辺境の万能術士 Ⅳ — エピローグ —
「エスク様ー! エスク様はいらっしゃいますかしらーっ!」
惰眠を貪るには絶好の昼下がり。辺境のド田舎に佇む煉瓦造りの二階建てに、甲高い少女の声が響いた。
少女は家主の返事を一秒と待たず。何の躊躇いもなく玄関から押し入ると、長い金髪とたわわな胸を揺らしながら、ずかずか廊下を進んでいく。
「あら? はて? エ・ス・ク・様はどちらかしらー……っと」
そのまま突き当たりの部屋の扉を開く。と、広い部屋の中にいた白髪の青年は、車椅子に腰掛けたまま、首だけで金髪の少女に視線を向けた。その顔は、鬱陶しいという言葉をそのまま貼り付けたような表情をしていた。
「あら。やはりこちらにいらしたんですのね、エスク様。ごきげんよう。メイさんもお邪魔いたしますわね」
エスクの傍らにいつも通り佇んでいたメイも、うやうやしくお辞儀を返す。
「何しに来たんだよ、アンジェラ。今更俺のとこに来るような用事なんかあったか?」
「暇なので遊びに来ましたわっ!」
「……帰ってくれる?」
アポ無し強制遊戯を宣言し、たわわな胸を張ってふんぞり返るアンジェラに、エスクが冷めた言葉で返す。しかし当然のごとくアンジェラの方は意にも介さず。鼻唄まじりな調子で部屋の中に入り込んでくる。
「ぷはあ。……あれ? アンジェラだ。どうしたの?」
そこにぺたぺたと裸足で——正確には、足だけではなく、全身に何一つ纏うことなく。桃色の突起から、小さな丘に連なる谷まで、全てを露わにしたままで、部屋の奥から青髪の少女が歩いてきた。
「ティアさん、お久しぶりですわね。わたくしあなたにも会いに来まして——って、なんですのその格好は!? 裸体! 全が裸ですわよ!?」
ティアのあられもない姿を目にするや、アンジェラはすぐさまエスクの方を見て、
「え、エスク様……ティアさんを自分の手元に置いたと思ったら、さっそくこのような辱めを……? こんな日の高い時間帯からこの調子では、夜になれば一体どのような行為をなさっているのか……想像するだけでおぞましい……」
両腕を抱えてぶるっと震える。
その姿を横目にティアは軽くタオルで身体を拭くと、魔導術式を展開。継ぎ目のない服を一瞬にして編み上げて、あっさりと着衣姿に変わった。
「ティアさん。やはりわたくしの屋敷に来ませんこと? このような異常性癖の性欲魔神の元では、あなたの身体がいくつあっても保ちませんわよ」
「うーん……前にもアンジェラはそう言ってくれたけど、わたしはエスクがそばにいないと生きていけないから」
「ああ。やはりエスク様の卑劣な調教の影響が……」
「冗談もいい加減にしろ。お前にもちゃんと説明しただろ。こいつは身体のつくりが魔物だから、魔神の力を供給されないと生命活動を維持できないんだっての」
「私もご主人様の子種を定期的に供給されないと精神的に息絶えます」
「メイはちょっと黙っててくれるかなぁ!?」
ホムンクルスメイドが、いやん。主人の罵倒に喜び震えたところで、エスクは「はあ」と深い溜息を吐いた。
「……で? 実際のところ何しに来たんだ。アンジェラ・ネブラティスカ」
あのダンジョン——再封印された魔神の性質から、このたび正式に【星光回廊】と名付けられた——の攻略と、魔神復活事件から、もうかれこれ三ヶ月が経過していた。
エスクとアンジェラによって捕らわれた、前アーバス侯爵ロレンス。魔神信奉者であった彼は、王国魔導部隊の取り調べ中、隙を見て毒をあおり、自ら命を絶った。
本来ならば身内から魔神信奉者が出たとなれば、一族郎党全て断罪されてもおかしくはない。それが領地や爵位を失うのみ、どころか、【星光回廊】とそこで得られる資源流通の管理権まで保持することを許されたのは、今回の一件について、アンジェラたちの働きが極めて大きかったと判断されたゆえだ。
つまるところ現在、アンジェラ・ネブラティスカは、エスクたちが攻略したアーバスのダンジョン、【星光回廊】の管理を担う、商業ギルドの長となっている。
「だから、遊びに来たと言っているではありませんの。たまにはこうして羽を伸ばすことも必要ですわ。何より、こちらにはお友達のティアさんもいらっしゃいますし」
ねー。と、アンジェラとティアが仲良く顔を傾ける。二人の金と青の髪には、以前と変わらないお揃いの花飾りが付けられている。
【星光回廊】の最終階層フロアマスターであったティアは、現在はダンジョンを離れ、エスクの元で暮らしている。
魔物は本来、ダンジョンを出れば数日と経たずに魔力供給を失って息絶える。その供給を、魔神を喰らい、半魔神と化したエスクから与えられる魔力で補っている状態だ。
先ほどの全裸は、前例のない魔物の外部管理を行っている現状で、身体に不具合が発生していないか精査するためのものである。
決して幼い体つきのティアに、昼日中からストリップさせていたわけではない。
「——という体で、裸体を愉しんでいたのですわよね?」
「焼き尽くすぞ」
くすくすと笑うアンジェラ。もちろん、冗談だというのはわかっている。が、メイの視線がそろそろ怖いので、冗談にしてもやめてもらいたい。
「……実のところ、遊びに来たのも本当なのですけれど、本日はエスク様にも少し用事がございまして。【星光回廊】の——あのダンジョン攻略の、報酬を支払い忘れていたのを思い出したのですわ」
アンジェラの言葉に、エスクは自然と首を傾げた。
「報酬って……ちゃんと受け取っただろ。人生五、六回は過ごせるような額の報酬。まあ俺は別に金に困ってるわけでもないんだが。後は——あの魔神の器を生み出すペンダントか? しかしあれは俺が砕いちまったから、もう残ってないし……」
「あらあら。万能の天才であるエスク様でも、うっかり忘れ物をなさることがありますのね。一番大事な報酬が支払われておりませんわよ」
「はあ? そりゃどういう——」
言いかけて、まさかと気付いた。
まさにまさかだが、確かにその報酬は宙に浮いたままだ。というか、宙に浮いたままにするために、エスクは呼ばれていたのだけれども。
「思い出されたようですわね、エスク様。そう! ネブラティスカ家からダンジョン攻略者に与えられる報酬には——」
豊かな胸を大いに張って、アンジェラは宣言した。
「わたくしとの婚約が含まれているのです!」
一同に、電撃が走った。
「待て待て待て! お前はそもそも強制的に婚約させられるのを避けるために、俺にダンジョン攻略を頼んできたんだろ!? ここでまた婚約を持ち出してどうする!?」
「えー? そうでしたかしら。わたくしの記憶にはございませんことよー?」
「それにダンジョン攻略者も、扱いとしてはお前単体だろ! 俺と婚約しないためにそういう契約になってただろうが!」
エスクの言葉に、アンジェラは一枚の羊皮紙を広げる。そこに書かれていたアーバス地方のダンジョン【星光回廊】攻略パーティには、アンジェラの他に、ゴー、キー、キュー、カイ、シキ、メイ、ティアと……エスク・イニストラードの名前もあった。
「いや何で!?」
「皆様で攻略したダンジョンですので。当然の成り行きですわ」
「え、なになに? エスクとアンジェラ、結婚するの?」
「しねえよ馬鹿! というか仮にそういう条件になってたとしても、俺の意思はどこへ行った! こっちにも拒否権くらいあるだろ! 無しだ無し! 誰がアンジェラみたいな馬鹿とこれ以上関わるか!」
「お父様が公布した書状には、特に拒否権に関する記載はございませんわね。ダンジョン攻略イコールわたくしとの婚約ですわ」
「ああ、これだから魔神信奉者は! どうせ攻略が済めばアンジェラは魔神の器になるからって、何もその先のことを考えてなかったんだろうが!」
「そう……わたくしは魔神の器。それもエスク様専用に創り変えられてしまった、傷物の哀れな空っぽの器……。もはやこの完成された美貌の身体、他の誰のものとなることも叶わず……悲しいかな、エスク様にもらっていただくしかないのです……」
およよと嘘泣きをするアンジェラに、ティアが寄り添う。
「どうしても婚約したいなら、お前らでやっとけよ……仲いいだろ」
「ティアさんのことは愛しく思っておりますけれど、婚約はちょっと……」
「わたしもちょっと……」
「じゃあ俺も嫌だが!?」
「そんな、酷い……そこまで拒絶しなくてもいいではありませんの……エスク様、そんなにもわたくしのことがお嫌いなんですの……?」
再びアンジェラが嘘泣きを始めた。この軽い態度がまた鬱陶しいことこの上ない。
「……お前こそ、俺のこと好きなわけ?」
「正直あんまり」
「じゃあやめとけよ!?」
「お互い嫌なら、エスク、わたしと結婚する?」
「どういうこと!?」
「あ、じゃあ私も立候補しますご主人様。扱いは今まで通り性奴隷で結構ですので」
「なんの話!? ああもう、さっぱり意味が分からんぞ!」
車椅子に座ったまま、エスクは頭を抱える。
「あ、そういえばエスク様。ベルム地方に新たなダンジョンが顕現したってご存じでしたかしら? わたくしもそちらのダンジョン攻略に参加しようと思うのですけど、ご一緒にいかがでしょう?」
「お断りだ! つーか、それが本当の目的だったなお前」
「あら? 簡単にバレましたわね」
「ダンジョンかー。わたしはちょっと興味あるなあ。エスクも一緒に行こうよ」
「嫌だっつってんだろ! もうあんな無駄な苦行はまっぴらだ。その上こんなイカレた女にもまとわりつかれるし。二度とダンジョン攻略なんぞするか!」
「まあまあエスク、そう言わずにさ」
「そうですわそうですわ。いいではありませんの。わたくしたちと一緒に参りましょう、新たなダンジョン攻略に」
「ふざけんな、阿呆ども! 俺を舐めてるとボロ雑巾にするぞ!」
めちゃくちゃになった部屋の中。
対して、庭の方はといえば、キマイラがあくびをし、魔導球体と機械人形が静かに音を立てている。式神たちが小さな畑に水をやり、ゴーレムが拳で薪割りを。
本日も快晴。平穏極まりない日々。
万能術士とその使役物たちの一日は、何の苦も無く過ぎていく。大規模な迷宮の攻略すらも、彼らにとっては平穏な日々とさして変わりなく。
壮大にして矮小なる小話が、ここにまた一つ、終わりを告げた。
了
車椅子の万能術士 wani @wani3104
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