失恋・・・譚
ninjin
失恋・・・譚
こっ酷い失恋をすると、僕は、その場から消えたくなる。
恐らく、僕だけではなく、大概の人がそうなのだろうと思う。ただ、それを本当に実行するか、しないか。それとそれを、お大掛かりにやるか、こじんまりとやるか。
それくらいの違いしかない。
失恋して、『よし、明日から、また、頑張ろう』と思える人も、居なくはないのかもしれないが、そんな人に出会ったことはない。
消えるパターン
① こじんまりと消える
いきなり、無口になります。
「あれ、そう言えばお前、今日は存在感薄くね?どしたよ?なんかあった?体調悪いのか?」
「・・・・・・。いや、特には・・・、あ、いや、何でもない・・・」
「なんだ?ちょっと変だぞ。あ、そう言えば、今日、美智子ちゃんどーした?一緒に来るんじゃなかったの?」
「あ、いや、なんか、急用、出来ちゃったみたいで・・・」
そこに、美智子が何事も無かったかのように現れる。
「ごめーん、待ったぁ?」
美智子は僕に意味深な目配せだけして、他の仲間と合流し、実に楽しそうに会話の輪に入って行く。
僕は会釈だけして、少し離れた場所で、仲間との会話に出来るだけ加わらないように努めてみるが、どうしても美智子の声が気になって仕方がない。
そしてつい、聞き耳を立ててしまう自分が居る。
(ひょっとして、僕の名前が、会話の中に出てくるんじゃないか・・・)
「なぁ、お前やっぱり、今日、変だぞ。大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫。ちょっと寝不足でな・・・」
くっそぉ、こんなことなら、さっき『体調悪い』って言って、帰っておけば良かった。
しかし、美智子のことが気になって、多分、帰ることは出来なかっただろうけど・・・。
にしてもだ、あの女、何考えていやがる・・・。別れ話を切り出され、彼女の荷物が僕の部屋から無くなって、三日・・・。
僕は一人、大人しく、一番端っこの席で貝になる。
② 中途半端に自己主張しながら消える
「えぇっ?新垣結衣、結婚っ?なにそれ?相手は、星野源?」
何だか、目眩がしてきた。
星野源・・・星野源?
俺が、彼に
何だか頭が痛くなってきた。
「あ、部長、今、ちょっと熱あるみたいなんで、今日はこれで早退してよろしいでしょうか?」
「お、珍しいな。大丈夫か?うん、今日はもういいから帰って休め。今日の夜、若しくは明日の朝、俺の携帯に直接で良いから、電話くれ」
「あ、はい。すみません。では、今日は帰らせて頂きます」
帰りにビールを大量に買って帰ろう。恐らく、500ml缶、6本(3L)はいける。今日は、いける。逝かざるを得ない。
仕事?明日の朝、部長に電話すれば済む話だ。
帰り支度を済ませ、営業部のパーテーションから出ようとしたところで、経理部の三輪さん(27歳女性)とすれ違う。
「あ、これから、外回りですか?お疲れ様です。いってらっしゃい」
「あ、いや、今日はちょっと具合が悪くて、早退」
「あら、そうなんですか。大丈夫ですか?」
「うん、まぁ、帰って寝れば大丈夫、多分。あ、そう言えばさ、三輪ちゃんって、星野源、好きだったよね?CDとか、持ってる?」
「え、いえ、私、ほとんど通信で聴いてるんで。何でです?」
「あ、そっか。もし良かったら、今度、俺の持ってるCD、5枚くらいあるんだけど、全部あげよっか?」
「え?良いんですか?でも何で?」
「いや、今さ、いろいろ断捨離中でさ。じゃ、今度、持ってくるね。じゃあ」
「あ、はい。お大事に・・・」
僕も右手を軽く上げて、もう一度「じゃあ」と言ってその場を立ち去ろうとする。
背中から声が掛かる。
「あ、そう言えば、さっき、ネットニュース速報、見ました?源ちゃんと新垣結衣、結婚って・・・」
僕は黙ったまま、もう一度右手を上げたが、振り向きはしなかった。
新垣結衣の写真集、メルカリに出品しよう・・・。
③ かなり分かり易く、他人に迷惑を掛けながら消える
何で俺、あんなこと、言っちゃったんだろう・・・。
絶対に無理筋だったじゃん。分かってたよね、奇跡なんて起こらないし、間違いだって起こらないってことはさ。
明日から、どんな顔して職場に行くのさ?
それに、だよ。万が一、彼女がこのこと、部署の皆、いや、それ以上に会社全体にバラしちゃったりしたら、俺、どうすりゃいいんだよ・・・。
嗚呼、思い出すだけで自分が嫌になる。
『な、俺、本気なんだ。君だって、俺のこと・・・』
『・・・・・・』
『黙ってないで、俺は正直に俺の気持ちを伝えたんだからさ・・・』
『・・・課長、奥さんは?お子さんは?』
『あ、いや、それはちゃんと考えるよ』
『考えるって・・・。私、既婚者の方には興味ないんです。課長のことは、良い家庭をお持ちの、信頼できる上司と思って尊敬してたのに・・・。・・・残念です』
え?いや、あれ?
俺の勘違い?
明日から三日間、会社には祖母の通夜と葬儀をでっち上げ、妻には「急な出張」と嘘を吐き、俺は離島に一人旅だ・・・。
④ ・・・・・本当に、・・・消える
そんな、「失恋くらいで」って言ったら語弊があるかもしれませんが、その選択は、止めにしましょう・・・。
この世からって・・・。
それでもね、いつか、笑える日が必ず、やって来る・・・それが人生ってものです。
え?僕?
そりゃ、もう、両手じゃ数えきれないくらいの、「笑い話」でいっぱいです。
今、猫のミケランジェロがこっちを見ています。
恐らく
「なぁにニヤニヤしながらキーボード叩いてるのよ。そろそろ、あたしと遊ぶ時間よ。早くしなさいよ」
なぁんて、顔をしてます。
「はいはい・・・」
僕はゆっくりとPCを閉じた。
おしまい
失恋・・・譚 ninjin @airumika
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