第8話 共犯者

 僕の不安とは裏腹に、エンジン始動から大気圏突破まで、いともあっさりこのアルタイル星間爆撃機はこなしてしまった。起床して一時間。既に僕とフローラは宇宙空間にいた。


「このくらいでビックリしててどうすんのよ」

「いや……フローラ、操縦上手いんだね」

「まだ疑ってた?」

「実は、ちょっぴり」

「このっ!」


 僕のおでこを指ではじいたフローラは上機嫌だった。そんなフローラの機嫌を損ねるような通信が入ったのはそのときだった。


『そこのエアロダイン。動力炉をアイドル状態にし、推進器を停止して慣性航行に入りなさい。貴機の航行申請は受理されていない』


 後方確認のためのカメラ映像を見ると、連邦宇宙軍の警備艇がこちらへ向かっていた。


「……そうか、まだ戦時航行法が生きてたんだ」

「戦争が終わったのに?」


 戦時中、無秩序な交通は軍事行動の妨げになるということで、高度五〇〇メートルを超える飛行には航行申請を提出しなければいけないと定めた戦時航行法がヴァルタヴァ連邦では施行されていた。


 知識としては僕もあったけれど、実際に必要になる場面に僕が遭遇しなかったものだから、その存在を今の今まですっかり忘れていた。


「解除まで頭が回ってないんじゃ無いかな……止まろう。航行申請の出し忘れなんてよくあることだっていうし、今なら」

「警備艇くらい振り切ってやるわよ。シートベルト締めなさいユリウス。あと無駄口叩かないでね、舌を噛むわよ」


 僕が制止するよりも先に、フローラはスロットルを全開にした。急激な加速Gが僕をシートに押しつけた。


「えっ、いやフローラ!」

『そこのエアロダイン止まれ! 動力炉をアイドル状態にして慣性航行に――』

「跳ぶわよ」

「えっ」


 いうや否や、フローラはコンソールの航法コンピュータ制御パネルを叩き、ひときわ目立つレバーを押し込んだ。超光速機関の始動スイッチだ。


「まっ、待ってフローラ! どこに跳ぶつもり!?」

「今は逃げるのが先で――」


 フローラがいい終わる前に、僕は意識が途切れた。




 次に意識が戻ったのは、ヴァルタヴァではない惑星が目の前に見えたときだった。超光速航行が終わって、通常航行に戻ったらしい。


「旧式の超光速航行がこんなにキツいなんて……ここ、どこ?」


 気分が悪そうに頭を振ったフローラは、コクピットから見える惑星を見て、ポツリといった。


「フローラ!」

「だ、だって逃げないと捕まるじゃない!」

「それは犯罪者の発想だよ……」


 向こう見ずなところがあるとは思っていたけれど、僕の想定を遙かに超えてフローラは向こう見ずだった。


「そもそもシーアンに行くなんていったら止められるわ」

「それもそうだね……天測結果は……惑星ブランツホフ」

「連邦本土から三光年……連邦領内で助かったわね」


 ヴァルタヴァ連邦は、ヴァルタヴァ、ブランツホフ、アウグスグラッド、ホルダヴィア、計四つの惑星で構成されている。


 ただし、ヴァルタヴァは単独でも連合帝国と総力戦を戦える余裕があるけれど、他の三つの惑星はヴァルタヴァの人口の一〇〇分の一にも満たない小規模な惑星だった。


 歴史の教科書をひもとけば、これらの惑星がヴァルタヴァの植民惑星だったことが分かる。連邦制とはいえ、実質はヴァルタヴァの一党独裁といってもよかった。


「……どうする? 寄っていく?」

「残燃料は?」

「対消滅炉は問題なし。推進剤は……フローラが今後も無茶な機動をするなら、満タンにはしておきたいね」


 フローラは一瞬ムッとしたけれど、僕の言うことが正論だと思ったのか、すぐに操縦桿を握り直した。


「じゃあ補給しましょう。ブランツホフって軌道ステーションあった?」

「戦時中に壊されたみたいだ。地上に降りないとダメだね。でも軌道管制局も応答がないよ」

「じゃあ自由にお入りくださいってことでしょう?」

「そうかなぁ……」


 ブランツホフの大気圏に突入し、そのままセンターポリスに隣接する宇宙港へと着陸態勢に入った。ブランツホフ宇宙港はブランツホフの防空軍も共同使用しているはずだけれども、軍用機の姿が見えない。


 やはり大方戦中末期に全滅したのだろう。幸い駐機中の機体は少ないし、今から離陸しようとする機体もいないから、こちらが着陸しても問題はなさそうだった。


 それよりも、着陸申請しても誰も答えないほうが大問題だ。本当にこの宇宙港は使われているのだろうか?


 フローラの操縦の腕は確かだった。これだけのサイズの機体を見事に操って、大した衝撃もなくタッチダウンさせた。


 そのまま推進器を切って惰性で駐機ポストまで向かうと、格納庫の中から軍人が一人走り出してきた。


「こりゃあすごい。えらくクラシックな機体が来やがったと思ったら、操縦してたのは――あんた少佐殿かい? えらく若いな」


 先に降りた僕に、その軍人は興味津々といった目を向けてくる。人のよさそうな顔をした小太りの男で、階級は中尉だ。


「いえ、操縦していたのは彼女です」


 ハッチから出てきたフローラを見た中尉は、さらに興味深いといった風に唸った。


「あんたいい腕してるよ。ブランツホフの防空軍に来ないか? 当分仕事は無いだろうが」

「褒めてもらってなんだけど、急ぐ用事があるの」

「ふうん。で、用件は?」

「液体燃料満タン」

「基地の備蓄を売れってか」

「言い値で払うわよ」


 そういうと、フローラは手にしていたトランクケースを開いて見せた。ヴァルタヴァ連邦の通貨であるクラウネはもちろん、連合帝国のグールクまでぎっしりと詰まっていた。もっとも、フローラは電子通貨のほうでこの一〇〇倍近い金額を持ち歩いている。


「……あんた何者だ?」


 僕もそう思った。


「えーと、グロースゴリーク燃料だと、リッター一〇〇クラウネが相場? 入った分だけ払うわ」

「一五〇だな。五〇は俺の取り分と思ってくれ。中々いい取り引きじゃないか?」


 中尉はアルタイル星間爆撃機を見ながら、どのくらいの燃料が入るか計算したらしい。


「いい商売してるじゃない。機体整備もお願いできる?」

「よし乗った!」


 お前が売っているのは、他でもない国家資産だ……と言いたくても、何せ僕の上官殿であらせられるフローラがそれで買い叩いたのだから下手に声に出すことはしない。


「じゃあ、整備と補給が終わるまで、市街地でも見てくればいいさ。三時間で片付ける」

「あっそう? じゃあそうさせてもらおうかな。行くわよユリウス」

「よかったの? 軍人ではあるけど……」


 軍規に照らし合わせても懲罰間違いなし。彼の私利私欲のおかげでこちらは助かるけれど、それでいいのだろうか。


「あんなクラシック機を盗んだところで、今は売れないでしょう? 軍人としてはドサンピンかもしれないけど、商売人っぽさはあるじゃない。金のやりとりさえしっかりしておけば大丈夫」

「そうかなぁ……」


 ブランツホフのセンターポリスは、街路の作りとか、大まかな都市計画自体はヴァルタヴァのものと同じようだ。


 でも並んでいる店の数やビルの高さ自体がヴァルタヴァのその十分の一以下なので、どうしても寂れた感は否めない。おまけに戦後の混乱と疲弊の中で、人的な質も低下しているようだ。


 道ばたにうずくまる人たちは、僕らの姿、特にフローラのトランクケースにそれとなく目を向けている。


「……寂れた街ね」

「ここも爆撃に遭ったんだろうね……」


 酒場のような場所もあったけれど、人相の悪い軍人崩れや日雇い労働者のような連中が、僕らの方を睨み付けるようにしていて、とても入る気にならない。


 僕としてもうっかりしていたけれど、階級章を付けたままだった。僕みたいなガキが少佐の階級章など付けていれば、怪しまれたり妬まれるのも確かだった。


「中心部を出てみよう。ほら、あそこ。丘のてっぺんに展望台もあるし」

「そうね。暇つぶしにはちょうどいいでしょ」


 センターポリスの中心街を抜けた先にある丘は、ここではムートボルド山と呼ばれているらしい。たかだか標高一〇〇メートルほどなのに大仰な……というのは、言わないお約束だろう。


「……センターポリスの周り、何だか赤茶けてるわね」

「そうだね……ここからだと良く分からないな」

「双眼鏡あるじゃない。ちょっと覗いてみましょう?」


 フローラは自分のポケットから取り出したクラウネ少額電子硬貨を、読み取り部にかざした。


「よし、見える見え……る……」


 双眼鏡を覗き込んだフローラは、しばらく固まっていた。それから、僕に双眼鏡を覗き込むように促した。


「なにか見えたの?」

「ほら、この方角」


 双眼鏡を覗き込んだ僕の背中越しに、フローラが双眼鏡を無理矢理自分が見ていた方向に向ける。正直、身体が密着していて景色を楽しむ余裕などない……と思っていた。


 でも、それはすぐに背筋まで凍るような感覚に上書きされた。


「墓地だ……しかも、急造だ」

「あんだけ地面を掘り返せば、そりゃ遠くからは赤茶けて見えるか……」


 正直、見ない方がよかった。ムダに高倍率な双眼鏡は、墓地に入るものの姿までくっきりと映し出していた。


 本当なら、僕らは火葬を行なってから、残った遺骨を埋葬する。ハイマトスタット村でもそれは変わらず、墓地には本来、故人の遺骨だけが入れられる。


 でも今見えている風景は違う。火葬前の遺体を、そのまま埋めている。しかもつい最近死んでいるらしい。センターポリスの寂れ具合からして、餓死とか病死もあり得る状況だった。


「火葬場も動いてないんだね……」

「あんなに広い墓地なんて……」


 僕はここに来る提案をしてしまって、かなり後悔していた。フローラに、こんなものを見せたってどうしようもない。


「ユリウス、どうしたの?」

「ごめん、こんなつもりじゃなかったんだ……」


 僕は自分の迂闊さに酷く落ち込んでいた。


「なに落ち込んでるのよ。気にしないわよ」

「そう……あっ、でも見てあそこ。二時方向」

「軍人みたいね、それ……」


 軍人みたいどころか、現在でも軍人なのだけれどと思いつつ、僕はフローラに双眼鏡を変わった。


「家が建ってる。何軒も」


 多分、軍が使う仮設宿舎を作る建築プリンターを使っているのだろう。同じ形をした家が次々に建てられ、できあがったモノには次々に入居者が入っているようだった。


「少しずつ、ここも普通の生活を取り戻すんだろうね」

「そうね……もう少し、ここで休んでいきましょうか」

「そうだね」


 僕らは何をするでもなく、展望台のベンチに腰を掛け、二時間くらいぼーっとしていた。先に立ち上がったのはフローラだった。


「宇宙港のターミナル内にカフェくらいあるでしょ? 戻ろう、ユリウス」

「ああ。そうだね」


 ただ、今度はフローラが選択を後悔する番だったようで、宇宙港に戻るとフローラは露骨に嫌な顔をしていた。出るときはそこまで気がつかなかったけれど、空港内ももはや路上生活者のシェルターと化していたからだ。カフェどころか旅客会社のカウンターすら営業していない有り様だ。当たり前といえば当たり前だったけど。


「格納庫の端で待つしかなさそうね」


 フローラも自分のトランクケースへ向けられた目線には気づいていたらしい。


「おい嬢ちゃん、なんだか重たそうな荷物を持ってるじゃないか。俺が持ってあげよう。なんならいい宿も紹介してやるさ」

「なあそこのひょろいのは置いといてさ。俺たちと一緒にブランツホフ観光と洒落込もうじゃないか」


 軍人崩れか、それとも警察崩れか、すり切れてすすけた制服らしき服を身につけた男が、僕らの前に立ち塞がる。というか、僕は突き飛ばされた。


「あんた達みたいな品が無いのはお断りよ。いくわよユリウス」

「う、うん」


 まるでそこに何もいないように、フローラはスタスタと歩いていこうとする。僕もその後に続こうとしたけれど、チンピラ共の一人が僕の足を引っかけて転ばせた。


「おっと、まだ俺たちの用事は終わっちゃいねえんだよ」

「さ、こっち来てもらおうかお嬢ちゃん」

「ちょっと離しなさい! 離せ!」


 フローラも抵抗はしているけれど、やっぱり女の子だ。気が強かろうが酒が強かろうが、単純な腕力なら男には適わない。チンピラ共は強硬手段に出るらしい。フローラを羽交い締めにして、連れて行こうとしている。周りにも人はいるのだが、皆見ているだけで何もしない。


「フローラを離せ!」


 僕はフローラを羽交い締めにするチンピラを引き剥がそうとする。でもあっさりと振り払われて、尻餅をついた。


「こいつぁ上玉だ! へへへ、兄貴も喜ぶだろうさ」


 周囲で声を上げる人はいない。壁際に居た女の子は、肩を押さえてガタガタ震えている。こんなことは日常茶飯事で、彼女も男達に乱暴されたのかもしれない。


「助けて、ユリウス!」


 あのフローラが、僕に助けを求めている。でも僕には……いや、僕にだって出来るはずだ。彼女の力になると決めたじゃないか。勇気を出せユリウス。こんなの、シーアンの戦線にいたときと比べたらなにも怖くないんだから。


「彼女を離せ! さもないと撃つ!」


 すっかり忘れていた。僕も拳銃は持っていた。軍人として当然の権利として、僕も拳銃の所持は認められていて、肌着を身につけるのと同じ感覚で、当然のように持ち運んでいた。だからこそ、今まで存在そのものを忘れていたわけだけれど。


「ちっ、どうせ撃てねえくせに――」


 バカをいうな。宇宙軍の制式拳銃、しかも整備はちゃんとしてたんだぞ、撃てないものか。


 そう思った矢先、ターミナル内に銃声が響いて、エネルギーカートリッジがカランコロンと音を立てて床に落ちた。自分が撃ったと気づいたのは、何人かの見物人が悲鳴を上げて走り去ってからだ。幸い、拳銃から放たれたパルスレーザーはチンピラ共の足元の床を砕いただけだった。


「つ、次は当てるぞ! 彼女を離せ!」

「なにくそこのガキ!」


 まあでも、相手が拳銃を持っていることも考えるべきだった。チンピラ三人が三丁。こっちは一人で一丁。多勢に無勢じゃないか。全部の銃口が僕の方を向いている。


「そこ! 何をしている!」


 警笛と共に何人かの男が走ってくる。ブランツホフの警察官だ。チンピラ共が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。よかった、本当に撃つことになるんじゃないかとヒヤヒヤした。


「ユリウス!」

「大丈夫? 怪我はない?」

「いいから逃げるわよ!」


 駆け寄ってきたフローラを抱きとめたほうがいいのかと、僕は両手を広げていたんだけれど、右手を掴まれたかと思ったらそのまま引っ張られる。


「ど、どうしたの」

「あれ! チンピラ共じゃなくて私達を追いかけてきたのよ!」


 後ろを振り返ると、警察官達は警棒片手に僕らを追いかけてくる。多分僕が銃を撃ったときに、見物人が呼んだのだろう。


「格納庫へいくわ! 多分そろそろ整備も終わってるでしょ!」


 格納庫に辿り着くなり、整備と燃料補給を請け負った中尉がこちらに駆け寄ってきた。必死の形相だ。


「よかったいいところに! 俺を乗せて逃げてくれ!」

「なにかあったの?」

「すまん。お前らに燃料渡したのがバレた。頼む!」

「逃げてどうするのよ」

「どっかの星で降ろしてくれりゃあいい! 燃料代も返すから! 頼む!」


 大人しく軍内で処罰を受けた方がマシな気もするんだけれど、ひょっとしたら軍事法廷もまともに機能していなくて、現場指揮官の裁量で私刑でも横行しているのだろうか。


「どうする? フローラ」

「まあ、巻き込んだのはこっちか……」


 とにかく時間がない。僕とフローラ、それに中尉は慌ててハッチに飛び込み、発進準備を始めることにした。


「ユリウスは後ろへ! 警察が来たら教えて!」


 後部銃座――そこにあるべきレーザー機銃は取り付けられていない――についた僕からは、格納庫の扉から飛び込んできた警官隊が見える。メガホンを片手に、僕らに機体から降りるようにと怒鳴っている。


『格納庫から加速して、そのまま大気圏離脱する! そこの、えーと、名前は?』

『ベレンコフ、アントン・ベレンコフだ』


 ヘッドセットから、コクピットの音声が聞こえてくる。


『あっそう。早く席に付いてちょうだい! 副操縦士よ!』

『はいはい。航空機関士なら専門なんだがねえ』

『うるさい!』

「警察がエンジンカッター持ってきた! 急いで!」

『分かってる!』


 埒が明かないと判断したのか、エンジンカッターを手にした警官隊がこちらに向かってくる。元が軍用機とはいえ、エアロダインの装甲なんてたかが知れている。どこかに穴でも開けられたら、大気圏突破もままならない。


『発進!』


 僕は進行方向に向かって反対方向に座っているから、今シートベルトがちぎれたら、僕の身体はそのまま真正面のガラス窓にへばりつくことになる。ものすごいスピードで格納庫が、滑走路が、ブランツホフのセンターポリスが遠ざかり、気づけば漆黒の宇宙空間と、薄くへばりつくような大気圏の境目が分かるくらいの高度まで辿り着いた。


 慣性航行に入って機内が落ち着いたところで、僕はようやく後部銃座からコクピットへ移った。


「一時はどうなることかと思った……」

「警備艇とか来てない?」

「銃座からは見えなかった。レーダーは?」

「なんもきてない。ちょっと……アントンだっけ? こんなもんなの? ブランツホフの防空軍って」

「ああ、宇宙港は見ただろう? ブランツホフには輸送艦とコミューターくらいしか残ってない。誰も追撃なんざ掛けられんよ……ふいー、これで俺も首の皮がつながった」


 心底安心した様子で、アントンと名乗った男は首筋を撫でて見せた。


「あんた、逃げるほどのことじゃないでしょ? なんなら私達から脅されたとかいえば情状酌量されたんじゃない?」

「いや、ほら、俺余罪が多いから……」


 ついに白状したけれど、やはりというかこの中尉、軍人としてはド三流のようだ。商人としてはまあ、それなりに働けるかも知れないが。


「連邦宇宙軍の壊滅と同時に、基地の備品やら糧食やらを売りさばいちまってな。機を見て脱走してやろうと思ってた矢先のあんたらの来訪だ。あそこでとっ捕まったら、芋づるで全部バレちまう」

「ああ、それは銃殺が妥当ね。私が現地指揮官なら間違い無くそうする」


 僕も同意見だった。


「おいおい、つれないこというなよ。とりあえず、次の目的地が決まってないなら、シュタウハーフェンに行かないか」

「シュタウハーフェン? ユリウス知ってる?」


 アントンの出した地名に、僕は聞き覚えがあった。ちょっと前まで、軍の補給基地があった場所だ。ここが壊滅したせいで、前線にいた僕らに物資の補給が行き届かなくなった。


「それがだな、俺みたいな不届き者連中が、あそこで闇市やってるんだ」


 アントンの言葉に、僕とフローラは顔を見合わせた。


「……あんた、私達諸共売りさばいてやろうとか考えてる? ユリウス、拳銃貸して、こいつやっぱり何か隠してそうじゃない?」

「はい」


 僕は腰のホルスターから拳銃を抜いてフローラに渡した。


「おいおいおい! チョット待ってくれ。俺はあんたらカップルの旅行を快適にしてやるっていってるんだ」

「べ、別に私とユリウスはそんなんじゃ」

「お、照れてるねお嬢ちゃん。まあ飯でも食いながら話さないか? 飯はありったけ入れておいたぞ」


 アントンは、そういうとコクピットのギャレーを開いてランチボックスを投げてよこした。なるほど、確かにフローラのいうとおり、金さえ払っておけばやることはやってくれるみたいだ。


 ギャレーの整備までは追いつかず、僕らはこの旅の間、携帯食料だけで過ごす覚悟を決めていたから。


「シーアンにブランツホフから行くのはちと分が悪い。間にホルダヴィアがある」

「あそこは戦時中、大規模な要塞があった。結構警備が厳しいかもってこと?」

「そうだ。ユリウス、お前詳しいな」

「ええ、まあ」

「で、だ。シュタウハーフェンからならケーニヒ・シュヴァンツ、ベルグタールを経由してシーアン方面に抜けられる。どうだ?」


 航路図を指さしながら、アントンは自慢げにいった。


「ユリウス、どう思う?」


 フローラに聞かれて、僕は少ない知識を総動員して助言することにした。


「あの航路は引き揚げ船しか通らないし、ケーニヒもベルグダールも無人惑星だ。シーアンからヴァルタヴァに戻るときもそうだったし、いいんじゃないかな」

「じゃあ決まり!」

「……思い切りがいい女だね、あんた」


 アントンの言葉に、僕は心の中でうなずいた。


「さて、それじゃメシでも食べて、寝るとしようか。どうせ慣性航行で一〇時間くらいは惑星本体から離れないとな」


 アントンは自分で運び入れたランチボックスを開いて、がっつき始めた。


「そうしましょ。食べ終わったら、機体のチェックをして、今日はもう寝ましょ。明日の昼には、超光速航行に入るわ」


 フローラもランチボックスの中身を食べ始めたので、僕もようやく、朝食以来の飯にありついた。

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