存在

とびっこ

存在

 歴史は変えられないものである。


 私は放課後の教室で1人歴史の教科書を読んでいた。

 別段歴史が好きというわけではなかったが、この出来事がなければどうだったのだろうかと1人でifを妄想するのは好きだった。


 もし平清盛が頼朝を助けていなかったら、もし信長が本能寺の変で死んでいなかったら、もし関ヶ原で西軍が勝っていたら…。

そんなことを放課後の教室で、1人で考えていた。


 今の生活に不満はなかった。いじめはないし、友達もある程度いる。成績は良くも悪くもなかったし、運動も普通だ。他人に疎まれることもなかったし、大きな黒歴史を作ったこともない。

 ただ歴史はもしかしたら定まっているのかもしれないと、朧げに思っているだけである。


 ふと手元のスマートフォンを覗いた。そこには幾つかのソーシャルゲームが入っている。その中でも、歴史を変えようとする人から守るようなストーリーが展開されるものがあった。歴史がもし定まっているものなら、歴史を変えようとする人は壮大な茶番をしているにすぎない。それはとても空虚なものだろう。どうあがいても達成ができないのだから。

「でも、それを知らずに足掻いている。その時の顔は、きっと希望に満ち溢れている。」

私は机に置いていた紙パックのジュースを飲んだ。


 開いていた教科書に紅葉が落ちてきた。今は秋、窓の外は校庭の端に植えられた黄色と赤色がよく目立っていた。高校3年生の秋だからか、同じクラスのみんなは受験勉強で忙しそうにしていた。


 私には、告白してきた人がいた。その子は可愛らしい女の子だった。その女の子は、友達も多く男子に良くモテた。高校2年生の初め、その女の子とは前後の席で、趣味や勉強、時には家族のことまで幅広く話した。


 私が話すことを、彼女は目をキラキラにして聞いていた。その様子を見て私も調子に乗って、話しをしていた。一方的に話した後、後悔して「ごめん」と言うことも多々あったが、彼女は笑いながら「大丈夫」と言ってくれた。


 1年たった春のころ、彼女は私に告白をした。18時くらいに、LINEにただ一言。


 好きです。付き合ってください。


 テンプレートな告白文だった。


 その告白を私は断った。恋に興味がなかった。恋愛というものに興味も関心も。しかも私は生憎パッとしない顔だった。その告白はなにかのいたずらのように見えた。


 断りの文章をLINEに書くと、メッセージの送信を削除しましたという文章が目についた。


 次の日学校に来ると、彼女の机に花瓶が置いてあった。


 先生から、彼女について何も言われなかった。ただニュースで、交通事故により彼女が死んだと報道されていた。


みんな最初は悲しそうにしていたが、受験が近いこともあり、徐々に彼女の存在は消えていった。


 彼女の眠る場所のことを私は知らない。他の人から見ると、私と彼女はただのクラスメイトの関係であったからだ。特別な人になる前に終わった関係。始まってもいない。


 そんな私にとって、彼女の存在はもうスマートフォンの中にしかない。LINEのカラフルな彼女のアイコンが存在を留めさせる墓のように感じる。私にとっての彼女の墓は、スマートフォンの中なのかもしれない。墓だけが存在していた事実を、歴史を証明してくれる。


 もしあの時の告白を了承していたら、彼女は死ななかったのだろうか。


 どんなにifを考えても、歴史は変えられない。削除をしても、削除した記録が残る。歴史というのは存在だけが残り、その人の本心は記録されない。


 私は歴史の教科書を閉じ、席を立った。下校のチャイムが鳴っていた。

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存在 とびっこ @tobinoko

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