第11話 ゴール直前


「見えた。あれがベルクダールだ」

「こんなキレイな星なのに、無人だなんてもったいない」

「戦争が終わったし、開発も進むんじゃないかな」


 何度かの超光速航行を繰り返して、ようやく辿り着いたベルクダール。シーアンまでの航路にある惑星はこれが最後になる。


 古い開拓惑星なのに無人になっているのは、連邦政府がシーアン陥落後、絶対国防圏として定めたライン上にこの惑星があったからで、シーアンを見捨てたあとの連邦宇宙軍はこの惑星のあたりで燻っていたらしい。


 ただ、今はもう全部隊引き上げちゃって、残ったのは疎開で空き家になった惑星と、衛星にある宿営地だけということだった。


「ここで最後の休養にしない? もう三日も航行していたんだから」

「そうね……そろそろお風呂にも入りたいし」


 駆逐艦ならともかく、このアルタイルはトイレこそあるものの、浴室なんて贅沢な設備は搭載されていない。ウェットシートで身体を拭くくらいしか方法はない。


「大丈夫、汗臭くないよ」

「そういうことじゃないの!」

「分かってるよ。ほら、そろそろ衛星への接近軌道だよ」


 顔を真っ赤にしているフローラに、僕は機長席――まあつまりフローラのHUDにナビゲーションモニターに進入軌道を投影させた。


「地表には降りないの?」

「燃料もったいないじゃないか。衛星に宇宙軍の基地がある。その施設を使わせてもらおう」

「大丈夫なの?」

「多分今は誰も居ないよ。シーアンからの引き揚げのとき、この基地の人も途中で収容してたから」

「いや、そうじゃなくて……軍の設備を勝手に使うなんて」

「今更じゃないか」

「確かに」


 この機体はともかく、燃料やら弾薬、武器類やセンサーは軍の横流し品をノエ・シュタウハーフェンでアントンが取り付けている。それを知っていて乗ってるんだから、僕らはすでにアントンの共犯でもあった。


 ベルクダールの衛星は四つあって、中でも一番外側、ベルクダールから遠い位置を周回する衛星に、僕らは近づいていた。


『接近中の所属不明機に告ぐ。軍籍番号および任務コードを送信せよ』

「これで……いけるかな?」


 僕の軍籍番号と、アントンが手に入れた任務コード――ヴァルタヴァ連邦宇宙軍は末期戦中にいい加減な汎用任務コードを乱発していた――を送信してやると、基地を管理する人工知能がこちらを友軍機と認識する。


『確認。哨戒任務お疲れさまです、少佐殿。三番ゲートより進入を許可します』


 歪な衛星表面をくりぬいて作られた駐機場へのゲートが開いた。誘導ビーコンも駐機場の照明も作動していて、基地機能には問題が無さそうだった。


 ゲートを潜って機体が拘束アームに固定されたたところで、僕らはエアロックを通って基地内に入った。


「ホント、最近まで使われてたみたいね」

「管理AI、現在基地にいるのは?」

『少佐殿と随員一名のみです』

「そうか。前回誰か来たのは?」

『惑星シーアン防衛隊の輸送艦四九三二号の寄港後は誰も基地内へ入っておりません』

「そうか。それならいい」


 基地内に入ってから気付く僕も僕なんだけど、もしここに海賊でも住み着いていたら、ということを忘れていた。


「明日の朝までここを使わせてもらうよ」

『もちろんです。ヴァルタヴァに勝利を』

「……これでしばらくは安心かな。確かこっちが居住区のはず」

「よく知ってるわね」

「シーアンの防衛司令部と同じだよ。規格品だからね、基地ユニット」


 そう考えると、なんだかちょっと気が重い。シーアンの防衛隊司令部は、最後の最後は負傷者やら死体やらが通路に並んでいるのが日常風景だった。医務室や遺体安置室なんてとうの昔にパンクしていたからだ。


「……ユリウス?」

「ああいや、大丈夫。それよりフローラ、シャワールーム、この先だよ」

「あ、そう? じゃあちょっと浴びてくる! ユリウスも入ってきたら?」

「そうだね。そうするよ」


 シャワーを浴びた後、僕らは基地の食堂に向かった。


「はい、どうぞ」

「軍人ってこんなの食べてたんだ」


 基地に残されていたのは長期保管ができる軍用糧食ばかりだった。これならアルタイルのギャレーから食事を持ってきてもよかったけど、あれはシーアンに到着してからのことも考えると温存しておきたかった。


 ある意味、僕には慣れ親しんだ味のマズくもウマくもない糧食を詰め込んでから、基地内をフローラと探検……なんてロマンあるものではないけど、ウロウロしていた。


「ここは?」

「展望室だ。入ってみよう」


 シーアンの防衛司令部は惑星地表にあったから、こんな設備はなかった。この基地は宇宙空間に面した部分に展望室が設けられている。入ると、大きな窓が壁一面に広がり、青く輝くベルクダールが見えていた。


「わあ……」

「はい、コーヒー」

「ありがと……ここが戦場になってたら、こんな風景見られなかったわね」

「そうだね」


 展望室なんて非合理的、と昔は思っていたけど、シーアンの防衛司令部の穴蔵に籠もっていたことを思い出すと、こうやって窓の外にキレイな惑星が見えているというのは、基地要員の精神衛生上よかったんだと思う。


「ねえフローラ……」

「なに?」

「シーアン防衛隊の戦いは、それは凄まじい戦いだった。惑星のダメージも大きい。引き揚げの時に見たんだけど、惑星周辺はデブリやら何やらで、輪っかができるくらいだった」

「……」


 シーアンを目前にしたところで、僕はきちんとフローラに、最後の意思確認が必要だと思った。


「一〇万の防衛隊で、生き残ったのは輸送船一杯分、軍属やらその家族と合わせても五〇〇〇人に満たない。ゲオルク艦長の乗る戦艦も、最前線で戦っていた。だから……正直、僕はフローラに、シーアンに行くのは薦めない。それでも、行くんだね?」


 フローラは、コーヒーボトルを手にしたまま、窓の外を見ていた。


「もちろんよ」


 ああそうだ。最初から、このはそういう娘だった。


「……ユリウス。私、今でも親父が生きてるって信じてるの。根拠なんてない。ユリウスが言うとおり、戦死してるって考えるわよね、普通……でも、それでも」

「フローラ……ごめん」

「なんで謝るの?」

「……フローラって、そういう娘だったなって」


 僕がクスクスと笑うと、フローラはちょっと不満げに頬を膨らませた。


「何よ。そういう娘ってどういうこと?」


 僕はそんなフローラにすっかり魅入られていたのかもしれない。なんてこの場で言うのはやめておこう。


「ねえ、フローラ。シーアンからさ、ヴァルタヴァに帰ったら何したい?」

「え?」


 フローラがキョトンとしていた。大きな目をまん丸に見開いて。


「僕はさ、軍を辞めて、ハイマトスタットで暮らしたい。仕事は、多分何かしらあるし……父さんと兄さんが、畑を持ってたんだ。この前行ったときは荒れ放題だったけどさ」

「軍、辞めちゃうの?」

「どうせ当面仕事なさそうだしね。それに、家族は誰も居なくても、あそこは僕のふるさとだから」


 フローラも、少し考え込むように目を閉じていた。


「……私は……学校の先生になりたいな。教員免許持ってるのよ、一応」

「へえ。フローラが?」


 フローラが学校の先生なんてしたら、生徒は大変だろうな、なんてことは口にはしない。


「戦時中はずっと工廠でエンジニアしてたけど、本当は教師になりたかったの」

「それって、宿題を出されるより出す方がいい、ってやつじゃないの?」

「……」

「図星?」


 僕はフローラに勝ち誇った笑みを見せた。フローラの考え方が、ここ数ヶ月一緒に居てようやく分かってきた。


「……そうよ。ユリウスってイジワルね」

「そうかな?」

「……私も、ハイマトスタットにいこっかなー、なんて」

「ホントに? 皆喜ぶよ」

「……ユリウスは、嬉しい?」

「僕? そりゃあ嬉しいよ」

「……じゃあ、まあ、考えといて、あげる」


 フローラがちょっと顔を赤くしていた。そんなにハイマトスタットを気に入ってくれていたならなによりだ。


「ほ、ほら! 明日も早いんだから、寝ましょ。寝床くらいあるんでしょ?」

「う、うん」


 久々に寝た連邦宇宙軍仕様のマットレスは、ちょっと薄っぺらくて、硬くて、それでいてなんだか慣れ親しんだ感じで、ぐっすりと寝てしまった。




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