35 本を抱いて登る
【タイトル】
本を抱いて登る
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934663245
【作者】
杜松の実 様
【ジャンル】
現代ドラマ
【あらすじ】
師走の風が吹く頃、「私」と天文研究部の新入生である彼女は二人で都心から離れた土地に来ていた。真冬の天体観測――都心では満足に見られない、本当の星空を見るためである。合宿で使用する宿舎は大学の研修センターで、二人のほかに宿泊者はいない。深い仲でもない男女が二人で合宿に出掛けることも「私」には強い抵抗があったのだが、後輩がどうしても行きたいと言うので連れてきた。曇り空が続く中、「私」と彼女は穏やかな日々を過ごす。彼女が何故二人でも来たいと言ったのか――その理由を考えてしまえば、きっと非人情の仮面は外れてしまうだろう。
【魅力】
文章として、一文を読みやすくして全体の流れをスピーディにかつ明瞭につかみやすくする、いわゆる「ライト」な文体と、一文一文をなぞるようにあるいは噛み締めるようにゆっくりと咀嚼していく、いうなれば「濃厚」な文体とがあると思います。特に純文学と呼ばれる作品には後者の色が強いですが(文学作品という特徴故かとは思いますが)今作もまた、一文の重みがある、とても丁寧に読み進めていきたいと思わせる小説だと思います。
作中に出てくる比喩のひとつひとつも詩的であり、そういった言葉を選ぶのであれば語り手である「私」の人間性も垣間見えるというものです。車窓から見える民家を見て「夜凪に浮かぶ漁船のようだ」とする表現できる人はなかなかいないでしょう。それだけで「私」が文学あるいは詩に明るい人だとわかるのも、文体に繋がっているのではないかと考えます。会話の部分は対照的に話し言葉に近く、砕けた描き方がなされています。それを地の文との乖離と考えるかどうかは読み手の受け取り方次第だと思いますが、私はあまり気になりませんでした。それ以上に作中の人物と文章が醸し出す雰囲気が合致するのがいいと思ったので。
作品の魅力として挙げるなら、二人の関係性の描き方だとか全体が内包しているものを挙げた方が良いのでしょうが、どうしても随所にみられる印象的な表現に目を惹かれてしまいます。先ほどの漁船のくだりもそうですが、電車のドアが開いた様子を「婦人が下りていくのと入れ違いに、師走の熱が足元を冷やす」と対照的に書いてみたり、そういった文章表現として光る部分に満ちた小説です。読み進めていくにあたっては、日常風景を印象的な言葉で表現し、特別な気持ちにさせてくれる文章たちを一文たりとも見逃してはならないと感じています。
【その他】
夏目漱石『虞美人草』のくだりでいつになく饒舌になっている「私」こと敷島が、好きなことには熱が入って止まらないタイプなんだなと勝手に推測していました。
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