「女性スペースを守る運動」に群がる醜怪な人たち【中】
「女性たちの運動が滝本太郎弁護士に乗っ取られた。」
運動に関わって以来、何度かそう聞いた。最初は意味が分からなかった。だが、今となってはそうとしか言えなくなっている。
そもそも、「女性スペースを守る会」はどういう経緯で生まれたのか。
源流は、ツイッター上の名もなきフェミニストたちだ。性自認主義に危機を感じる人々が、ネットを通じて政治家に陳情しようと動き始めたのである。
二〇二一年・五月――LGBT法の与野党合意案が国会で審議された。
与野党合意案は、「差別は許されない」という言葉を与党案につけ加え、野党が合意したものだ。
この与野党合意案を、右派ゲイ(および森氏)は激しく攻撃する。一方、純粋な与党案には好ましい態度を取らないでもなかった。
注意しなければならないことがある。
それは、右派ゲイ(および森氏)は、「女性スペースを守る会」の設立に関わっていないことだ。
同性愛者は基本的に同性にしか興味を持たない。ましてや、ゲイという存在がフェミニズムに関心を持つことも(異性愛者の男性以上に)ない。
ただし、杉田水脈の「生産性」事件以降、左派ゲイと右派ゲイの対立は激化していた。なので、右派ゲイもまた、「左翼勢力への逆張りの範囲内で」フェミニストに理解を示したのだ。
ただし、運動を共にすることは普通なかった。右派ゲイが男性同士で固まっていたのと同様、フェミニスト勢力もまた女性同士で固まっていた。
森氏は例外的な存在と言える――何しろ、最初から最後まで右派ゲイグループに与していたのだから。
同年・六月、与野党合意案が潰れる。
その直後だ――女性専用施設の問題に滝本氏が初めて関わったのは。ツイッターで、ふとしたことから議論に巻き込まれたのである。
滝本氏は正論を述べ、称賛と憎悪の声が同時に殺到した。そして、団体を作ろうとしていたフェミニストたちの元に招かれる。
結果、滝本氏が主導権を握って会ができた。
同時に、何割かの女性が離反する。原因は、「手術済みの〈法的女性〉を女性専用施設に受け入れるべきだ」と滝本氏が主張したことだ。
しかし、たとえ性器を整形しても、女装にしか見えない人は見えない――生物学的に男性だと判ってしまう。
つまり、「女子トイレに女装者が入ってきたとき、心が女性の人なのか変質者なのか見分けがつかない」という問題は手術済みでも同じなのだ(身分証が〈女〉ならば、男性器がないと分かるだけで)。そのような人を女性専用施設に入れるべきではないという声が上がったのも当然のことだった。
また、真偽不詳ではあるが、二〇二一年の夏(早くて六月)の時点で、理解増進法を受け入れるべきだと滝本氏が主張していたと証言する人もいる。
「女性スペースを守る会」は九月に立ち上がった。
十一月二十五日には、「女性スペースを守る会」・一般社団法人「芙桜会」・「日本SRGM連盟」・「白百合の会」が合同記者会見を開く。「女性スペースを守る会」はフェミニストが中心であり、それ以外の団体は性的少数者が中心だ。この時点で、「性自認の法制化に反対する」という声明を四団体は出していた。
「白百合の会」は森氏が即興で作った会だ。私が入ったのは十二月である。このとき、一応は形を成そうとLINEグループが作られた。当時、森氏と私を含めて四人しかいなかった。また、私が退会するまでに七人を超えたことはない。
「日本SRGM連盟」は無性愛者の男が代表の団体だ。しかし、当人の発言が問題視されたためか「守る会」との連携は早くから消える。「芙桜会」の近藤氏もまた薬物を使用して消えた。
代わりに十二月、「性別不合当事者の会」が立ち上がる。
私が「性別不合当事者の会」に入ったのは翌年の六月だ。(九月を以って退会。)
不思議なことがある。私が認識する限り、「性別不合当事者の会」の共同代表を務めた三人が仲岡しゅんと深く関わっていたのだ。そのうち二人が「白百合の会」の会員を兼ねており、しかも一人は「不合の会」の発起人だった。
なお、「白百合の会」は元より、「女性スペースを守る会」も「不合の会」も政治団体として公的に登録されていない。言うなれば学生サークルと同じだ。
一方、滝本氏が運動を進める
彼女らの主張が「特例法廃止」だった。すなわち、〈性別を変えられる制度〉自体が女性差別的であり、女性の安心・安全を脅かしているとしたのだ。
正直に言えば、特例法廃止派を私は
しかし、(特例法廃止の是非は別として)私の意見は最終的に彼女らと同じになる。そして振り返れば、彼女らこそが滝本氏に運動を奪われた存在だった。
どうあれ、「手術済の〈法的女性〉と女性の共存」「男性器のある〈法的女性〉の出現を防ぐこと」を、滝本氏に率いられた諸団体は掲げた。根幹には、「男性器ある〈女性〉が生まれれば女湯に入ってくる」「現在の特例法を守らなければならない」という滝本氏の主張があった。
二〇二三年・三月――諸団体は、独自の「女性スペース保護法案」(以下、「滝本私案」)を発表する。
その第二条では、「女性とは、生物学的女性および〈法的女性〉を指す」と定義されていた。第四条では、「女性スペースには『女性』しか入れない」とした。
当然、発表当時から滝本私案は批判に晒される――「いくら手術済みとはいえ〈法的女性〉を完全に『女性』と認めるのはおかしい」と。
内心、一理あると私は考えていた。だが、「障碍者の権利として『既に認められている』ものを撤廃することは難しい」「通しやすい法案を作るのなら妥当な線ではないだろうか」と判断していたのである。
六月に入り、理解増進法が審議される。
私は、森氏の意に反して理解増進法反対運動に奔走した。法律の問題点は先述の通りだ。加えて言えば、最高裁に回付された訴訟に理解増進法が影響する危険も懸念していた。
六月十六日――理解増進法が可決する。
同日、片山さつき議員を中心に「女性スペース・女子スポーツを守る議員連盟」が立ち上がった。それに対し、ある右派ゲイはこう投稿する。
「理解増進法ができたからこそ、女性専用スペース確保と堂々と言えるようになった事、そろそろ皆さん気付いてほしい。」
六月二十三日(理解増進法施行の日)には、厚生労働省が、公衆浴場の男女の区分について「身体的特徴で判断してください」という通達を出す。
七月十六日――白百合の会を私は抜ける。運動への違和感が噴出した結果だった。
七月二十日――議員連盟の取り組みが、「女性専用施設の利用・女子競技への参加を『生来の女性に限る』措置」であると報じられる。
「身体的特徴で判断する」
「生来の女性に限る」
これらの言葉について、「〈性別変更〉をしても女性専用施設に入れないということだ」という意見が上がっていた。私の知人は、「滝本私案は女子差別撤廃条約違反だ」「生来の女性に限る措置は必ず立法される」と強く主張した。
私が
先に述べた通り、「男性器のある〈女性〉が女湯に入れるようになる」という話は疑っていた。一方、「男性器を切除した〈女性〉が女湯に入るのは合法だ」と認識していたのである。
疑問に駆られて特例法を読み返す。そして気づいた。たとえ男性器を切除しても、〈法的女性〉が女性専用施設を使う権利はなかったのだ。
性同一性障碍特例法・第一条には、「この法律は、法令上の性別の取り扱いの特例について定める」とある。第四条では、「民法その他の法令の規定の適用については性別が変わったものとみなす」と定めている。
普通に読めば、〈性別の取扱い〉が変わるのは法令上の話だと判る。つまり〈法的女性〉とは、女性を意味する言葉が法令に出てきたとき〈女性〉として扱われる男性のことだったのだ。
女性専用施設に関する法令はない。トイレも風呂も施設管理者が別けている。管理者の意に反して入った場合は建造物侵入罪だ。このような区分は〈法令上の性別の取扱い〉ではない。
図説すればこうなる。【挿図】https://kakuyomu.jp/users/Ebisumatsuri/news/16818023212827932606
加えて言えば――。
生物学的な事実を、法律が変更できるわけがない。むしろ、科学的な事実に基づいて作られるのが法律のはずだ。でなければ法学は神秘学になる。
性別は変えられない。科学的事実である。
肉体的な力にしろ変化はない。だからこそ、〈法的女性〉と言えど女子競技に参加させるべきではない――男と女では体力に差がありすぎる。
では、女性専用施設も同じではないか? 性器整形手術をしても、男性の体格に変化はないのだ。
この科学的事実があるからこそ――なのである。
一九八五年に日本国が締結した女子差別撤廃条約でも、「女性差別とは、生物学的性に基づく(basis of sex)排除である」と定義されていた。
女性差別撤廃委員会・一般勧告第28号にも、「性別とは、男女間の生物学的差異を意味する」とある。
国際条約の遵守が憲法で定められている以上、女子差別撤廃条約に違反する法律は作られない。生物学的男性を「女性」と定義し、女性保護のための領域に入らせる滝本私案は違反する。
性自認主義は世界中で見直されつつある。昨年の四月からは、女性の定義を生物学的なものと明記することが英連合王国政府内で検討され始めた。議員連盟の検討している「生来の女性に限る措置」は、恐らくはその流れに乗るものであろう。
しかし、「生来の女性に限る措置」に私は躊躇した。手術済みの〈法的女性〉を、問答無用で、全て、女性専用施設から締め出すのは少し酷ではないかと考えたのだ。
だが、十月には受け入れざるを得なくなる。
最高裁大法廷へ回付された手術要件訴訟は、十月には「二十五日に判決が下る」と報じられた。
そして十月十二日――最高裁判決を待たず、不妊要件は違憲だと静岡家裁が判断する。結果、性器を手術していない女性が〈男性〉として認められた。
静岡家裁の審判文を読み、最高裁の違憲判決を確信する。
二〇一九年の最高裁小法廷では、「急激な変化を避けるための措置である」ことを理由に合憲とされた。ただし、「〈法的性別〉の変更は、性同一性障碍の苦痛を緩和させる重大な法的利益である」「理解に関する社会的状況の変化に応じては変わり得る」とも述べられていたのだ。
一方、静岡家裁の審判では――、
手術要件が違憲である理由に、理解増進法が挙げられていた。すなわち、理解増進法の第一条を丸ごと引用し、第三条から第五条までの内容を挙げ、「急激な変化に対する配慮」の必要がなくなったと述べられていたのだ。
最高裁大法廷が、同じ理由で違憲判決を下すことは明らかである。
「生来の女性に限る措置」を受け入れた。今までは「心が女だから入れさせろ」だったのが、これからは「戸籍が〈女〉だから入れさせろ」になる。また、男性器のある人が女子トイレに入っても身分証は〈女〉になってしまう。
加えて言えば――議員連盟の取り組みが、「生来の女性」という言葉にだけ拘るわけがない。
例えば、ヒゲの生えた〈法的男性〉も「生来の女性」だ。そのような人を女湯に入れても混乱する。ならば、厚労省の通達にある「身体的特徴」という言葉も検討されるはずだ。恐らく、「男性の身体的特徴ある者は女性専用施設に入れない」「女子競技は生来の女性に限る」という法律になるのではないか。
一方で――、
滝本・森両氏は、「合憲判決を出すよう最高裁に請願する署名」を集め始めていた。
同時に、「手術要件がなくなれば、女性専用施設に男が入ってくる」という漫画を拡散し、そのような主張をツイッターで何度も煽り立てた。結果、二万名の署名と160万円の寄付金を得る。(なお、署名には、実名と住所が必須だった。)
――彼らは、なぜ賛成答弁に立ったのか?
滝本氏が、理解増進法に元から賛成だったのは明らかだ。それは、「性自認の法制化に反対する会見」という名前からも判る。そして、「性自認は危険だが性同一性は安全だ」という詭弁は、繁内氏や近藤氏が度々発信していた。
二〇二一年・十一月の四団体合同会見では、繁内氏と関わりの深い二人(近藤氏・森氏)が「団体の代表」として肩を並べる。この会見が滝本氏主宰であり、「理解増進法には実は賛成する会見」だったことを考えると、繁内氏と滝本氏は接触済みであった可能性が高い。
だが、「性同一性に拘る」という姿勢を滝本氏は唐突に捨てる。すなわち、「ジェンダーアイデンティティ」と修正された法案に「ありがたいことです」と答弁した。その理由は、少しでも自民党に接近するため――この運動の本当の目的を達成させるためとしか思えない。
滝本氏は、「男性器のない〈法的女性〉」を女性専用施設に入れさせたいのだ。
それは、「手術済みの〈女性〉を男扱いする者は差別主義者」と断言した森氏も同じである。
一方、繁内氏について言えば、この問題に関する明確な発言がない。しかし、性同一性障碍の当事者に同情的な態度を取っていたことから察するに、「手術を済ませても女性専用施設に入る権利はない」とは決して言わないはずだ。
「性同一性」に拘り、「性自認」を攻撃した理由はここにある。「性同一性」ならば、「性同一性障碍で辛い思いをしている人だ」と詭弁を弄することができる。だが「性自認」ならば、「男性器のある人/ない人」を「自認」で一緒くたにされかねない。
「女性スペースを守る会」は「〈女性スペース〉にする会」だったのである。
――しかし。
政府の意図は、彼らとは別にあったはずだ。
私は、「理解増進法には立法事実がない」と批判してきた。しかし、実は、「性同一性障碍という概念を消す」という目的があったのではないだろうか。
性同一性障碍はなくなった。精神障碍でもなければ身体障碍でもない「性別不合」へ変わった。この決定は、二〇一九年に行なわれたWHOの総会で採択され、二〇二二年の元日から効果を持った。
――だが。
四年前に決まったとは言え、「え、性同一性障碍って今もうないんですか?」と多くの人が驚くだろう。それどころか、「性別不合って何? 精神的にも身体的にも障碍ではないってどういうこと?」と疑問を感じるはずだ。
要するに、「ニューハーフ」である。
今までは、「性同一性障碍とは、心と体の性が合わない可哀想な人です」と喧伝されてきた。それが、
「心の性なんて主観の話ですよ。珍子を取りたがろうと、そうでなかろうと、心は同じです。『〈法的な性別〉が合わなくて辛い』と言ってる点も同じです。だから権利を同じにするんでしょ。」
こう言われると、拍子抜けするはずだ。
「心の性」の存在を科学的に証明した者はいない。日本精神神経学会が定めた性同一性障碍の診断基準でも、「心の性」なるものは定義されていない。ただ、「性別違和」として次の三つが定義されている。
・自分の性を嫌がること
・別の性になりたがること
・別の性として振る舞うこと
かつ、「その他の疾患が原因ではないこと」「単なるワガママではないこと」である。
――これは障碍だろうか?
疾患も法律も、科学的事実に基づいて定められる。しかし、性同一性障碍について言えば、「そうなりたい人がいる」という以上の結論が出ないのだ。
なので、波風の立たない形で処置されたのだろう。つまり、「偏見を拭い去るため」「権利を保護」というお題目の下、「障碍」ではなくなった。
いわゆる「京都のぶぶ漬け」と同じだ。
性同一性障碍が消えたとき、『国際疾病分類』を担当したWHOのロバート゠ヤコブ氏はこう述べた。
「精神的な病気でも身体的な病気でもなくなることにより、当事者が汚名を返すことにつながる。」
これに対して、日本の厚労省は「配慮が進んだ」とコメントした。
性同一性障碍が(国際的には)もうない以上、我が国も合わせる必要がある。でなければ、性同一性障碍は日本特有の風土病になってしまう。
加えて言えば、もう十何年も前から先進諸国では手術要件が撤廃されてきた。結果、「手術要件は人権侵害だ(珍子があってもなくても心は同じなのに不平等だ)」という国際的な圧力が迫る。
どうあれ、「性同一性障碍特例法」は改正する必要に迫られていた。
ゆえに、「違憲判決を出させるための法律」が必要だったのではないか。「理解が追いつく」という名目さえ出来れば、最高裁は違憲判決を出せるのだ。
しかし、手術要件の削除により、欧米諸国と同じような痛ましい混乱が起きても困る。では、今までは黙っていた基準を明文化するしかない。
いくら何でも、やすやすと国を売り渡す気など政府にはなかったのだろう。つまり、理解増進法の可決と同時に議員連盟が立ち上がることは予定調和だったのだ。
さて。
滝本・森両氏の運動も虚しく違憲判決が出る。
決定文では、理解増進法の成立が挙げられ、「急激な変化への配慮がなくなった」と結論されていた。
珍子つきが女湯に入れるかについては、ご丁寧にもこう書いてあった。
「このような浴室の区分は、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するものと解されるが、これは、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法4条1項参照)ではない。」
決定文を確認したあと、滝本・森両氏に宛てて私はポストする。
「さて。今回の違憲判決が出た大きな要因は理解増進法の成立だ。実際、19年の棄却理由は『社会的な理解が足りていないから』であり、今回の判決の理由には理解増進法が挙げられた。この点、理解増進法の賛成答弁を参議院内閣委員会で行なった二人はどう考えているのだろう?
@takitaro2 @MORI_Natsuko」
滝本氏は黙り込んだ。
森氏は引用ポストする。
「残念ながら、あなたは『白百合の会』を辞め、『女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会』にも属していない。よって、あなたのところに政界や法曹界、マスコミからの情報(特に「表には出ない/出せない情報」)が入ることはなくなった。そのため、現在、あなたのポストにデマや妄想が含まれていることも、私は認識している。ご発言も雑になったと思う。私からはそれ以上、あなたに告げるべきことはありません。今回は@つきでポストされたので、お答えしました。」
見苦しく思ってこう返す。
「要するに、『ノーコメント』ということですね。仮に、今はまだ言えない情報とやらがあったとして、『今回の違憲判決の大きな要因は理解増進法だった』この事実は公のものでしょう。それについてでさえ、なにもいえない。」
それから二日後の深夜である――森氏が返信したのは。
「女性スペースを守る運動を辞めて、単なるデマ屋と化して、周囲からも見離された(リポストや『いいね』の数がそれを物語っていますよね?)あなたに、一体なにを言えばよいのでしょうか? スペースであなたに『出版社を紹介してあげる』と豪語した人も、私が以前忠告した通り、大嘘つきだったのでは? そして、何かを成し遂げたいのならば、今現在のお仲間と共に、ネットではなくリアルできちんと運動をしてはいかがですか? 私があなたに以前『交流しない方がいい』と忠告した、あのデマ屋や大噓つきと共に。」
唖然とした。完全に八つ当たりである。
しかも「出版社を紹介すると言った人」とは誰か。
それらしき人は、元・豊島区議会議員の橋本久美氏である。
橋本氏は、女性専用施設の保護を訴えて多くの支持を得てきた人物だ。森氏とも元は親密だった。しかし、四月の豊島区議会選挙で落選。運動はおろか仕事を探さなければならなくなる。それでも、理解増進法可決前には国会議事堂前で反対街宣をするなど精力的に活動していた。
そんな橋本氏を、理解増進法成立直後に森氏はブロックする。
橋本氏も、このエッセイを応援してくれている。なので、「原稿料は出ないが、ある雑誌の編集部に声をかけることはできるかもしれない」とスペースで言ったのだ。原稿料が出ない点は落胆したが、「それでも構いませんよ」と私は答えた。
森氏の罵倒の後、前章の執筆に私は取りかかる。
違憲判決が下った以上、「生来の女性/身体的特徴で分ける措置」がスムーズに立法されなければならない。しかも、滝本私案に賛成していたことは明らかに不味い。
滝本私案こそが「トランス差別禁止法」なのだ。
もし滝本私案が成立した後で(成立するわけがないのだが)違憲判決が出ていたならば、男性器のある〈女性〉を女性専用施設に入れる法的根拠になっていたはずだ。
そうして、事実関係を前章にまとめ、滝本私案に賛同したことを謝罪した。しかし、二つ目のエピソードを公開したあと、滝本氏がⅩでコメントをつける。
「はい、法的性別が変わっても、男性が女性に、女性が男性に変わるものではありません。
★しかし『法的性別』が変わる以上は『女性として遇せよ』の対象が変わってしまいます。だから、女湯のみならず女性スペース全体につき、また女子スポーツにおいての『法的女性』の定義を定めないとイカンのです。」
――私の文、ちゃんと読んだのか?
だが、滝本氏はともかく、森氏は正確に読む可能性が高い。
また、滝本私案はこの時点で改定が宣言されていた。なので、その時にはまだマシになるかもしれないと少し期待したのである。
ところが。
十一月十四日に改訂された滝本私案はますます酷くなっていた。
つまり、「女性とは、生物学的女性および陰茎のない〈法的女性〉を指す」とした上で、「女性スペースには『女性』しか入れない」としたのだ。
しかも、「管理者と利用者の許可を得た上で、『陰茎のある人も使います』と明示した女子トイレはこの限りではない」という条文も加えられていた。
――そんなトイレ、誰が使うのか。
当然、滝本氏の元には批判が殺到する。そして、「女性スペースを守る会に愛想を尽かせた」「賛同を解消する」という声が次々と上がった。
加えて、「〈性別変更〉すれば入れるというのは嘘ではないか」という批判も殺到する。
だが、滝本氏は主張を変えなかった。
すなわち、「男性器のある〈女性〉の女湯入場を断ったら訴えられる」「生来の性別で分ける措置は憲法違反だ」「法的に〈女性〉なのだから、『正当な理由がある』と見なされて建造物侵入罪は適用されない」と主張したのである。
滝本氏に対し、「厚労省が出した『身体的特徴で分けること』という通達は何なのか」と反論した者がいる。(通達は憲法に反さないという見解を厚労省は出していた。)
滝本氏は、「身体的特徴とは『陰茎の有無』のことであり、陰茎のある〈法的女性〉は今はまだ存在しないのだから合憲だ」と主張した。
また、最高裁決定文の「(浴室の区分は)法令の取扱いではない」という文を引用して反論した者もいる。他ならない、「女湯に入る権利はない」と最高裁が言ったのだ。
滝本氏はこう答える。
「最高裁判事が『法令の規定の適用による性別の取り扱い(4条1項)ではない』と書いているが、条文は『法律』なのだから、最高裁判事が偽りを書いているんです。気づかれたい。」
驚いたことに、最高裁判事が嘘をついていると言いだした。
なお、十一月二十日――女性専用施設の問題について片山議員が参議院で質疑する。
曰く、「(男女別施設は)今まで、生物学的な区分ないし外部から分かる身体的特徴で区分されてきた」。しかし、今後は混乱してゆく可能性があり、女性保護の法律が新たに必要ではないか――と。
外部から分かる身体的特徴――当然、性器の有無に拘わらず全体像のことだ。銭湯の受付で陰茎の有無など確認しないのだから。
一方で。
右派ゲイたちは、「極左思想に染まった裁判官が出鱈目な判決を下した」と動揺した。理解増進法が違憲判決に与えた影響を指摘されると、「極左裁判官に利用された」と言う。
ちなみに、十月二十一日――女性専用施設の保護を
https://voice.charity/events/598
この男は「安心安全な施設利用を考える会」を名乗っている。だが、それがどんな会なのか、どこにある会なのか、どのような実績のある会かも分からない。
――理解増進法で女性専用施設を守られるのだろうか?
男性器の有無で〈法的女性〉を二分し、片方には「女子トイレを使わないよう指導すること」と
できないことなど明らかだ。それこそ、「差別はあってはならない」とする理解増進法の理念である。
一方、女子差別撤廃条約の第四条には、「女性を守るための措置を差別と解してはならない」とある。繰り返して言うが、この条約にある「女性差別の定義」とは「生物学的性に基づく(basis of sex)」排除である。
私は、「生来の性別/身体的特徴で分ける措置に賛同しませんか」と右派ゲイたちに語りかけた。何しろ、「理解増進法が成立したからこそ――」と言った者も彼らにはいるのだ。
しかし、反応は鈍い。
いや、賛同できるのだろうか?
名実ともにLGBT活動家の彼らが――?
(続く。)
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