第6話 喪明けの振る舞い

 僕らが向かった集会所には、村の主だった人たちが集まっていた。テーブルの周りを囲んで、既に飲めや歌えの大騒ぎ。流石のフローラも、これには唖然としている。


「これ、本当にお葬式のあとなの?」

「僕の村では、あれは天界に向かう人を送り出す儀式なんだ。悼む気持ちも悲しむ気持ちもある。でも、それ以上に、亡くなった人たちが不安がらないように、残された人は葬儀のあとは宴を開くんだ」

「おおいユリウス、こっちこっち。ほら、親父。ユリウスだ!」

「おお! フェリックスの次男坊か! よく戻ってきた! しかもなんだお前、そんなべっぴんさんまで連れて、ええ?」

「お、おい親父、飲むペース考えてるか?」


 フランツ・シュタイアー。ヨゼフの父親で、僕の父とは産児院時代からの付き合いらしい。僕とヨゼフの組み合わせといい、シュナイデル家とシュタイアー家には何かの因果があるらしい。腐れ縁、とでも言い換えられるかもしれない。


 既にかなりの酒が入っていて、陽気なことこの上ない。何せヨゼフが抑えに回るくらいだ。


 フランツさんも軍人として前線に出ていたはずだけど、幸運にも乗艦の改修のため本国に戻ってきたところで終戦だったそうだ。


「ヨゼフ、おめぇも、もーちっと真剣に嫁さん探さんか」

「お、俺は今からが本番っつーか」

「なはははは! 何突っ立ってんだユリウス、早くこっち来い。ほら、お嬢ちゃんも」

「は、はあ」


 人の意を無視して事を進めるフローラが、完全に呆気にとられている姿は少し面白かった。本人に言えば、きっと顔を真っ赤にして怒るだろうけど。


「ごめんなさいねぇ、ド田舎の風習なんて都会の方の人には馴染みがないでしょうけど。今日はここが自分の家だと思ってくつろいでいってちょうだい」


 ヨゼフの母親、イリスさんは国民服にスモックという出で立ち。せかせかと忙しそうに料理を配膳して回っていた。僕の母さんとはかつて僕の父さんを巡って恋のライバルだったとかそうでないとか、ともかくこの人も、僕の家とは関係が深い。


「なんで私がセンターポリスの方から来たって分かるんですか?」

「顔を見ればわかるわ。この辺りの村なんて、どこも似たような風習だから、ビックリしてる人を見るのは久しぶりなの」

「ほら、母さんあれだ、酒、酒もってこい。肉も野菜もうちにあるやつ全部出せ」

「もう、うちの食糧庫が空っぽになっても知りませんよ」


 諌めるイリスさんも、表情は明るい。フランツさんは昔から万事この調子だし、いつもの光景だった。


「いいんだ、今日くらいは、パァーっとな! 戦争も終わったんだ、俺もようやっと、野良仕事に戻れる。そしたらいくらでもたらふく食わせてやるよって! がっはっは!」

「騒がしくて悪いな。まあ、ユリウス、再会を祝して飲もうぜ」


 適当な杯を三つ持ってきたヨゼフが、この辺りで特産の果実酒をなみなみと注いで渡してきた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ほら、そこの……お嬢さん、名前、なんていうの?」

「フローラ。フローラ・ケルマディクス」

「へえ、いい名前だ、ケルマディクス……ケルマディクス……って、あのゲオルク艦長の娘!? シーアン防衛隊の!?」

「知ってるの?」

「知ってるも何も、シーアン戦線の英雄だろ?」


 どうやら僕が知らないところでは、シーアン防衛隊の感動的なストーリーがプロパガンダとして流布されていたらしい。


「うちの親父がねえ……」


 言われた方のフローラも、ゲオルク艦長の実像を知る一人として、懐疑的だった。


「僕が従卒として仕えたゲオルク艦長は、英雄って柄じゃなかったけどなぁ」

「従卒!? お前あのゲオルク艦長の従卒!? うらやましいなこんにゃろめ!」

「あ、痛い痛い! 首、首締まるから!」

「まあ、なんだ……とりあえず、飲むぞ! 変わらぬ友人との再会を祝して!」


 この辺りの村々に伝わる作法を見るのは、僕も数年ぶりだった。


「生き残ったことを祝して!」


 とりあえず杯を掲げて何かを祝う、というのはフローラにも伝わったらしい。フローラは頷いた。


「えーと……ここに来られたことを祝して!」


 それを聞いた周りの村人達が盛り上がる。酒だ酒だと継ぎ足して、皆がこちらを見て乾杯し出す。


 僕らもそれに倣い、杯を軽く打ち合わせ、酒を飲み干した。


「あっ、これ美味しい」

「お、いい飲みっぷりだねお嬢さん。ささ、もう一杯」


 ヨゼフが上機嫌で鼻の下を伸ばしながら、フローラの杯に酒を注ぐ。そのままフローラは二杯目も軽く飲み干した。それなりにアルコール度数は高い酒のはずだが、まるで水のように飲んでいくフローラを見て、僕はやや不安を覚えた。


「フローラ、無理しなくていいよ。ヨゼフ、お前も」

「なーに! せっかくの酒だ、飲もう飲もう」


 ヨゼフは当然として、僕も知らなかった。フローラ自身もひょっとしたら知らなかったかもしれない。


 フローラは、大酒飲みの素質があった。


 僕は途中で酒は控えて、久々の郷土料理に舌鼓を打っていたのだけれど、その間にフローラは村の男達を潰してまわっていた。



 数時間後、集会所には酔い潰れた男達が折り重なっていた。僕はヨゼフを家まで送り届ける、というよりも搬入をした上で、もう一度集会所まで戻ってきたところだ。


「ヨゼフは家に戻してきました」

「ありがとね、ユリウス君。他の野郎共と一緒に転がしといてくれてもよかったのに」


 あきれ顔のイリスさんは、フランツさんに毛布をかぶせて、一息ついたところのようだ。まるで戦地の野戦病院の様相だが、幸いここに響くのは重傷者の呻き声ではなく、バカでかいイビキと寝言だった。


「せっかく帰ってきたお子さんでしょ? 風邪でも引いたら大変です」

「あなたにはいつもヨゼフが世話になってばかりで……」


 そんなこんなで話していると、集会所の奥、厨房からフローラが出てきた。


「おばさま、洗い物は片付けました」


 これには僕も驚いた。フローラが家事らしい家事をしているところなんて、そういえば見たことがなかった。どこかから借りてきたのだろう、エプロンを着けた姿は新鮮で……実はちょっと、可愛いなとか思った。


「ごめんなさいね、フローラさん。あなたはお客様なのに、片付けまで手伝ってもらっちゃって」

「いえ……ここは皆、仲がよくてうらやましいですね」

「小さな村だもの。仲が悪い連中は、殴り合いしてそれでチャラなのよ」


 イリスさんの淹れてくれたお茶を飲むと、僕らもとりあえず、落ち着いた。この辺りで取れる茶葉は、センターポリスでも高値で取り引きされる上質なものだ、と聞いていたけれど、久しぶりに飲むとその意味が理解できた。前線では合成飲料ばかりだったから、余計にそう感じるのかもしれない。


「ユリウス君。ドリスが産児院からね、あなたを連れてきた日のこと、今でも覚えてる。あの子ったら……あの鉄面皮がよ? もうふにゃふにゃに笑っちゃってるの。子供を産むって、母親になるってああなんだなぁと思ったわ……あなたのお兄さんの時もそうだった」


 イリスさんは、僕が初めて聞く昔話をしてくれた。


「母が、ですか……想像も付きませんね」

「あの子は堅物で有名だったからね」


 その後も、しばらく昔話をしていると、意を決したようにイリスさんが僕を見つめた。


「このあとどうするの? もういっそ、村に落ち着く? 仕事はフランツやヴォルフラム爺さんが紹介してくれるだろうし。見ての通り、ここも若い人が少ないわ。ユリウス君に残ってもらえると、皆も喜ぶと思うのだけれど」


 一瞬、僕はフローラの方を見た。彼女はイリスさんの提案に驚いた素振りは無い。僕はその顔を見て、改めて決意を固めた。


「いえ、明日は朝早くにここを発ちます……僕は、やることが見つかったんです。でもきっと、戻ってきます」

「そう……フローラさんと一緒に行くのね。それが何かは私には分からないけれど……ドリスの分まで、私にお祈りさせてちょうだい」


 そういうと、イリスさんは僕とフローラを抱き寄せた。


 思い出した、母さんが見送ってくれたときもこうしてくれた。あれは村で代々伝わる、旅立つ人へのお祈りだった。


「ハイマトの山々よ、どうか二人をお守りください。せせらぎよ、二人の行く先を示してください。イリス・シュタイアーが願うのは、ハイマトの精霊達が二人へ幸運を分け与えたることのみ……」


 イリスさんからふわりと漂う香りに、また僕は思い出した。この辺りの果樹の種から作った香水の香り。そういえば、母さんも同じ香りをしていた。


「……ありがとうございます、イリスさん」

「ふふっ、ドリスの分も張り切っちゃった。私が向こうに行くときは、お礼をもらわなくちゃね」


 ウィンクしてみせたイリスさんに、僕は頭を下げた。


「たっぷりせしめても、文句はいわないですよ」

「ふふっ……それじゃあ、ユリウス君、ちゃんとフローラさんを守ってあげてね」

「……はい」


 イリスさんの目線を受けて、僕はしっかりと頷いた。


「フローラさん、もし、またあなたがここに来ることがあれば、私はあなたを娘と思って、うんとごちそうするからね。いつでも来てちょうだい」

「ありがとうございます、おばさま」

「おばさまはやめて欲しいわねえ」


 照れて笑って見せたイリスさんをシュタイアー邸に送り届けた僕とフローラは、僕の家をとりあえずの宿にすることにした。

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