For You
ヤチヨリコ
ラブレターをもらう
街はテクノロジーで出来ている。
ロボット技術の発展と普及で仕事のあれやこれやが全自動となり、ロボットによって人間がやらなくてもいい仕事が増えた。
でも私たちの仕事はなくなるどころか、むしろ増えている。
今日も、一日しかない晴れ舞台のための支度が始まる。
シャッターを開けて、さあ仕事を始めよう。
「お子様に申し込み用紙のほうを渡していただき、欲しいプレゼントを記入後、専用のポストに投函してください」
「サンタサービスは有料となっておりまして……」
「プレゼントの代金とサービス料金がお客様の口座から引き落とされます」
「お子様が注文されるプレゼントはお客様の意に沿わないものである可能性もあります」
「プレゼントの返品・交換は専門の窓口にお問い合わせください」
「昨年以前のプレゼントの返品・交換、または代金の返金などは致しかねます」
機械的に繰り返すこの言葉には、もはや感情は乗っていない。
仕事だから相手をしているというのに職員を対等だと思ってないお客様があまりにも多すぎる。だから感情を殺して相手を金づるだと思いながら対応している。
ときにはつばを吐きかけられることすらあるというのに転職を考えないのは、やはりこどもたちの笑顔が見たいからだ。とはいえ、私のような受付窓口の下っぱにまでは笑顔を向けてくれるようなこどもは少ないけれど。
「それでは、よいクリスマスを!」
最後にこれだけ言って、肩を怒らせて憤慨しながら帰っていくお客様の背中を見送り、ドアにかかった看板を「OPEN」から「CLOSED」に変えて、長かった昼業務が終わってランチタイムとなる。
カフェテリアでは、クリスマスにはサンタクロースとなって街中を駆け回る花形部署の配達部門の社員や、クリスマスのためにプレゼントの取り寄せやらの仲介業務をする取次部門の社員らが入り乱れて、少ない休憩時間を楽しんでいる。
サンタクロースのおじいさんとは言うが、実際は年齢などが理由で白ひげの老人のようなわかりやすい『サンタクロース』はいない。そういう人材はボランティアでのサンタ代行業やクリスマスイベントに行ってしまって、ビジネスとしてのサンタサービスには来ない。機械化が進んだ今、老人が活躍できる社会になったのはいいことだと思う反面、うちの企業はなぜすべて人の手で仕事をやらせるのだろうと思うこともある。
まあ、したっぱの私が言ったところで変わることでもないけれど。
「クリスマスケーキ 試作あります(無料)」のチラシが配られていたのを思い出して、悩む。ダイエット中というわけでもないのにどうしてこう食べたくならないのか。このカフェテリアのケーキだって普通のケーキだったら食べたくなるのに。
ランチにしたってクリスマスシーズンとなればクリスマスの料理ばかりが並ぶ。
クリスマスをしない家庭が増える中、うちの上層部はなにを考えているのかクリスマス料理のデリバリーも始めやがった。今日だってその問い合わせで電話回線がパンクしたらしい。
まあ、だからといってどうということもないけれど。
「とりあえずローストチキンサンドのチキン心なしか大盛りで」
あ、こういうセコいところは直さなくっちゃいけないな。
追加で注文したエスプレッソのマシンが洗浄中だったから、洗浄終了後にスタッフロボットが商品を届けてくれることになった。もともとクーポンで安くなっていたのが迷惑料でまた少し安くなった。ある意味では得をしたな。
「どうも」
「すみません」
「……どうも」
私が一人で座ったボックス席の向かい側に配達部門のビルと、新人のジョルジョとかいう名前の男が座る。
たしかに少し混みだしたかもしれない。
「レイチェル……タビサとのディナータイムは楽しめたか?」
ビルが不安げに私を見る。
この間、ビルの恋人であるタビサを誘ってディナーを食べに行った。どうやら、そのときのことを聞きたいらしい。
待てよ。
部下のジョルジョの前でプライベートの話をしてもいいのか?
「え、別に。あんたが仕事ばっかって愚痴ってた」
当たり障りのない回答に、ビルは「そうか」とだけ言って、私から目をそらした。
「そんなこと言ったってしょうがないのは理解してほしいよ」
親友の愚痴ってあんまり言いたくないのにな。クリスマス前の忙しさと疲れのせいで、言いたくもないことを言ってしまう。これが本心なのかもしれないが認めたくない心があるのも本当。自分でも何が本心なのかわからない。
「そういえば、君、恋人がいたよな?」
「とっくのとうに別れた」
「そうか、すまない」
気まずそうにするビルにちょっぴり腹が立つ。
「……なら、僕にもチャンスがありますか?」
今まで口を開かなかったジョルジョが妙に真剣な顔をして私を見る。
「僕のこと、覚えてますか」
――え?
覚えてるも何もあんたのことなんか知らないし。
でも、なんだかふざけられる雰囲気じゃない。
そのとき、ちょうどスタッフロボットがエスプレッソを届けに来た。私はジョルジョから逃げるようにして、カフェテリアを去った。
◇◇◇
サンタさんへ
メリークリスマス!
ぼくのなまえはジョージです。
ぼくはいい子にしていましたか?
いい子にしていたと思うなら、クリスマスの晩、ぼくの家に来てください。
ぼくの友だちになってください。
ぼくが悪い子だとお思いならこのメッセージは無視してください。
ジョージ
401番地 ウエストサイドストリート
クリスマスタウン
◇◇◇
仕事終わり、家に帰る途中で空き家の壁に書かれたこの落書きをいつも見かける。私がこの仕事を始める前からあるので、だいたい十年くらい前からあるだろうか。
このジョージというこどもに会ったことがあったなと今になって思い出す。
高校時代、ボランティアでサンタ代行業をやっていた。
私の仕事は、サンタクロースの赤い服を制服に、シングルマザーやシングルファーザーの親を持つこどもたちにクリスマスプレゼントを配ることだった。
そういえば、数多くのこどもたちにプレゼントを渡してきたけれど、ジョージという男の子は特別よく覚えている。
クリスマスプレゼントが用意できない家庭には各地から寄付されてきたおもちゃなんかをこどもたちの年代や性別に合わせて私たちが用意してこどもたちに渡す。ジョージの家もそんな家庭の一つで、私はオセロを持って彼の家に向かった。
落書きの住所だ。配達場所を伝えられたとき、そう思った。
私が彼の家のドアをそっとノックすると、小さくて可愛らしい男の子が一人で出てきた。その子は五歳くらいだっただろうか。彼は私のよく目立つ赤い服を見ると目を輝かせて、「サンタさんが友だちをくれた」と言った。
「良い人たちが君にプレゼントを用意してくれたんだよ」
私がそう言うと、彼は目をパチクリさせる。プレゼントは友だちじゃないの、と言いたげな表情で目を伏せてから、私を見上げた。
「……お姉さん、サンタさんに頼まれてね。ジョージくんと一晩だけ遊んでって頼まれたんだ」
本来だったらこどもにプレゼントを渡してお決まりのセリフを言って終わりなのに、つかなくていい嘘をついてしまった。ジョージの家で配達は最後だったから、遊ぶくらいだったらいいかなとか思ったのかもしれない。
その晩はジョージに渡すはずだったオセロでジョージと二人で遊んだ。
彼がうつらうつら船を漕ぎだすと、そろそろ潮時だと思ってさよならを言ったら、ジョージは私の服のすそをそっと握って、「帰らないで」とつぶやいた。
「でも、寝る時間じゃない」
「さよならもしたくない。おやすみも……言いたくない」
「なんで?」
「おやすみを言ったら、明日になるでしょう」
「それじゃあ、こうしよう。君の夢に出るよ。夢でいっしょに遊ぼう」
「そうしたらお姉さんは帰らない?」
答えに詰まって笑顔が引きつる。
――帰らないよ。
……その一言が言いたくて、言えない。
私は帰るしかないし、私にも明日が来る。
「夢で会おうよ。君が目を閉じたら、手を握ってあげる。そうしたら夢で会えるよ」
ジョージはベッドに行くと目を閉じて、「帰らない?」と静かに言った。
今思うとわかってたんだなあ。帰っちゃうって。
「ぼく、嘘ついてた。ジョージはホントの名前じゃない。ホントの名前、教えたげる」
私が彼の本当の名前を呼ぶと、彼は満足そうに笑った。
「夢じゃお姉さんが友だちじゃなくてお嫁さんなんだ。お姉さんがぼくの名前を呼んだから」
彼は漫画の主人公のようになりたくてジョージと名乗ったこと、他の国からやってきた彼は友だちができずにいじめられていること、そんなことを話してくれた。
◇◇◇
クリスマスが終わり、ようやく一段落したと思って帰ろうとしたら、ジョルジョに声をかけられた。
「レイチェル先輩、今日、いっしょに帰りませんか」
聞くと、彼は私と同じウエストサイドストリートに住んでいるらしい。
ならいいやと思って、いっしょに帰ることにした。
例の落書きの前を通りかかると、ジョルジョが「あ」と声を漏らした。
あの落書きが消されていて、新しい落書きが書かれていた。
◇◇◇
メリークリスマス!
ホントの僕の名前はジョージじゃなくってジョルジョなんだ。
今日は良い日だったよ。
小さいころ、クリスマスの日に僕が眠るまで遊んでくれたお姉さんと話せたんだ。
サンタさんがくれた友だちだったんだろうけど、今は彼女が恋人になってくれないかな、なんて思ってる。
彼女、とっても素敵な人だよ。とっても彼女が好きなんだ。
大人になった彼女はサンタクロースじゃない。
けど、僕がサンタクロースだ。
大人になった僕は彼女に釣り合うかな?
今年のクリスマス、サンタさんが恋人をプレゼントしてくれたらいいな。
ジョルジョ
401番地 ウエストサイドストリート
クリスマスタウン
◇◇◇
照れくさくって、ジョルジョの顔が見れない。
あのジョージの本当の名前はジョルジョだったな、なんて今更思い出した。
「友だちでもいいかな」
私の声は臆病に震えていた。
これじゃ私のほうがこどもっぽい。
こどもっぽいのに、逃げようとする嫌な大人らしさがあって。
「まるで夢みたいだ」
ジョルジョが小さくつぶやく。その声も震えていた。
あの小さかった彼の背はとっくに私を追い越している。
クリスマスのために飾られたツリーは片付けられて、クリスマスケーキはセール中。そんな日のことだ。
For You ヤチヨリコ @ricoyachiyo0
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