力を獲得するためにも、魔法の使い方を学ぶためにセレスティアをはじめとする魔法文明国オリスデンの英知を集めた指導者たちの下で魔法訓練を行う日々を過ごしていた。


 魔力の使い方を学び、それを感じ取り魔法を行使できるようになるまで、最短でも1ヶ月の月日は必要とする。

 生きて元の世界に帰るために、彼らは必死で魔法の習得を目指し、2ヶ月が過ぎる頃には全員が魔力を扱い魔法を発動できるようになっていた。


 後は覚醒した魔法の扱いを洗練させていくだけだ。

 ここからは個人の資質と鍛錬の量が物を言う。

 そして、単なる学生という無力な存在だった彼らが飛躍的に強くなり勇者にふさわしい存在になっていく段階でもある。


 魔法は無限に強くなれる可能性を秘めた存在だ。

 相性もある。

 単純な強さだけの物差しでは計れない。相性や練度次第で、はるかに強い魔力量を持つ相手にも勝てる可能性があるのが、魔法というものなのだ。


 各々が理想とする形で魔法の扱いを極めていく。

 そんな日々が続き、気づけば彼らは3ヶ月の月日をこのオリスデンで過ごしていたのだった。


 多くのクラスメイトたちが来る魔王軍との戦いに生き残るために、そして勝利するために魔法の修練に明け暮れる中で。

 勇者の1人である駒塚こまづか ひじりは、魔法の修練に勤しみつつもあることをこの3ヶ月の間悩んでいた。


(センリとユイユイは、何でここにいないんだ?)


 彼女が3ヶ月の間悩んでいること。

 それは、召喚される前には確かに同じ教室にいたはずなのに、オリスデンに召喚された時にいなかったクラスメイトたちのことである。


 拝郷はいごう 宣利のぶとしと、綾島あやしま 結衣ゆい

 下の名前からそれぞれ“センリ”と“ユイユイ”という渾名で友人たちから呼ばれる2人のクラスメイト。

 物怖じせず誰にでも正論をぶつけてしまう気難しい性格から友人に恵まれない聖にとって、数少ないクラスにおける親友と言える間柄の者達だ。


 その2人のクラスメイトが、オリスデンに召喚された時にいなかったのだ。

 確かにあの召喚の魔法が光った教室の中にいたはずなのに。


 クラスメイトたちも当初はそのことを気にしていたのだが、結局2人は召喚されておらず元の世界にいるのだろうという何の根拠もない推測をして勝手に納得してしまっていた。


 だが、聖は召喚されてからどうしてもそうは考えられなかった。

 彼女のそれもあくまで単なる勘であり何の根拠もないことなのだが、異世界に同じく召喚されたのに何らかのトラブルに見舞われてこのオリスデンに来れなかったという悪い予想が頭から離れなかったのだ。


 昔から聖の勘は、悪い予想を的中させることがある。


(杞憂だといいのだが……)


 2人はともに彼女にとって数少ない心を許せる親友だった。

 それぞれの友人でそれなりに交友があるクラスメイトはいるし、誰にでも問答無用で平等に接してくれるアホなジョージ量産野郎が声をかけてくれるおかげで今のクラスの中で孤立するような目には遭っていない。

 それでも行方不明の2人のクラスメイトへの関心がほぼなくなっている勇者たちの中にあって、聖は2人を心配しなくなったクラスの中で疎外感を感じていた。


(どうか、無事でいてくれ……)


 魔法の修練に務める傍らで、2人の無事を願う。

 そして、あわよくば生きて再会することを。






 ––––聖の願いは後にこの異世界で果たされることになる。


 共に生きて再会を果たすことができた。

 しかし彼女の予感もまた、的中することとなる。


 ……それは決して感動の再会と言える代物ではない、勇者たちが想像もしていないまだ見ぬ敵が抱く巨大な悪意が導いた、悲しすぎる再会となる。
















 ……ちなみに、聖が1人で友のことを心配していた時。

 偶然そこを通りかかった件のジョージ量産野郎こと、クラスメイトの晩馬田ばんばだ 守紀もりのりに見つかってしまい、相変わらずのジョージ呼びを食らうのだった。


「ハロー、ジョージ!朝から精が出るのだよ!」


「何を言っているんだお前は。それから、誰がジョージだ誰が」


「ミスター駒塚、厳しい意見をありがとう。返事をしてくれただけでも、今日の君が冷たい対応を取らないことがわかってよかったよ。さらばだジョージ、また会おう!いつの日にか、夕日の下で!」


「……本当に何なんだあのアホは」

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