愛慕、麗しき別れ_Adration, Lovely Over

 我々は自由だった。ふとした拍子にどこか遠くの国へ行きたくなり、その日のうちに北欧へ飛んだ。ガムラ・スタン、シェップマンガータン通りに面した、古びた小さなアンティーク・ショップで北欧食器を眺めていた。遠くの方で一発の銃声が鳴り響いた。店番をしている猫背の老婆が、「あんたさんは外国の人だから知らんだろうけど、今の時期はちょうどミッドソンマル夏至祭さ。ここのところの若者が、ヘラジカを捕らえた音だろうよ。安心なさい、危ないことの予兆じゃない」と薄ら笑いながらそう口にした。

「そう、あんた……いや、あんたじゃない。そっちの嬢ちゃんだ。こうしてみるとわしの娘の幼いころを思い出すね。雷やら銃撃音やらにいちいちびっくりしてはわしの懐へ飛びついてきたものさ。そうしてそんなふうに怯えたようにきょろきょろと辺りを見回していたもんだ。さあさあ、わしはもうそろそろ軽食の時間だ。何か買うならおまけしといたるよ。そっちの少年もだ。あんたら同じ国かい? ……そう、日本かい。そうだ、日本ならいい言葉を知っている。『オマカセ』、どうだい? あんたらによく似合う食器を見繕ってやるさ。なぁに、今の娘の旦那は日本人なのさ。同郷のよしみだ、まけとくよ。どれ……」店の奥へ引っ込んでは、ああではない、こうでもないと一悶着、二つの紙袋を持って戻って、「一人25クローナ。道中達者でな」と言うと、看板をひっくり返し、「Fika」にすると奥へ引っ込んでいった。

 我々は顔を見合わせ、どちらともなく有意義な押し売りに苦笑いした。

 「ところで」と私は口を開いた。「Ska vi fika?」

 「Jättebra!」と彼女は言った。


 そんなわけで、我々は奇妙な巡り合わせで知り合い、いつのまにか相手の自由を奪い合う仲になった。しかしその関係は長くは続かない。我々は自由で身軽だったが、身勝手ではなかった。それが今では互いが互いを求めあい、身勝手に互いの自由を奪い合うことになった。しばらくの間、我々はそれについて言及することもなく、あるいはそれについて気づくこともなく生きていた。ある朝、二人で丁重に食器を洗っていたとき、どちらかの買った食器が割れた。それがいずれ割れることは自明のことだったが、そのひびはやがて、互いに対する罪悪感を生み出した。それからはどちらともなく疎遠になり、いつのまにかを求める仲になった。その最後の日、互いに交わした言葉はこうだ。

「ね、いつか今知らない誰かが、私をぐちゃぐちゃにしちゃにしちゃうのかな」

「そう願いたい日が来るならね」

「来世では猫になるよ。そしたらまた会おうね」

「それはとてもいい。そうしよう」

「またね」

「またね」

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死後の遺書 淡風 @AwayukiP

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