第10話 再び宙(そら)へ
「ここであってるはずだけど……」
アントンから聞いていた整備工場とやらは、傍目には廃墟、よく言ってスクラップヤードだった。年式はバラバラ、連邦も連合帝国もごちゃ混ぜに積み上げられたジャンクの合間に、僕らのアルタイルが羽を休めていた。
「アントン、どこにいるの?」
『おうよ! ちょっと待ってろ』
僕が呼び掛けると、アントンの声はアルタイルの中から聞こえた。真新しい整備服を着こんだアントンは、得意気にアルタイルの点検ハッチから出てきた。機体の最終チェック中だったらしい。
「早い到着だな、お二人さん。もっとデートしててもよかったんだぜ?」
「いいから。状況は」
「相変わらず冷たいねぇ。ユリウスには夜、あーんなに優しいのにぃ」
「ばっ……! 何もしてないわよ!」
「え? 何もってナニ? え? なんだって? ねえねえフローラちゃん、ナニってナニ?」
「ぶっ殺すわよ」
「はいはい怒らない怒らない。小じわが増えちゃうわよ」
アントンは口を尖らせながら、アルタイルの現在の諸元を手元の端末に表示させた。
「とりあえず、現状燃料は満タンにして反物質燃料も規定量まで足した。機械関連も整備、点検済み。当面は心配ないだろ。規格品の増槽も付けたから、ここからシーアンに行ってうろついても、ヴァルヴァに戻るにゃ十分だ」
ブランツホフのときもそうだったけど、アントンは性向が盗人だということを除けば、優秀な整備士だった。
「あと、貰った金で付けられるものは全部付けた。シュタウハーフェンを抜けると連邦の辺境だ。何があるかわからんしな」
端末の表示が搭載機器リストに変わる。
「長距離タキオン波レーダー、超光速通信機、火器管制システムにレーザー・ラジオ複合イルミネーター、その他適当に各種センサーを一式。機銃座にはオートレーザーガン。ウェポンベイに汎用品だがミサイルをありったけ。翼下ハードポイントに対艦ミサイル。非正規品でな、炸薬は三割増しだから気を付けて使えよ。食糧も目一杯詰んどいた。防弾装備もミサイル艇用のものを積んでみたから駆逐艦くらいの砲撃にゃ二、三発は耐えるだろ。だが無茶はするんじゃねえぞ」
アルタイル爆撃機は、すっかり往事の戦闘兵器としての姿を取り戻したといっていい。銃座からは黒光りする銃身が伸び、センサーアンテナ類も戦闘用のゴテゴテしたものに付け替えられた。僕としては、レストア直後のスッキリした見た目が好みだったけど。
「ありがと。アントン、いい仕事するじゃない」
「いいってことよ。俺が殺されずに済んだのも二人のおかげだからな。恩返しさ」
そうだ、とアントンが懐から黒光りする塊を取り出したところで、僕はアントンに銃を向けた。
「アントン!」
「おいおい、物騒なモノ取り出すなよ。これはお嬢ちゃんへの餞別だ」
銃身を持ってフローラに銃を差し出したアントンが、苦笑しつつ僕に笑みを向ける。
「二人で動くのに、銃が一挺なんて心許ないだろ?」
僕も迂闊だった。ヴァルタヴァに居たときは考えもしなかったけれど、ブランツホフでもその辺のチンピラですら銃を持っていた。
「弾はユリウスの銃と同じだ。カートリッジもコクピットに置いといた。小さいからお嬢ちゃんの手にも馴染むだろ?」
「これ、コミューニンの制式拳銃じゃないか。どこから手に入れたの?」
ヴァルタヴァ連邦宇宙軍制式拳銃は、大人の男性が持つ前提で作られていて、かなり大きめだった。フローラが持つには少しゴツすぎたので、アントンのチョイスは的確だった。
「へへへ、裏ルートってのは国も所属も関係ないもんだからな」
得意げに笑ったアントンに、僕も頷いた。
そのあと、僕らは機体のチェックを済ませ――いつだってパイロットは自機の最終チェックを怠ってはならないとアントンが言っていた――いよいよ出発することになった。
『出港申請は出してある! 道中には海賊が出るって噂があるから、ヤバいと思ったら、とりあえず逃げろよ! なーに、ヴァルタヴァに戻れなくなったらここに来ればいいさ!』
アントンとはここでお別れだ。桟橋から整備帽を振る彼に、フローラもコクピットの天井ハッチから身を乗り出して手を振る。
「ありがとうアントン、助かったわ! あなた、思ったよりいい人ね!」
「ああ、ありがとよ! お二人サン、どうぞ末永くお幸せにな!」
同じハッチから身を乗り出していた僕らは顔を見合わせた。思ったよりも距離が近くて、とりあえず僕はコクピットの中に引っ込んだ。
アントンは確かに嘘をつかなかった。ケーニヒ・シュヴァンツまでの航路を通る船は居らず、僕らは誰にも見つかることなく、連邦宇宙軍の警戒網をすり抜け、ケーニヒ・シュヴァンツ、ベルグタールを経由する航路を進んだ。
「次の超光速の時間は?」
「標準時で一九時。これが今日の最後かしら」
超光速航行とはいえ、宇宙の端から端まで一気に移動するようなことはできない。アルタイル爆撃機の場合、最大でも一〇〇光年、安全距離としては八〇光年を目安に、細かく超光速航行を刻んでいく必要があった。
長い航海、常に起きていられるほど人間は丈夫ではない。基本的にヴァルタヴァ標準時の夜間は僕もフローラも、機体のオートパイロットに任せて睡眠をとっている。そんな生活が一週間は続いた頃、突如として警報音に僕はたたき起こされることになった。
「警報!?」
「何があったの!?」
フローラも寝床から飛び出して、パイロットシートに滑り込む。
「オートクルーズが解除されて、緊急回避機動に入ったみたいだ。砲撃を感知したみたい」
「機体上方! 何かいる!」
コクピットの窓から見えたのは、小さな光点だけ。しかしレーダーモニターはそれなりの大きさの船がいることを示していた。
『そこの船、止まれ! 動いたら撃つぞ!』
「アンタたち何者!? 付き合ってられるほど暇じゃない!」
全周波帯での通信に、これまたフローラも全周波帯の通信で返した。
『そうかい。じゃあ力ずくだ!』
「何なんだこいつら……まさか海賊!?」
「海賊!? 絶滅したって聞いたけど」
かつてヴァルタヴァ連邦の領域内には、輸送船や客船を狙う海賊が跳梁跋扈していた時期がある。僕らが産まれるよりずいぶん前に、宇宙軍がほとんどの組織を撃滅して、今や絶滅したとまで言われていたものだ。
「宇宙軍が壊滅したから、また甦ったのかな……どうする?」
「逃げるに決まってるでしょ!」
言うが早いか、フローラはスロットルレバーを目一杯押し込んだ。急加速のGに耐えつつ、僕はレーダーモニターに目を写す。
「ダメだ、振りきれないよ!」
センサーから得られたデータから、機載コンピュータが該当するものがないか照合しているが、出た結果に僕は驚くことになった。
「あれは宇宙軍の駆逐艦だ。直線勝負じゃ不利だ!」
おそらく戦闘後に放棄された駆逐艦を勝手に占拠して改装したか、あるいは乗組員ごと海賊に鞍替えした類いかもしれない。旋回半径ならともかく、宇宙空間での単純な速度勝負なら、対消滅炉と核融合ロケットを持つ駆逐艦と、骨董品クラスの爆撃機では勝負にならない。
「なら超光速で」
「機関のクールダウン中だ! 今跳んだら吹っ飛ぶよ!」
このままだと捕らえられるのは目に見えている。
「落とすしかないってことね……! 上等よ!」
「武器はこっちがやる!」
フローラが姿勢制御スラスターを使って、機体を反転させたと同時に、またもメインエンジンを最大推力で吹かす。一瞬その場に留まったアルタイル星間爆撃機は、急加速して敵艦に突っ込んでいく。
「ユリウス、攻撃タイミング任せるわ! でかいヤツお見舞いしてやって!」
「……了解!」
ノエ・シュタウハーフェンを出てから火器管制マニュアルを読み込んでおいて正解だった。問題は、これが僕の行う最初の人殺しというところにあった。
敵艦はこちらの動きに気づいているのかいないのか、相変わらず全周波帯の通信でこちらのことを挑発していたけれど、僕が照準レーダーのスイッチを入れた瞬間、悲鳴に変わった。あちらは大した武器もないのだろうか……?
「発射!」
マニュアル通り、火器管制システム通りに僕は発射ボタンを押した。翼下に吊るされた対艦ミサイルが切り離され、鋭い加速で敵艦に向かう。
「フローラ!」
「わかってる!」
対艦ミサイルを追い越すような加速で敵艦を通りすぎ、回避運動に迎撃にと動き回る駆逐艦から距離をとる。すれ違いざまに見えた艦影は、ほとんどの武装が吹き飛んだスクラップのようだった。
「着弾まで、三秒、二、一、今」
レーダーモニター上のミサイルのグリッドが、駆逐艦のそれと重なり、数秒してどちらの表示も消え去った。
「沈んだ……しかも破片もない……」
「これ、要塞戦用の特殊反応弾だったのか……」
これは僕が軍人になってからの初戦果、といえるのだろうか。シーアン防衛隊のころは戦果らしい戦果はあげていなかった。もっとも、今の僕は軍隊の正式な指揮系統から外れているから、戦果をあげたことにはならないだろう。
それよりも、とりあえず海賊なんかに捕まることを逃れられたことが僕にとっては大事だった。
「この辺りは、開発が放棄された惑星系があるから、そういうのを根城にしてるんだろうか……超光速機関の冷却が完了したら、少し早いけど次のポイントまで跳んで、ベルグタールに向かう方がよさそうだ」
「そうね。そうしましょう」
ベルグダールはシュタウハーフェンほどではないにしろ、軌道都市があるとアントンが言っていたので、そこをシーアンへの行程の最後の寄港地にすることにした。
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