第19話 語らいの準備

 王暦4000年を超えるこの国において、数々の王族が眠る場所ともなれば、かつて高貴なる身分であった人々の霊魂も相応の数となるのは道理だろう。


 礼拝堂と呼ばれるその場所に眠る魂たちはネクロマンサーとしての経験が少ない私からみても、その性質が街や街道で会った魂たちとは少し違う物であるように思えた。


「わかるか」


 権威あるネクロマンサー、司祭と呼ばれた老人は私の漏らした感想に短く答え、私が感じたものの正体について教えてくれた。


 生者の中で育つ魂は、肉体の死後にその躯から生まれ出る。生者が父と母から様々な要素を受け継いでこの世に生まれるように、魂もまた、己を生んだというべきか育てたというべきか、つまりは自身の肉体であった物から様々な影響を受けて生まれてくる。


 いわゆる破落戸として、悪事を重ねた者は悪しき思念が魂にまで染み付いて、邪悪な存在として人間と敵対するような怪物となり、善行を重ね、徳を積んだ物は神聖な存在になり得る存在に変わる。


 旅に出る前に始末した小悪党たちは、死してなおあの近辺の人々に被害を与える可能性があるということか。経験値が足りなかったとはいえ、そこまで考えが及ばなかったのは私のミスだったかも知れない。今度会うことがあればケジメはつけておくべきだろうなどと司祭の言葉を聞きながら、少しばかりどうでもいいことが頭をよぎる。


 善悪と同様に貧富の差によっても同様の差異が生まれてくるという。

 それは何が悪いと言うものではなく、言うなれば人生経験とでも言うべき物が関わるのだ。

 美しい芸術品を愛で、難しい学問を学び、王族としての責任を全うした者、あるいは勇者のように大いなる武勲を打ち立てるだけの苛烈な環境に身を置いた者、市井の者として貧しくとも様々な生き方の中で何かしらの良き影響を多くの人に与えた者。それらに優劣はつけられず、ただ生きた環境が違うだけでそれぞれに素晴らしい生き方だと言えるだろう。


 貧富の差と呼ばれるのはそう言ったところである。


 だから、巨大な王墓に眠るという彼らは人生を相応に評価され、その評価を受けただけの大いなる霊魂として今もここに留まっているのだと司祭は教えてくれた。


 そうして話している間にも、司祭の補助を行う人々の手で王族との対話の準備が進められていく。


 建国以来の長い時を経て、大いなる存在と化した王族との語らいは慎重を要する。熟達したネクロマンサーであっても、そのような高みにある存在と長時間語らえば、神気とも呼ぶべき存在感そのものに呑まれてしまい、精神に過度の負担がかかってしまう。だからその負担を軽減するための方策をいくつも用意して置かなければならないらしい。


 私のような未熟者がそんな場に立ち会って良いのだろうかという不安は、同行してくれた賢者に優しく肩を叩かれて和らいだ。


「この時間で、着替えて来ようか」


 ただ、告げられた言葉には目を丸くした。

 賢者の方はそれに構わず、私の手を引いて更衣室とも呼べないような狭い空間に連れ込んだ。


「ここで着替えるの?」

「慣れているでしょう?」


 イタズラのように笑う賢者、確かに物陰や背の高い草木の陰で服を変えた事はあるし、冒険していた頃は異性に混じって着替えるなど日常の一幕でしかない。


 だが、神聖なる墓所で知らぬ間柄の人々が作業をしている傍らで服を変えるというのは過去の経験に照らしても、少しばかり方向が違うと思うのだが、賢者は一向に気にした様子もなく、衣類をテキパキと用意してくれた。


 観念するしかないらしい。

 用意された衣類は、今回の私のように特別な事情で王の魂に面会する人のために用意されるもので、服を構成する繊維の一房ごとに神聖な守護を施してあるものだという。


 それに袖を通し、首飾りやブレスレット、カチューシャを身に着けて衣服の用意を終えると、今度は化粧。特別な意味を持つという配合で作られた諸々の化粧道具を用いて彩られた私の顔を可愛いと賢者は褒めてくれ、会心の出来だと喜んで鏡を見せてくれたが、飾られた衣装と相まって、自分の姿ではないように感じられて私には違和感の方が強かった。


「これ、私なの?」


 ついついそのような間の抜けた事を言ってしまう始末である。

 ともあれ全ての準備は整った。後は王族が魔神について何を語ってくれるのかというところに気持ちを切り替えよう


 

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私を追放したパーティーはその後無事魔王退治に成功したようです @kasumihibiki

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