第14話

「来たわね。さぁ、今日は私に任せなさい!見違えるような大人の女にしてあげる」

 新谷駅東口の猿の銅像、通称“エテ公“像の前で、メイクも服装もバッチリ決まった舞華が待っていた。上下共に白のパンツスーツで、中のブラウスは薄いグレー。足元のヒールはゴールドとド派手なコーディネートだが、舞華の美貌はそれを派手とは感じさせない。むしろ、普通の服を着ていた方が違和感を覚えるほどだ。先ほどから何人もの男たちが、声をかけようかとチラチラと視線を送っている。

「おはようございます、舞華さん。今日はよろしくお願いします!」

 結衣が張り切って挨拶すると「ちょっとちょっと、声でけぇわ」と呆れられてしまった。それでも舞華はニヤリとしながら「行くよ。まずは私のオススメのショップからね」と、先に立って歩き出した。結衣は後を追いながら舞華の颯爽とした後ろ姿に(マジで大人のいい女や…)と、オヤジのように考えながら急足でついて行った。


 二人は舞華のオススメハイブランドのショップを皮切りに、フォーマルからカジュアル、アウトドアまで幅広くアパレルショップを周り、気がつけば二人とも両手いっぱいに紙袋を抱えるほどになっていた。とりあえずコインロッカーに買い込んだ荷物を放り込み、ファーストフードで昼食がてら一休みすることになった。

「それにしても何で舞華さんまで爆買いしてるんですか?」

「いいじゃない。私だって久しぶりの休みだったんだから」

 ハンバーガーを頬張りながら舞華がぼやく。

「でも、本当にありがとうございます。何となく服選びのコツがわかったような気がしてきました」

「うん、あんたは無駄にスタイルいいんだから、ちゃんとコーディネートすれば見違えるよ」

(なんか微妙に褒められていないような気がする)

 多少不満は感じたものの、舞華に選んでもらった服を着て、岡田とのデートを想像してにやけてしまう結衣だった。


 志賀晃平は派出所のデスクで呆けていた。例によって先輩の吉岡と平和な派出所勤務だ。

「志賀、聞いたか?この前のSNビルの事件…」

「その後、何かわかったんすか?犯人グループの生き残りが供述でもしたんすか?」

「いや、どうやら三人とも自殺したらしい」

 志賀が片方の眉を上げる。

「自殺ってどうやって?拘束されてたんですよね?」

「ああ、詳しくは知らん。まぁ、あってはならん事だから緘口令が出てるって噂だが、とにかく何らかの薬物を隠し持ってたらしい。三人とも事情聴取前にそれを飲み込んで…」

「何か、おっかないですね…狂信的な組織、宗教的なものを感じちゃうな」

 志賀は腕を組みながら顔を曇らせた。

「犯人のうち二人は狙撃されて死亡、三人は逮捕後に服毒自殺…これってものすごい大事件なんじゃないか?」

「そうすね。巨大な悪の組織とか、何らかの陰謀を感じます」

「ま、俺ら下っぱには関係ないけどな」

「そうすね」

 今日も一日、何事もなく時間が過ぎていくのだろうと、二人とも漠然と感じていた。

 しかし、そんな日常は本部から一斉送信された情報で崩れ去ることになる。


「マジかよ…」

 吉岡が思わず呟く。たった今本部から送信された情報によれば、管内で殺傷事件が発生、目撃者の証言によると、犯人は埼玉の強盗殺人で指名手配中の紺野康二と酷似していたという。犯人は目があった主婦にいきなり切り掛かり、さらに近くにいた会社員の男性を刺して逃走。使用された凶器も埼玉の事件で目撃されたそれとよく似ていたという。

 最初に襲われた主婦は幸いにも全治二週間ほどの怪我で済んだが、会社員の男性は出血が酷く、搬送された病院で死亡が確認された。

 紺野と目される殺傷差事件の犯人は現場から新谷駅の方に走り去り、その後の足取りは掴めていないという。

「志賀、準備は?」

「オーケイです、先輩」

「よし、じゃ、新谷駅周辺を巡回だ。行くぞ」

「はい」

 派出所を出る直前、吉岡がいつものようにシャドーボクシングでワン・ツーを繰り出す。気合を入れるときの儀式のようなものらしい。志賀にはそんな験担ぎの習慣はなかったが、拳銃が納められているホルスターをポンと叩いて、派出所を後にした。


 志賀と吉岡は周囲を警戒しつつ、本部と連絡を取り合いながら新谷駅東口にたどり着いた。平日ではあるが繁華街とビジネス街が共存する駅周辺は多くの人で賑わっていた。昼食どきということもあって、休憩中の会社員の姿も数多く見られるが、買い物を楽しむ若者の姿も目立つ。

 二人は本部からの指示で駅前の大通り沿いを警戒しつつ、西新谷駅方面に向かうことになった。人通りが多く、舗道を歩くには自分のペースでは早すぎる。二人は多少のストレスと感じながらも、特段流れに逆らうようなことはせず、ゆっくりと歩を進める。辺りへの注意も怠らない。そういう意味では遅々として進まない人の流れは、警らには適していると言えるかもしれない。だからこそ、志賀は発見することができたのかもしれない。

「見つけた!」

 志賀が思わず声にすると「どこだ?!やつか?!」と吉岡が身構える。

「あそこ!あの娘です!」

 志賀が指差した先には、ハンバーバーにかぶりつく結衣の姿があった。

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シン-ブリッツ 巴山仮名多 @6Ahymknt

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