幼馴染の馴染愛

鈴ノ木 鈴ノ子

おさななじみのなじみあい


「ママはなんでパパと結婚したの?」


保育園の帰り道に愛娘の凛子が突然そんなことを聞いてきた。

黄色い園指定の帽子にカモメの水兵さんのような素敵な白い園服を着た愛しき我が子は、蕩けそうなほどに柔らかい頬に笑みを浮かべ、目を輝かせて私の質問に対する答えを待っている。


「そうねぇ・・・」


「パパ、絵本で読んだ野獣みたいだもん。ママはお姫様みたいに白いでしょ?どうして好きになったのかなって思ったの」


私は確かに色白で小学生から雪に纏わるあだ名を付けられるほどで、小学生の時は雪ん子、中学以降は雪女だった。それが原因でいじめられたり、弄られたりすることもあったけれど、通してみれば素敵なあだ名だと思っている。


「パパは、そうねぇ。野獣よねぇ・・・」


対して夫はガキ大将のヤンチャ坊主で有名であった。

昔から人一倍体がデカく、いや、太いとかそういう問題ではなく、夫の父親がボディービルダーであったため、その練習に夫も小さい頃から付き合わされていたそうだ。そのためか筋骨隆々を絵に描いたような人である。


「うん、友達もみんな言ってたよ、ママは優しいけど、パパは怖いって」


「怖いって、そんなこと言わないであげてね。パパ、泣いちゃうからね」


体も大きく、心も広い、それでいて繊細な優しさも持ち合わせている夫だけれど、娘の一言一言には車のフロントガラス並みのハートである。一撃の言葉に強烈な脆さを誇り、初めて嫌いなどと言われた時には、子供が寝たあと部屋の隅で大きい体を丸めて泣いていた。私は思わず、こいつ大丈夫か?と本気で心配してしまった。まぁ、それほど優しい、いや、娘に甘い父親でもある。


「パパとママは幼馴染なんだよね?」


少し自慢げにその言葉を使う娘に成長の一端を垣間見た気がした。


「難しい言葉知ってるね。そうよ、小さい頃からずっと一緒だったのよ」


夫との出会いは忘れもしない、保育園の入園式の時だ。

入園式で私は何故か大泣きしてしまい、先生や親がいくら宥めてもずっと泣き続けていた。それはどうしても止まらなくて、楽しい歌も、なにもかもをぶち壊しそうな勢いだった。父と母は迷惑になるからと私を外へと連れ出そうと先生と相談していたらしいが、そんな時だった。私は突然、後ろから抱きしめられた。


「大丈夫だよ、怖くないよ」


私の背丈より一回り上、年長さんぐらいありそうな背丈の男の子が、後ろから手を回してそう言って私を抱きしめてくれている。しっかり引き寄せられて背中に温かさが宿ると私の気持ちも落ち着いてきて、私はそのまま身を預けるように彼に寄りかかって、鼻をぐずぐず言わせながら無事に式を終えることができた。その後も泣き出すたびに彼は飛んできてくれて、私を抱きしめては優しくあやしてくれた。

どうしてか知らないが、彼に抱きしめられると私は安心を得れるのだった。年中さん、年長さんになっても、泣き出しそうになった時は私は彼の近くにじりじりと寄っていく。そうすると察した彼が後ろから抱きしめてくれた。


「雪ん子、いいこ、いいこ」


そう言って彼は私を落ち着かせる。その言葉を聞いて、彼の温もりに包まれていると、泣きたい気持ちは消え去って、私は元の自分を取り戻せたのだ。


小学生に進級すると一つの問題が生じた。

そう、ランドセルと言うものを背負わなければならない。背中に大きな箱が取り付いたようなものだ。そして、それは後ろから抱きしめて落ち着かせると言う行為をしてもらえなくなるということでもあった。

登校初日、強烈な不安が私を襲った。集合場所で買ったばかりのランドセルを地面に投げ捨てて、泣き出す寸前に体が後ろへと引き寄せられた。


「雪ん子、大丈夫だよ」


彼だった。小学4年生と同じくらいの背丈、さらに筋肉質となった彼が私を引き寄せて抱きしめてくれていた。


「あ、ありがとう」


この時、初めてお礼を伝えた。その時の彼の顔は、恥ずかしそうに、なにか、むず痒そうな笑みを浮かべていたような気がする。

小学校6年間はよく泣く女の子だった。泣き虫雪ん子と揶揄われて、虐められたりもしたが、その度に彼が近くに来て私を抱きしめる。ヒューヒューとからかいの声が上がっても、それを全く気にすることなく、泣き出しそうで顔を真っ赤にした私をひたすら優しく抱きしめてくれていた。


中学生になって、少し落ち着いたものの、でも、依然として突然にその泣き出すほどの不安は、荒波となって私の気持ちを押しつぶしてくる。それは、もう、何を考えても取り払うことができず、そして、思春期という不安の真っ只中の私にとって危険極まりない状態だった。


「もう、むり・・・」


結局、心が折れてしまい、私は自室に引きこもった。

一度、クラスで大泣きしてしまい、揶揄われたことが原因となった。父も母も私の泣き出す原因を探るために心療内科や精神科へと受診をさせたが、結局、原因は分からずじまいだった。

1週間ぐらい引きこもった頃、突然に自室の扉が開いた。布団を被り、誰にも会いたくない意思表示をしたが、すぐに布団をひっぺがされると、両肩を大きな手が掴んで丸まった私をいとも簡単に引き寄せて抱きしめた。


あの温もりだった。


「遅くなってごめんね。インフルエンザになって休んでた」


そう彼が耳元で言った。もう、構ってられなかった。彼の両腕を自分の両手でしっかりと掴み胸元へ当て自分の背中を彼の胸元へと押しつける。その温もりを少しでも味わうように、しっかりと、しっかりと、押し付けた。

そして、私は大泣きをした。どれくらい泣き腫らしたか分からないが、彼は離れることなく、幼い頃と変わらないようにずっと抱きしめてくれていた。


「あ、あのさ、当たってる」


私の呼吸が落ち着いてきた頃を見計らって彼がそう言ってきた。彼の両腕を私が自分の胸元に両手で引き寄せて押し当てているために、程よく発育の良い私の胸が彼の腕にしっかりと当たっていた。


「えっち」


「いや、これは不可抗力」


焦った声が後ろから聞こえてきた。


「すけべ」


「じゃぁ、腕解いていい?」


「多分、泣く」


「え・・・どうしろっての・・・」


オロオロとした声が聞こえてくる。私はさらに胸元へと彼の腕を押し付けた。


「触りたいなら、触っていいよ」


と、言っても彼の両手は私のお腹の辺りにあって直に触ることはできないのだけれど。


「いや、それはまずいだろ」


こう言うところは冗談抜きで信頼できる。

腕は解かないけれど、触ることもしない。そして、余分なことも、何も言わない。ただ、私のために居てくれる。


「ねぇ」


「ん?」


私が振り向いて呼びかけると彼がこちらを覗き込んだ。その時を見計らって私は彼の唇に自分の唇を合わせた。本当にそっと触るだけのキスだったけれど、彼は私を力強く引き寄せてくれた。


「そういうことでいいのかな?」


「そういうことってどういうこと?」


「そういうこと」


「う・・・ん・・・」


私は再び泣き出してしまい、彼は私が落ち着くまでひたすらに抱きしめていてくれていた。

週明け、私は制服に袖を通して準備をする。怖くて不安だらけだった。もう、勉強に追いつけないのでないか、もう、何もかも変わっているのではないか、もう・・・と色々なことが頭をよぎっていく。でも、それは杞憂だった。


「用意できた?」


ドアがノックされると同時に彼が顔を出した。その笑みに不安はあっという間に消えていった。 初日の登校からずっと隣に彼がいて、クラスメイトからのからかいもあったけれど、彼はどんな冷やかしにもからかいにも臆すことなく、私と付き合っている、とさも当たり前かのように言い放ってクラスを沸かせた。


お互いに高校受験を頑張って、主に私が頑張ったのだけれど、同じ公立高校に入学した。そこでもカップルとして囃し立てられたけれど、中学の経験があったためかそれほど気にならなくなっていた。泣き癖もだいぶ治まってきて、この頃には1ヶ月に1回程度まで減ってきていた。

彼は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。朝と帰りは送り迎えで常に一緒にるし、夏休みや冬休み、春休みは一緒に出かけた。たくさんの思い出を彼は作ってくれる。私もそれに応えたくて、お弁当やその他のことも色々と頑張ってみることにした。化粧やファッション、もちろん勉強も、一般教養も、彼と切磋琢磨しながら覚えてゆく。

2年生になると私は彼に毎日お弁当を作ることにした。そして、昼休みは2人でそれを食べるのが日課になった。

3年生の1学期に彼が交通事故に巻き込まれて入院した時には、彼の身の回りの世話に必死になった。打ちどころが悪く、立てないかもしれないと言われた彼の絶望した表情は今でもはっきりと覚えている。


「動かないかもしれないなぁ」


病院のベッドの上でそう言う彼に私は泣き顔を見せた。


「抱きしめたいなぁ」


「抱きしめてよ」


「え?」


「もう一度、抱きしめて。保育園のあの時みたいに、しっかりと抱きしめてほしい」


ポタポタと涙を彼の布団に落としながら私はそう言った。


「いや、それはもう」


悲痛な顔でそう言った彼の手を私は握った。


「できるよ」


そう言って再度しっかりとその愛しい手を握る。


「え?」


「できるよ、絶対にできる」


「いや、でも、先生も難しいって」


「できるの!絶対にできる。私をずっと癒してくれたんだもん」


「それとこれとは・・・」


「違わないよ。今度は私が助ける番、あなたが抱きしめてくれるまで、絶対に諦めないから」


そう言って彼にしっかりと口付けして、彼の背に手を回して抱きしめた。しっかりと、しっかりと彼を感じるように抱きしめる。しばらくすると彼が同じように私をしっかりと抱きしめた。


「怖いよ・・・」


彼がポツリと言った。


「大丈夫だよ、怖くないよ」


声を押し殺してなく彼の背中を回した手で優しくさすりながら、あの幼い頃に彼が言ってくれたように言う。お互いにしばらく抱き合って、泣き合って、そして、顔を互いに見合わせた。


「ひどい顔だね」


「うん、そうだね」


私がそういうと彼も同じように頷いた。そして、互いに笑う。


「頑張るよ、絶対に抱きしめてやる」


「うん、絶対に抱きしめてもらうから」


そう言って互いに笑った。

そこからは彼は死に物狂いで治療とリハビリを、私はそれを応援して、リハビリや身の回りの世話などを手伝った。まるで夫婦のようだと病院中で有名になるくらいにお互いに息を合わせて、同じ目標に向かって必死になって突き進んだのだった。


「お、凛子、おかえり、保育園楽しかったか?」


後ろから影が差したかと思うと、野太くでも優しさのこもる声が聞こえてきた。

それと同時に私の両肩が後ろへと引き寄せられて、筋肉質で暖かな胸元へと当たった。凛子は何をされるのかわかってるので、繋いでいた私の手を離すと私たちの姿に満足そうな笑みを浮かべた。


「おかえりなさい、あなた」


私を抱きしめてきた両腕を自分の両手でしっかりと胸元へ押し付けて、昔と変わらないように背中を押し付ける。


「ただいま」


彼の抱きしめる力が少しだけ強くなった。私も少し力を込めた。


愛娘にも私のように最愛の人が見つかりますように。


素敵な出会いができますように。


これは、幼馴染が馴染ませた素敵な愛の物語。


幼馴染の馴染愛。

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幼馴染の馴染愛 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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