第13話

 作戦室を後にして、結衣と舞華は連れ立って食堂に移動した。社員食堂はシン-レイバー本社ビルの二階にある。食堂に入ると、二十人ほどの社員が遅めの昼食を摂っていた。社員食堂といってもナショナルチェーンのファミリーレストランが社屋内に出店しており、メニューも客席の雰囲気も市井の店舗と変わらない。二人は窓際のボックス席に座るとメニューを広げる。舞華は特にそれを見るでもなく、呼び出しボタンを押す。

「嘘?まだ決まってないですよ、あたし!」

 慌てる結衣をよそに、やってきた女性店員に舞華が注文する。

「エビフライとハンバーグのセットで」

(舞華さん、痩せてるくせにすごい食べる)

 結衣も急いでメニューをパラパラ捲るが、結局「同じで」と言ってしまった。

「で、冬馬のどこが好きなの?」

 何の前振りもない直球の質問に。思わず結衣はたじろいでしまった。口をパクパクさせながら答えあぐねていると「大した理由がないならあたしが取っちゃう」と舞華が愉快そうに続ける。

「だめ!」

 結衣はそう言い返すのが精一杯だった。

「あ、やっぱり冬馬のことが好きなんだ?」

 結衣はようやくカマをかけられ、見事にハマったことに気づくと、諦めて開き直ることにした。

「どこが好きとかはないんです。かと言って全部好きとかそういう乙女チックなのとも違う…。よくわからないけど、私のことを理解してくれているというか、私がそう思ってるだけかもしれないけど…。なんか、似てるっていうか…」

「似てるって誰と?」

「岡田さんと…私…です」

 舞華は腕組みをしながら右上を睨んで少しだけ考える素振りを見せる。そして結衣を正面から見据えると「冬馬はあんたみたいに単純じゃないと思うけどなぁ」と揶揄う。

「ちょっ…私、単純ですか?中々にこじれていると自覚してますが…」

「こじれてる?そうね、それは同意するわ。確かにこじれてる」

「なんか人に言われると傷付きます」

 舞華は愉快そうだ。

「でも、冬馬にとってはあんたはお子ちゃまよ。相手にする訳ないわ。あいつに相応しいのは…」

 舞華は長い髪をうなじからかき上げ「あたしみたいな大人の女よ」

 結衣は言い返す言葉が思いつかない。

(確かに…。私、全く相手にされてないもんなぁ…)

 俯いて押し黙ってしまった結衣を見かねたのか、舞華が明るい口調で「ちょっと、真剣に悩まないで。軽い冗談だから」と元気付ける。

「でも、舞華さんの言う通りかもしれない。岡田さん、私なんか眼中にない感じだし…」

 舞華は困ったと言うように首を傾げながらも「じゃ、大人の女性に変身しよう」

「?」

「あたしが服とか化粧とか、全部ひっくるめてプロデュースしてあげる」

「ホントですか?私、大人っぽくなれるかな?」

「任せなさい!めちゃくちゃ色っぽい大人の女にしてあげるから!」

 結衣はそんな自分を夢見るように想像したが、一方で舞華は只々楽しんでいた。


 作戦室の奥には司令である井荻の個室がある。そこはシン-レイバーの社長室をそっくりそのまま持ってきたような作りで、デスクやソファーセットなども全く同じものが揃えられていた。表の顔であるシン-レイバー社長としてリモート会議などに出席する際に備えて、いわばアリバイ作りのために準備されたものだったが、あまりそういった活用はされていない。基本的に井荻は社長室にいることが多く、作戦室のこの個室に来ることは稀だ。しかし、その少ない機会を狙いすましたように連絡が入った。

「君か…うん…うん…何?ああ…そうか…わかった。情報ありがとう」

 短い会話で電話が切れた。井荻は受話器を置くと、すぐにまた取り上げて内線の番号を押す。ワンコールで相手が出る。

『はい、鹿島です』

「今、連絡があった。三人とも薬物を隠し持っていたようだ」

『そうですか。で、何も聞き出せないまま…?』

「ああ、死んだそうだ」

『では、わかったのはコードネームだけですね』

「ああ、スネーク、ワラビー…あと一人は何だっけか?」

『ピジョンです。徹底してますね。全く尻尾をつかませない…』

「薬物を隠し持っていたなんて、信じられるか?」

『いや、まず無理でしょう。そんなもの、収監前に見つかりますよ』

「だろうな…つまりは…」

『今はやめておきましょう。この内線だってセキュリティが完璧とは限りません』

「そうだな。情報も少ない。考えるだけ無駄ということか…」

『あとでそちらに伺います。続きはその時に』

「わかった。あの腕時計みたいなやつの解析結果も頼む」

 鹿島の返事を待たずに井荻は受話器を置いた。椅子の背もたれに体を預け天井を見上げる。そこには埋め込み型のLED照明があるだけだった。

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