シェリー
玄慧 瑠華
ヴァネッサ
人間には、「死」というものが二度訪れるという。
一つ目は、医学的に死亡が確認されたとき。
二つ目は、全ての人の記憶から忘れ去られたときなのだと。
―――では、私は?私は生きているのだろうか。それとも、死んでいる?
この問いかけは、未だに心の奥底に居座り、消えることがない。
死んだ記憶はある。きみは、助からない。
そう言った悲し気な顔をしたお医者様。涙を流す両親。部屋に充満したアルコールの匂い。
それからしばらくして―――、私は眠った。眠ったように死んだのだ。
「ちょっと、ねぇって、おーいっ、ヴァネッサ!帰ったよ~っ。」
急に騒がしく聞こえてきた女性の声に、深く沈んでいた思考から呼び戻された。少し遠くに女性が一人。大きく手を振り回しながらこちらにやってくるのが見える。
古めかしくも壮麗なゴシック建築の城や教会が並んでいる国『ラルジュ』。古くより続く貴族主義の国家である。この国の歴史は長く、千年以上もある。その中でも、首都「メトロポリタン」は別格で、世界遺産の建築も数多く、観光客も多い。
そんな賑やかな観光名所が並ぶ隙間には、市場や洒落たBARやCaféが並ぶ。時間的には、まだ午前中だからか、BARはcloseのようだ。
「よっと……、前の席おじゃましまーす。」
先ほどの女性――ベアトリスがCaféの席に座っていた私の前の席にドカッと腰を下ろした。
「いや~、参っちゃったよ。この人の多さ!家はもっと田舎にあるし、こんな人多いの慣れないわ。おかげで足がパンパン……。これ、絶対筋肉痛になるよ明日。」
「……、それはつらいわね。とりあえず何か飲み物でも飲んだらいかがかしら?ベアトリス」
飲んでいた紅茶をソーサーに戻しつつ、比較的朗らかに振舞おうとした。
「――――だあ~~~っ、なにその貴族みたいなの!あのさ、ぜんっぜん、友達っぽくない!!」
ベアトリスには不評だったようだ。
「ふむ、私としては友人のつもりで、常よりも比較的朗らかに明るくという気持ちでいましたが。」
メニューを手に持ったまま、ベアトリスはテーブルに突っ伏した。
「友人ってよりそれ、社交界っていうかさ~、庶民じゃないよ。あたしらが
「……そうは言われても、私も元貴族ですし、急にそういうのは難しいのです。ベアトリス。」
――一般の目から見れば年端のいかない女の子二人が仲良くおしゃべりしているように見えるが、少々事情が異なる。“
その正体は、ラルジュ王家公認のスパイチーム「シェリー」のコンビである。
先ほどの会話も文字通りの意味ではない。とある任務を課された彼女たちは情報収集を終え、このCaféに集合した所なのだ。すなわち彼女達はこれらの任務をする時、危険ではあるが、最高にクールで飛びっきりの
そんな賑やかな、もうすぐお昼時の時間。彼女たちから見えない死角に怪しい影が二人。
「ほんとにあの二人が『シェリー』なのか?情報、間違ってねぇの?」
「ほんとだぜ、兄貴ィ!確かな情報筋から高い金貨払って手に入れたんでさ!もう一度読みます?」
「あぁ。」
「っす、兄貴ィッ。――『シェリー』政府公認スパイチーム。現在のメンバーの構成員は二人。
「おい、待てよ。不明ばっっかじゃねえか!どこが信用できる情報なんだァ、こらァッ!」
「ヒッ、待ってくだせえっ、まだ続きますんで!」
「ほんとに信用できるのかぁ…?」
急に声を潜めて私はベアトリスに話しかけた。
「……ベアトリス、います。」
「あぁ…、何人?」
「センサーによると、現在二人のようですよ。」
「ふぅん、まぁ余裕でしょ。様子見よ。」
「分かりました、ベアトリス。」
「んでさ!そのベアトリスって名前――。」
私に合わせて声を潜めたあと敵がいることを確認した、ベアトリスはまた明るい声に一瞬で戻った。
一方、そんなことを気づきもしなかった二人組。
「――じゃあほんとにやべぇッて感じの、なんかぱねぇッ情報ねえのかよ?」
「ありますよ、兄貴ィッ。」
「先に言えよ、そっちをよぉッ!?」
音が響かないように弟分を殴る。ったく、時間の無駄だった。
「いたぁ……。すんません兄貴ィ、大事なとこ言います。」
「今度こそちゃんとしたのを言えよ?次またくだらねぇこと言い出したら憲兵に突き出すからな。」
「ヒッ、すんません兄貴ィッ。えっと……、あ、え~と、この先にある『カビラ』って飯屋で事件が起こったんす。」
「ほぉ、どんな事件だ?」
「『カビラ』であの、うるせぇ方の女がそこの主人と世間話をしてたら、街のチンピラに絡まれて、騒ぎになったんす。」
「へっへっ、そうかぁ。で?ケンカになったのか?」
「いや、腕相撲対決になったんすよ。」
「――はぁ?普通そこはケンカだろうが!?なに仲よく腕組んじゃってんの!?」
「腕組みじゃないっす、腕相撲。」
「俺だって、女と腕組みたいのに!」
「あ、すんません兄貴ィ、続きいいスカ?」
何事もなかったように続きを話そうとするのでもう一発殴っといた。
「たぁ…、理不尽すよぉ…。」
「ふん、いいから続きを話せ馬鹿野郎ッ。」
「えぇ……?ヒッ、すんません兄貴ィ!――腕相撲になったものの、あんな女の細い腕とチンピラの丸太みたいな腕じゃ、勝負にならないってことで、その場にいた客たちもチンピラの方に賭けたみたいっす。でも結果は――。」
「結果は?」
「一瞬で、女の勝ちだったみたいっす。そこで賭けてた金をスったモルブの情報っす。」
「モルブゥ?おいおい、お前の弟分じゃねぇか、はっはぁ、ざまぁねえなァ?」
「あとで慰めるっすよ。まぁ、そういうわけで、普通の女じゃねぇんす、あいつは。それからあの大人しい方の女っす、ようく見てくだせぇ。」
「あぁん?……おい、あの女のスカートの端から見えるのは機械か?……そういや、『V』ってやつは機械体だったっつう話を聞いたことがあるな。」
「そういうことっす。あの女は機械体なんすよ!機械体っていうのは、昔からこの国を牛耳るお貴族様か、政府の犬、大金持ちくらいしかいねぇんす。」
「てことはぁ…、ははぁん?そういうことか。」
「でね、その距離感を縮める効果的なのが、ジャーンっ、あだ名なのでーす!」
「そうなのですね。では、なんとお呼びすればいいのですか、ベアトリス?―――っ、敵、動いたようです。」
「おっけ、移動しよ。おじさーん!会計ここに置いとくよ~。」
「ごちそうさまでした、ご主人。」
会計をテーブルに置きつつ、手早くそれでいて自然に移動を開始するヴァネッサたち。その後ろを慌てて追いかける怪しい二人組。
「や~でも良かったよね。ここのお店で。ナイスチョイスだよ、ヴァネッサ!」
「ふふ、人が多い所は、見つかりにくく、紛れやすいので。もう少し、人気のない場所へ移動しましょうか。」
「さんせーっ!」
はしっと、満面の笑みのベアトリスに腕を掴まれながら、どうやって後ろの男二人を撃退しようかと不敵な笑みを浮かべるヴァネッサであった。
シェリー 玄慧 瑠華 @snow211feb
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