第22話 エピローグ 蛮勇の騎士
大学から帰って来るなり家族が瀕死だったシファーの感情は劇的な物だった。青ざめて駆け付けたかと思うと回復した一人一人を見て安堵し、最後には心配して損したという理不尽な理由で一人一人をビンタして帰っていった。ライラは元気で良かったと笑うが、俺は心配を掛けてしまった申し訳なさに苛まれていたので、素直に笑う事が出来なかった。
皆怪我の程度は近かったが、サナは一足先に退院して公務に戻ったようだ。ナスルも後を追うように、「少し休ませてくれ」と言って一週間ゆっくりしてから出て行った。ライラは快適そうにシファーが運んで来た本や新聞を読む毎日で、特に不自由なく楽しんでいる様子だ。もしかしたら、治っていても帰る気が無いのかも知れない。少なくとも、身体は救命士が拭いてくれるので風呂に入る面倒は無縁だし、食事もタダで出てくるので、家事担当者には楽園のような場所に違いなかった。
「ほら、イサムの二つ名が投票で決まったって。『蛮勇の騎士』、良い二つ名じゃないか。最強の魔女の力を利用する恐れ知らずにはぴったりの名前だね」
実際は、マルキダエルの魂がボトル・レリックに入っているなんて、俺たち以外は誰も知らない。余計な心配を生まないようにと機密事項に設定されたからだ。だから二つ名は、俺がマッキーに戦ってもらうために無策に立ち向かっていた様子が見られた物だと思われる。
「街のみんなが君に感謝のメッセージを寄せてるよ。あのレベルの魔女の襲撃で、死者が一桁で収まるなんて奇跡みたいなものだ。誇っていい、よく頑張ったよ」
新聞には大きく倒壊した商店の映像と共に、「人類の頼れる味方!ツノ無しの騎士」との見出しが躍っている。しかし小さい枠には、店主や従業員、住人の写真が追悼を添えて貼られている。魔女の目的が俺だったから良かったものの、最初の一撃は防げるものでは無かった。どんなに努力しても救えない命がある。そればかりが後悔する事も出来ず、ただ、歯痒い。
「しかし……本当に左腕は治らないね。ここまで人体に干渉出来るなんて」
俺の左腕には、この世界には不釣り合いなギプスが巻かれている。治療が早いこの世界にはそんな概念存在しないから、特注で作ってもらった物だ。治癒は遅いが、元の世界のペースで治っては来ている。問題は無さそうだ。
「まぁ半年もすれば完治するだろ。気長に待とう」
「何でそう気軽でいられるのかな、私だったら絶望して長期睡眠に入るね!」
「元の世界ではこれが普通なんだ」
「来れてよかったねぇ」
「滅多に骨なんか折らないだけだ!」
ふふ、とライラが笑う。そこに大学が終わったシファーが本を持って来て、ライラに手渡した後俺の隣の机で勉強を始める。温かい風景だ。戦わなければ守れなかった風景でもある。これからは真の騎士として、胸を張ってこの街、この景色を守れるのだ。
胸の高鳴りを抑えるように、優しく首に下げた瓶を撫でる。あれ以降マッキーは沈黙を保ったままだ。何を考えているのだろうか。ゆっくり休めているだろうか。人殺しである魔女に肩入れするのは良い気がしないが、一度ともに戦った仲ともなると「調子はどう?」くらい聞いてみたいところだ。そういう人間が面倒だから出てこないのだとも思うし、必要もないのだろうが。
俺はライラのページを捲る音、シファーの文字を書く音を耳にしながらゆっくりと目を閉じる。サナが部屋でテディベアと紅茶を飲んでいる。ナスルが飴を舐めながら骨董屋を物色している。嘘か誠か、いつもの街の景色が、うっすらと目の裏に浮かぶ。
意識を深く落とすと、暗い廊下の先に懐かしい教室がある。今日はドアが開いていて、薄っすら光が零れている。誰か居るんだろうか。冷たい木の引き戸に手をかけ、擦れる音をさせながらゆっくりと開く。
「先生?」
そこに先生は居ない。しかしどうも見覚えのあるセミロングの髪の少女が、制服を纏って酷く不機嫌そうに机に座っている。彼女は俺を見ると舌打ちして頬を膨らませ、ぶっきらぼうに毒づくのだ。
『これだからお前は嫌いなんです。大っ嫌い』
仮面の騎士―次の仕事が魔女と戦う騎士だとしても俺はやるしかない 長月輝夜 @kiyonagatsuki
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