エピローグ
「いらっしゃいませー!」
地元の安い居酒屋。
二十歳になったお祝いで、私はここに連れてこられた。
「じゃあま、とりあえずビールでしょ! すみませーん、生二つお願いしまーす!」
大声で注文する市原くんは、ニコニコ笑顔で私の顔を覗き込んでくる。
「……何でそんなににやけてるの」
「いやー、ついに前田さんとお酒が飲めるようになったなーって感慨深くて」
「ついにって、市原くんの誕生日先月でしょ? 一カ月待っただけじゃない」
「それはそうだけどさ……そう言えば、誕プレの道着、めちゃめちゃかっこいいって部内で評判になってるよ。ありがと!」
「……ならよかったけど」
「前田さんの誕プレ、すごいの用意してあるから! お返しに!」
「まあ、あんまり期待しないどくね」
その昔、『うめえ棒』の詰め合わせを貰ったことのある身としては、プレゼントの内容には期待しない方がいいと思ってしまう。気持ちだけで嬉しいけど。
「生二つお待ちどー!」
「お、きたきた……それじゃあ前田さん。二十歳の誕生日、おめでとう。乾杯!」
「かんぱーい」
私は人生初となるビールを口に運ぶ。
……苦い。
「……ごめん、これ、飲めないかも……」
「マジ⁉ 前田さん甘いの苦手だから、口に合うと思ったんだけど」
「……甘いもの、最近は好きになってきてるけどね」
ぼそっと呟く私の声は、居酒屋の喧騒に吸い込まれる。
「マジごめん! それは俺が飲むから、なんか美味しそうなやつ頼もう!」
焦る市原くんの姿は、小動物みたいで実に可愛い。
「そうだなー……じゃあ、このカシスオレンジってやつにしてみる」
「オッケー! すみませーん、カシオレ一つお願いします!」
運ばれてきたお酒を、一口飲んでみる。
無糖のココアに比べたら、とっても甘くて。
それとちょっぴり、大人の味だ。
「じゃあ改めて、誕生日おめでとー!」
きっとこれからも、私はいろんな味を知っていくんだろう。
甘いのも、苦いのも、辛いのも、酸っぱいのも。
その中には苦手な味もあって、全部を好きにはなれないかもしれない。
でも――きっと。
あの甘くない無糖ココアの味を、気に入る日もくるはずだ。
その日がくるまでは、とりあえず。
甘い味を、楽しもうと思う。
……そういえば最近、イライラしなくなってきたな。
彼も退屈してるかもしれないし――酔った勢いにかこつけて、久しぶりにイタズラでもしてやろうか。
無糖ココアは甘くない・完
無糖ココアは甘くない いとうヒンジ @itouhinji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます