アトリエの女

紅色吐息(べにいろといき)

捜索依頼

私の警察官人生は平穏そのものだった。酔っ払いの喧嘩とか時には夫婦喧嘩の仲裁もあったが、特に大きな事件はなく、窃盗犯を現行犯逮捕したのが一番大きな事件だった。田舎勤務が多く、定年退職まで一度も拳銃を抜いたことは無かった。

そして今日退職を迎えたのだが、コロナのこともあり、送別会もなく淡々と最後の日を終えたのだ。


実は私はこの日のために準備していたことがある。第二の人生は探偵業をやると決めていて、一年前からその準備を着々と進めていたのだ。


どのような仕事を始めるにしろ今どきホームページも無いようじゃ始まらない。

会社を宣伝するにしても仕事を受注するにしても、Webサイトは必須だ。

私がサイト作成を依頼した会社から若い社員がやって来て私に出来上がったサイトの説明をした。


「ご依頼のセントラル探偵事務所のホームページが出来上がりました。見て頂けまか。」


「そうですか、出来上がりましたか、楽しみにしていました。」

彼は私の事務所のPcモニターの前に座ってキーボードを打ちながら説明を始めた。


「これが探偵事務所のメインページになります。お客様からはこのように見えてます。ここから問い合わせが出来ます。問い合わせ内容は社長様のGmailで受取りますが、サイトにもデータは残りますので社員の方も確認が出来ます。こちらは探偵事務所の基本料金などの説明になっております。探偵事務所のサイトは販売サイトでは御座いませんから、特に何かなさる必要はありません。」


いろいろ説明されたが私にはちんぷんかんぷんだ。要は私が問い合わせメールに返信するだけで良いらしい。ホームページの露出を増やす為の追加料金を取られたが、まあ、必要なことだから仕方がない。


後は私が警察に届け出をすれば開業できる。こんな事で私立探偵事務所を始められるのだ。とても良い時代になったものだ。

しかし、だからと言って仕事の依頼が直ぐにくるわけでは無い。ライバルの探偵事務所はたくさんある。起業となるとそんなに甘くは無いのだ。


探偵社の仕事と言えば浮気調査と行方不明者の捜索、身元調査や素行調査などが中心だ。最近ではペットの捜索依頼もある。変わったところでは隠しマイクや隠しカメラの探索依頼も有る。誰かに監視されている不安を感じている人は案外と多いのだ。


私には警察に山本という友人がいる。高校時代の剣道クラブの後輩で今も懇意にして

いる。時々一緒に飲み会をやる仲なのだ。今回私は、探偵事務所の開設報告を兼ねて居酒屋で山本と会った。


飲みながら山本が言う・・


「足立建設って知ってるだろう。」


「ああ、知ってる。」


「あそこの次男が家出したようなんだ。」


「良いとこのボンボンの家でか、そう珍しくも無いな。」


「親はね、何か事件に巻き込まれたんじゃあないかって心配してるんだ。」


「何かそういう証拠があるの?」


「無い無い! 親の思い込みだろうね。」


「ひつこく警察に来て困ってるんだよ。家出とか行方不明届けは多いからね・・最近はぼけ老人の徘徊もあるしね。」


「足立の息子は届が出てから3ヶ月たつんだ。だから県内にはいないと思うんだがね。でさあ・・お前の所に相談するように電話番教えておいたから、来たら頼むよ、家出人調査って高いのか?」


「基本料金は安いんだが、交通費とかホテル代が掛かるなら高くなるな。」


「見つかるのか?」


「ただの家出ならね。家出人の行動パターンは似たようなものだからな。」

探偵事務所の仕事は警察の情報とかぶる事が多い。これからは彼との交流が大切だ。

 


それからしばらくして・・

足立建設から電話があり私は社員の浜崎を連れて足立家に出向いた。


建設会社の社長宅だけあって太いヒノキ材がふんだんに使われ、旅館のように豪華な建物だった。待っていたのは、社長とその奥様だった。


 「息子さんの部屋を調べさせていただきたいんです。それと、このアンケート用紙に記入してください。息子さんの名前、生年月日、友人の名前、連絡先、よく利用する店、ネットの,フェイスブックなどのIDなど、分かる範囲で記入してください。」


「ああ、それと・・初めにお話してをしておきますが、家出人捜索は費用が高くつく場合があります。基本料金は安いんですがね。」


「お金の事は気になさらないで下さい。必要ならお払いしますので、それで探せば見つけられますか?」


「普通、家出人は数日以内に自分で帰ってくるものなんです。3ヶ月経ってるとなると県内には居ないかも知れませんねえ。しかし私たちもプロですから、費用が掛かりますが、見つけ出せると思いますよ。」


「分かりました、お金が掛かってもかまいませんから息子を探し出して下さい。」


【捜索依頼書】

足立博之18才・・

身長165

体重55

部活は美術部・・

所持金5万くらい・・

黒のジーパンにグレーのトレーナー

黒いスマホを持ってるが電源は切られている。

スマホの裏には鬼滅シールが貼ってある。

電話番号********

ーーーーーーーーーーーー


「このパソコンは彼が普段使っている物ですね。」

家出なら普通はノートパソコンは持っていくのがふつうなのだが。


「パスワードが掛かってまして開けられないんです」


「パスワードはいろいろなサイトで使いますからねえ、普通どっかに書いてあることが多いんですが・・」


「私もそう思ってさがしたんですがね、無いんです。」


 「このノートパソコンは預からせて頂けますか。社員に調べさせてみます。濱崎君どこかにパスワードが書かれてないか調べてみてくれ。メモリーカードとかも。」



「その壁の油絵は彼が書いたものですか?」


「そうだと思うんですが、自分のの横顔なんてねえ・・」


「もしかしたら美術部の仲間が彼を書いたのかも知れませんねえ。美術部員の連絡先は分かりますか?」


「はい、保護者の連絡網がありますから・・」


 私は油絵を壁から外した。

油絵は30号ぐらいあり、熟練した筆さばきだった。学生ではなく誰かレベルの高い人の作品のような気がした。


油絵のキャンバスには裏書があった。


sizue   2020/6/7


sizueはおそらく作者の名前で、その下は作品が完成した日だろう。


 

「シズエというのは美術部の先生なのですか?」


「いいえ、顧問は男の先生です。」


「男ですか、、そうですか。」


美術部の連絡網には子供の携帯も鉛筆で書き添えられている。おそらく足立家の両親が何度も電話をしたのだろう。私も美術部員たちに電話で当たってみることにした。


「それでね、足立君には付き合っている女子はいるのかなあ?」


「足立くんに彼女ですか。居ないと思います。僕より石橋の方がよく知ってると思いますよ、仲が良かったですから。」

石橋と言う子は美術部の部長をしている子だ。


「石橋君だよね!私こういうものなんですが足立君を探していましてね。足立君のご両親にもいろいろ聞かれたとは思うんだけど、もう一度話を聞かしてもらえますか。」


「はあ、、」


「足立君とは仲が良かったんだってね。」


「多分そうだと思うんですが・・・」


「多分とは?」


「もう3ヶ月もスマホの電源が切れてるみたいで。」


「PCも置いて行ったのだから、連絡の取りようが無いわけだね。」


「足立君はPC派だったから、ノートパソコンを置いて家出なんてありえないと思うんですよ。」


「足立君の部屋に、誰か絵の上手い人が描いた足立くんがモデルの絵が有ったんだ。裏にsizueって書いてあったんだけど、何か知ってる?」


「いや、知らないですねえ。でも、足立君は最近油絵が急に上達して賞も取れるようになったんですよ。」


「急に上手くなったの?」


「はい、そうなんです。誰かに教わってたのかも知れないって噂です。」


「それについて足立君に聞いてみた?」


「聞いてみたんですが、別に何も無いと言ってました。」


「そうかあ・・ で、足立君って彼女とかいた?」


「いや、居ないと思います。」


「そうですか・・」


「あっ、彼女じゃあ無いんですが、、こんな事が有ったんですよ。美術部でよくつかう画材屋さんの横の喫茶で足立君が女の人とデートしてましてね。それを僕が見つけて美術部で発表したんです。」


「ほう!」


「そしたらね、それは彼のお母さんの妹で、彼の叔母だったんです。まあ、女とデートってそのくらいですね(笑)」


「そうなんだ、その画材屋さんって何処にあるの?」


「西高の近くにガストがあるでしょう。あの横路地を入った所です。直ぐ分かりますよ。」


私は社員にパソコンとメモリーカードを調べるように指示して、

その喫茶店に行ってみた。


画材屋と喫茶店は並んであった。喫茶店に入って気が付いたのは壁に飾ってある沢山の油絵だった。


 「いらっしゃいませ。何になさいますか?」


「コーヒーを頂けますか。」


「このたくさんの油絵は隣の画材屋さんと何か関係が有るんですか?」


「ええ、姉が画材屋をやってるんです。」


「あ、そうなんですか。 お姉さんが・・」


「画廊のような仕事もしていて、欲しい人に絵を安く販売してるんですよ。」


「なるほどね・・・」


見回して見ると、ちょっと目を引く美少女の横画をモチーフにした油絵があった。筆のタッチと言い絵の雰囲気と言い、これは足立君の部屋に有った絵と同じ手で描いたものだと直感した。作者はおそらく同じだ。


「この少女の絵・・良いですね。これは売って頂けるんですか?」


「あ、それなら・・ 今、姉を呼びますね。」

そう言って直ぐに店主が電話をした。

「、、、そう、あの少女の絵なの・・すぐ来てくれる。」


暫くすると隣の店から突っかけの音をパタパタさせながら画材屋の店主がやってきた。


「こちらのかたですね、少女の絵が欲しいのは・・」


「こういう絵はどの位するものなのですか?」


「内で扱うものは有名作家では無いですからね。そもそも売る目的で描いてない人の趣味の作品ですから、高くても1号で1万円ぐらいまでですね。」


「え!そんなに安いんですか?」


「ええ、その少女の作品は15号なんですが・・6万円ぐらいです。」


「そうですか・・降ろしてもらって、見てもいいですか。」


降ろされた少女の作品の裏を見ると思った通りsizue の裏書があった。


「あの・・今日は持ち合わせが無いので後日頂に伺いたいのですが。」


「どうぞお待ちしています。あ、交渉すればもう少し安くなりますよ。」


「そうですか、もっとこの作者の絵を見てみたいんですけど、それは可能ですかねえ。」


「それじゃあ、それも聞いてみますね。静江さんに。」


「静江さんとおっしゃるのですね。何処にお住いの方なんですか?」


「さあ・・電話番号なら分かります。あなたの携帯番号を教えて下されば、私の方から連絡して電話させますが、」


こんな時に探偵社の名刺は渡せない。捜査中であるのがバレてしまう。架空の商社の社員になつている名刺を渡した。



 暫くすると静江から私の携帯に電話がきて明日の10時にこの喫茶店で会うことになった。


静江に会ってみると、彼女はスラッとした背の高い美人で物腰の良い好人物だった。

見たところ37~8才といったところだ。


「私の絵を気に入って頂いてありがとうございます。」


「実は私も以前油絵をやっていたた事がありましてね・・この少女の絵を見た時に、何か強く感じるものがあったんです。」


「絵を描く方にそう言って頂けると嬉しいですわ!この絵は私もとても気に入っているんですよ。」


「出来れば、他の絵も拝見させてもらえませか?」


「それなら私のアトリエにいらっしゃいませんか?」


「いいんですか?」


「それじゃあ今から行きましょうよ。私の車で・・100号の大作も有るんですよ!ぜひ見て下さいな。」


私は彼女の車で彼女のアトリエに向かった。そこは店から30分ぐらい走った、かなり山奥の別荘地帯の一角だった。


「中古で売りに出ていた別荘をアトリエ用に買ったんですよ。」


「ああ、それは良い考えですねえ・・」


「古い物件だったので後でかなり直したんですけど400万だったので買っちゃいました。」


この敷地の広さでこの建物なら安い物件である。広いテラスも有り、こんな所で絵を描くなんて、とても優雅な生活だ。


中に入ると壁には彼女の作品がたくさん飾られていた。風景画も描かれていたが、多くは少年少女の横顔を描いたものだったが、彼女の描く絵には、何か強い拘りを感じた。


「少女や少年の絵がいいですね。これが好きだなあ。」


「分かって頂けますか!・・この透明感・・・

小さな子供ではダメなんですよ!大人も汚くてダメ!大人でも子供でも無いこの年齢が一番美しいんです。」


「なるほど、そこを描きたいんですね・・」


「そうなの・・ 分かって頂けますう!」


 そこで私はこう聞いてみた。


「私ね、この少年の絵をどっかで見た気がするんですよ。モデルが居るんですよね。」


その瞬間、彼女の目がキラッと光った気がした。


「ええ、私の絵にはモデルが居るんです。」


 そこで私は、もっと突っ込んで聞いてみた。


「足立博之くんも、モデルだったんですか?」


彼女は暫く黙っていたが・・


「足立くんは知っていますよ。絵も教えていましたから。」


「じゃあ、ここにも来たんですね。」


「ええ来ましたよ。」


彼女が一瞬険しい表情を見せ・・


「あなたはここに何をしにいらしたの?」


と、苛立つように言った。


私はそれには気が付かない風を装いながら・・


「実は足立博之君を探しているんです。捜索依頼が出て3ヶ月になるんですよ。」と言うと静江は,落ち着きを取り戻したかのように・・


「そうなんですか・・それは知りませんでした。」と静かに微笑んで言った。


「知らなかったんですか?絵を教えていたんですよね。」


「ええ、最近は連絡が無くてどうしたのかとは思いましたけどね・・」


「あなたからは連絡をしないのですか?」


「ええ、こちらからは連絡をしない約束ですから。」


彼女は優しい表情で、そう返した。


 しかしそれは不自然だ。3ヶ月も連絡が無ければ彼女から連絡するはずだ。

足立君はここに居たのだ・・

この女は何かを隠してる・・


「何か飲みます? 紅茶タイムにしましょうよ。」と、そう静江が言った。


「いいですね。私、甘めの紅茶が好きなんですよ。」


部屋の端の方に小さな流しがあり、食器棚にはポットやグラス、テイーカップが並んでいた。しばらくして彼女は紅茶をはこんてきた。私は紅茶を飲みながら言った


「しかし、ここは下界と比べると別世界ですねえ・・」


「良いでしょう・・携帯は圏外なんですが、光回線が来てるんですよ。だからネットは使えるんです。」


「そうなんですか、ネットが使えたら快適ですねえ・・」


そう言いながら何気なくソファーに目をやると、ソファーの隅に黒いスマホが転がっていた。


彼女のスマホは白だ・・これはもしかして・・私は座る位置をずらしスマホを手にした。


「ねえ、これは誰のスマホですか・・?」


そう聞くと、彼女は気にする風もなく・・


「さあ、誰か友達が忘れて行ったんでしょうね。」

と軽く答えた。

スマホを裏返すと鬼滅シールが貼ってあった。


「これ、足立君のじゃあないですか!」


暫く彼女は何も答えなかった。そこで私は畳みかけるように言った。


「これ、足立君のですよね! そうなんでしょう?!」


私は少し興奮して、椅子から立ち上がって語気を強めた。


「彼はここに居るんでしょう!!」


私は興奮し過ぎて喉が乾いた。そして目がくらくらした。

きっと、何処かに埋まっている・・

こんな場所なら誰にも分からない・・

そう思うとますます興奮して叫ぶように言った。


「どうして黙っているんてすか! 警察を呼んでもいいんですか!!」


私は興奮し過ぎて胸が苦しくなり、吐きそうになった。

すると彼女は微笑みながら 歌うように軽やかにこう言ったのだ。


「あなたには無理です・・警察は呼べませんよ。」


「何!!」


シズエの開き直った言い方に、私は益々気分が悪くなった。

何という女だ・・

この女は何をしたんだ・・


私はますます気持ちが悪くなった。

そして立っていられなくて床に膝をついた。


「何か!・・ 俺に何か飲ませたのか、、」


すると彼女は私に近ずいて来て優しく言った。


「大丈夫よ。 あなたも行方不明になるだけだから。足立君の隣に埋めてあげるわね・・」


静江が言い終わる前に、私は床に崩れた。

そして・・

徐々に目の前が暗くなった・・・





サイコパスキラー・・続アトリエの女

https://kakuyomu.jp/works/16817330651307235631

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アトリエの女 紅色吐息(べにいろといき) @minokkun

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