コウエイ

真希波 隆

コウエイ

 1


「機械みたいだ」

「そうだな。世の中ってやつは見れば見るほど、システムの成り立ちそのもので、それをお前は機械なんて言うんだろうな」

「違うよ。僕の話だ。今を生きている、僕の話だ。僕はツールなのかな。自分では強くそう思っている。どう思う?」

「お前がそう思っているなら、そうなんじゃないか?」

「僕が全裸で道を歩く」

「ああ」

「そうしたら、お巡りさんは僕に声をかける」

「当然だな」

「それさえも、なんだか機械みたいに思える」

「人それぞれだな」

「機械みたいだ」

「あのな。お前は悩んでいるんだよ。いろいろなことが怒涛の如く、お前に押しかけてきてお前を不安や悩みや葛藤の渦に叩き込んだ。お前は心が壊れかかっている。もしかしたら、壊れちゃったのかもしれない。心ってのは、場合によっちゃ、強くもあり、同時にどうしようもなく脆い場合もあるからな」

「僕は、僕なのかな」

「ああ?」

「僕は誰なんだろう? 僕は僕でもいいのかな? 僕はどうしようもなく、僕でいるのがつらいんだ」

「………そうだな」



「くそ」

 動体視力と拳銃のギミックの作動がずれている。あまりにもコウエイの動体視力が早く、敵の捕捉に対して発砲までの時間に長い休暇が生じるのだ。コウエイは「くそ」と何回も脳の片隅で繰り返す。ソウヘイの体温を感じる。怯えている。震えている。ぎゅっと目を閉じている。

「大丈夫」

 コウエイは言う。銃撃を受けながら、言う発言ではないような気がした。空から爆弾を積んだ戦闘機がやってくる。まさか。「撤回」とソウヘイを抱え、全力で走る。窓を拳銃で叩き割って、少年を投げ込み、後に続く。「伏せろ」。青空から爆弾が降ってくるのを目の端で見て、この建物で生き残れるか、不安になる。できることは床に伏せるだけ。古紙のにおい。ここは書斎らしい。誰のだろう?

 爆発。激しい音と熱。光。いくばくもの時が流れた。爆撃は続き、運よくこの書斎に爆弾が投下されることは回避できた。瓦礫に埋もれることにはなったが、結果オーライだ。

「生きてる?」とソウヘイは心配そうに聞くけど、僕の頭をペシベシ叩くのは、いかがなものか。書斎の本をちょっとずつ燃やして、一夜を過ごすことにした。

「生きてるよ。運がよかったんだ。たぶん、僕たちは死んだことになってる。これだけの被害を引き起こせば、暗殺どころか戦争だ。殺せなかったじゃ、つまるところ、消せなかったじゃ、責任問題になる。当然、責任者は殺したことにする。僕たちはもうこの国の社会的には逸脱した存在だ。意味わかる? 自由ってことさ」

「ポジティヴ」

「そうとも言えるな。行きたいところはあるか?」

「草原」「どこの?」「シェフィールド」「行ったことは?」「ない」「行ったことのある場所に行こう」「王都」「なんでまた?」「復讐をする」「キング・スレイヤーにでもなるつもりか? ばかげてる。僕たちはチームだ。そして、そのリーダーは僕だ」

「じゃあ、行きたいところなんて聞くな。僕は王殺ししか考えていない」

「結論だろ」「そうだよ」

「お前の仲間を殺したのは、この体制を作った連中だって思うんだろ? でもいいか。よく考えてみろ。スラム。聖都。ユートピア。魔窟。ディストピア。世の中には、そういう世界がいっぱいある。お前は選べる。そういう立場にある。自分で考えろ。選ぶんだ。お前の人生だからだ。お前はどうしたい? ここまで言っても復讐? それは何に対して? 【こころ】か? 僕はある程度、哲学書を読んで、さじを投げた。世の中は『ある』か『ない』か、らしいぞ。お前はどう思う。僕はアリストテレスなんて大嫌いだ。思索は正義か? 僕はそう思わないね。全部、自分で決めるんだ。お前の考える復讐は、取り戻したい過去に枯渇した今を投影しているにすぎないんだ。よく考えろ。いいか、よく考えろ」

 ソウヘイは泣いた。声を押し殺して、うめくように泣いた。「僕はどうしたらいいのか、わからない」「僕だってわからないよ」

 世界が終わったみたいだった。



 三日くらい前だろうか。今ではもう遠い昔のことのように思える。

「任務についてもらう。長い任務になるだろう。国籍はもう取得してあるし、対象はもう既に管理下にある」「任務とは?」

「対象の保護だ。管理下に置き、お前はその対象を守り、目的のポイントまで運ばなければならない。報酬は、なかなかいい方だ。そして拒否権はない」

「了解」それ以外に発言権は持たない。

 対象は僕より二つ下の男だった。彼は自分をソウヘイだと名乗り、僕の名前を聞いた。僕は適当な友人の名前を言った。コウエイ。自分の名前を任務中に教えて、ロクな目に遭ったことがない。

 上司の立ち去った会議室。残されたのは、僕とソウヘイ

「生きているって不思議だよね」ソウヘイは人懐っこく、哲学みたいな話を続ける。

「死生観ってよくわからない。死ぬことの逆が、生きることだなんて思えない」

「僕は好きだけど。死生観」僕が言う。

「どうして?」

「悩まなくて済むじゃないか。死ぬことが定義づけられているって、安心する」

「なんか、暗い人だね」

 ソウヘイは、ずけずけ言う。そして続ける。「僕は冷凍睡眠で、この年齢のままだけど、あんたと同い年だってこと忘れないでよ。みんな、僕をバカにするんだ。未成年ってね。十八ってそんなに幼く見えるものかな。二十ってそんなに大人に見えるものなの?」

「僕は自分のことを大人だとか子供だとか、あんまり考えたことないけど、自分は仕事をしていることによって、大人だと思うことはできる。上司がいて部下がいて、同僚がいる。スーツを着ている。戦闘服を着ている。ディナーに招待される。テーブル・マナーを知っている。人を殺している。正当防衛だと裁判で無罪放免になる。世の中ってそういうもんなんじゃないのか?」

「僕はもうちょい、平和的に生きてきたね。ただ貧乏ではあった。冷凍睡眠を受けることになったのだって、実験で得られるお金が莫大なもので、それでようやく家族が食っていけるからだった。家族会議をして、選ばれたのは僕だった。母親が僕を諭(さと)すんだ。あなたなら、頭もいいし、うまくやっていけるわ、って。でも、僕が世界の秘密を知っていることまではわからなかったみたいだ。原初の鍵、ノヴァーリスの扉。月の巨人、精神同位体、あるいはイマジナリー・フレンド」

「あんまりそういう話はしたくないな。何かに巻き込まれそうで嫌だ」

「もう巻き込んでるよ、悪いけど。あんたは、僕の護衛ってだけじゃない。僕にも僕の任務がある。あんたはそれの遂行に付き合わなくちゃならない」

「何すんの?」「さあね」「それって?」「僕にもわからない」「はあ?」「大丈夫だよ。教えてくれるんだ。世界は基本的に誰の味方でもある。僕たちって、なんか悪いことしたのかな」

「悪いこと?」「思わない?」「何を?」「僕は冷凍睡眠なんかしたくなかったってこと」「そ」「そ」

 僕はソウヘイとハンバーガーを食べに行った。ソウヘイは「何これ、食べたことない」と言った。食べ方もわからないというから、僕が食べてみて、ソウヘイにそれを観察させた。ソウヘイはにこにこしながら、それを見ていた。なんだかうれしそうだった。そして僕の真似をして、ソウヘイはハンバーガーを食べた。「ケチャップとピクルス?」

「確かに入ってるね」

「ハンバーグをはさむっていうのは、面白いね。このさ、食べ物をはさむためにパンを二つに分けるって発想もすごい。へえ、世の中ってよくわからないなあ」

「ポテトは食わないの?」「じゃがいも? え。これ、じゃがいもなの?」「細切りにして油で揚げたやつだよ。食ってみ」

「あ、美味いね。へえ。食文化は進歩してるな」「そのうち、もっといいもん、食わせてやるよ。ってか、お前、何食って生きてきたんだ?」「あんま言いたくない」「そ」「そ」

 タクシーを拾って、自宅へ戻る。タクシーから見える景色にくぎ付けになっているソウヘイは、無邪気な子供そのものだった。僕がもう忘れてしまったものだ。ソウヘイがうらやましくもあり、バカにしている部分もあった。ソウヘイはさりげなく僕の腕をつかみ、ちょっとずつ僕の手を握ろうとした。僕はソウヘイの手を握りながら、そっぽを向いていた。ソウヘイの手はあたたかくて、僕の手が冷たいのを思い知らされた。ソウヘイはびっくりしたかもしれない。でもソウヘイは僕の手を繋いでくれた。僕は寂しいのだろうか?


「風呂あがったよ」

「じゃ、僕も入るかな」

「ねえ」

「なに?」

「僕の敵は、何なの?」

 ソウヘイは真顔だった。

「唐突だな」と言って、僕が微笑する。「お前の敵か?」

「そう。僕の敵」

「そうだな。前提として、敵はお前を殺したいと思っている。敵はお前を消したいと思っている。敵はお前を失わせたいと思っている。そしてその正体は、今のところ、おれたちの間ではLと呼ばれている。エルだ。天使の名前にエルってつくのが多いだろ。ミカエル、ラファエル、ガブリエル。天使が人類に干渉しているって考えている奴もいる。難しい話だ。漫画みたいだし、ファンタジイに活かせそうな題材だ」

 ソウヘイは沈黙を守る。もっと情報が欲しいのだろう。

「Lは人間に組織を作らせた。その組織はフランツ・カフカと呼ばれている。理由は知らない。カフカはお前を殺すためなら、なんだってする。そして僕たちはお前を守るために作られた組織で、僕もその一因だ。何故、守るのか。お前にどんな付加価値があろうとも、人間だからだ」

 ソウヘイはため息をついた。

「ちょっとは信用できたか?」「僕は誰も信用してこなかった」

「それで?」「コウエイのことは信用したい。だから」「だから?」「……」「なんだ?」

「裏切らないでね」

 僕はその言葉にどうしたらいいのかわからなくなった。沈黙は、静寂よりも重みがあった。しかし、僕が今ここで何といっても、うそになるような気がして、だから、僕はうなずいた。ソウヘイは、何もかもわかりきったみたいに「おやすみ」と言って、寝室に去った。



 現在。

「痛い」「多分死なないよ。平気だ」「でも、痛い」「そうだな。僕もいくつか痛いところがある。銃弾が貫通しているから、応急処置だけで済むのが、幸いだ。死ぬ部位は狙われてないし。あいつらはお前で実験したいんだろな。体の状態とかそういうの。学者の考えることはよくわからん」

「学者? その前に兵士を皆殺しにできたらいいのに」

「学者がこうしたいとかああしたいとか思うから、お前はコールド・スリープしたんだろ」

「そこまでは考えたことなかった」「じゃあ、今、大いに考えろ、アホ」

「アホって」と言って、ソウヘイは白けた顔をした。むかついたから、頭を思い切りはたくと「イタ」と言って、わき腹を思い切り殴りつけてきた。おえ、ってなった。

 宿をとって、傷の手当てをすることにした。ソウヘイは痛みに弱く、とてもうめいた。

「変わらねえよな、世界ってやつはよ」

「冷凍睡眠はどうだった?」

「夜に寝て、朝に起きるのと、何も変わらなかったよ」

「そんなもんか?」

「ただ時間だけがめちゃくちゃ経っていて、僕だけが何も変わっていなかった」

「あんまり想像できないな」

「そうだろうな。友達とか家族はみんな死んじゃってるし、住んでた家は、戦争で燃えちゃって、なんにもなくなってた。今が現実なのかどうかもわからない。ずっと夢見てる気分だよ」

「あんまり想像できないな」

「それ言わなくていいから」と言った。長い間をおいて「わかってもらおうとなんて思ってないよ」とソウヘイは言った。

「わかることなんてできないだろうな」

 ソウヘイは少し黙ってから「ああ」と言った。



マンションに戻り、郵便受けを見て異変に気付いた。

「まずいな。とにかく離れないと」

「囲まれる前に、移動しないと。何かあるか移動手段。公共機関は避けないといけない」

「車。来い」

 走る二人。コウエイはこれからどうなるのか、不安で仕方がない。ソウヘイが何者に追われているのかもわからないのだから。

「『夏への扉』って知ってる?」

「ああ?」

「ロバート・A・ハインラインの小説なんだけどさ。彼の考えた小説はもう少し平和的だったな。最後はハッピーエンドだし、主人公の生きる社会は健全な側だった」

「なに? 今言うこと?」

 半ギレのコウエイ。

「問題はよほど複雑みたいだ」

「え?」

「コウエイの部屋に入った人間、コウエイの部屋にすでに入っている人間、僕らを尾行してる人間、ドローンで偵察を行っている人間。他にも何種類かいるけど、どうしてこんな僕に人員を割くんだ?」

「よくそこまでわかるな」

 自動車にキーを差し込もうとすると「待って」とソウヘイが止める。「その車、コウエイのなら爆発するかもしれない」「じゃあ、どうしろと?」「イライラするなよ」

「仕方ない。基地までは独力で行くしかないな。なるべく敵はまいておきたい。戦闘も避ける。拳銃くらいしか、武器がない。あーあ、僕ナイフの方が得意なのに」

「ナイフ?」鼻を鳴らすソウヘイ。「あ、いま僕のことバカにしただろ」とコウエイ。

「気づかれないうちに、早く行こう」と言ったところで、「おい、見つけたぞ」と声が聞こえてくる。「少なくとも一つの組織の目的は捕縛だな」とソウヘイ。

 ソウヘイの腕を引いて、駆け出すコウエイ。

「基地ってどこなの?」「ここからかなり遠い」「安全?「そこなら絶対に安全だ」

 全力で走りながら、話すのはとても疲れた。次第に無口になる。

 裏の路地を歩くように注意する。人目につかないように。と思っていたら、上方から銃撃の音がして、銃弾が石畳の床を激しく打ち抜いていく。

「死角がない。走るしかない。急げ」

 小路に出ると、一台の車が止めてあった。窓を拳銃で叩き割って、中に入り、作動するようにする。「乗れ」「違法だろ」「お前が終われてるからだ。冷凍睡眠する前に何したんだ、お前」

「言わない」

 車をぐるりと周回して、大通りの方へ走らせる。「勝手にしろ」と走行音が重なる。「吐くから、もうちょい安瀬運転で」「黙れ」

ミラー越しに車が追いかけてきているのがわかる。おまけにドローンだって? 一体、何のために?

 車線変更を繰り返す。視た限りでは二台、いや三台はあとを追ってきている。どんなに車線を変更しても、器用に見失わない範囲で、そして怪しまれない距離で追ってくる。

 突如、近かった後方の自動車のタイヤに穴が開き、敵はハンドル操作で手一杯になっている。「何が起きた?」「力を使わせてもらった。あんまりこういうことはよくない。世界の均衡にかかわる」

 パンクした車は後方へめちゃくちゃな走行で、スピードだけは意地でも変えようとしなかったが、それがかえって仇(あだ)となり、大通りの脇道に突っ込んだ。爆発。

残り二台。

 右旋回し、小路に無理やり、突っ込む。悲鳴と怒号とクラクション。

「ナビだと、こっち行き止まりだけど」

「問題ない。この先、未開発の橋なんだ」

「いやいや、ちょっと待った。突っ込む気か?」

「死にはしない」

 シートベルトをぎゅっと握るソウヘイ。

 スピードを上げる。下は河。深い河だ。「泳げるか?」「人並みには」「窓を開けておけ。脱出するときに必要だ。「本気でやるのか?」「一気に追っ手をまけるチャンスかもしれない」「ま、そうだな」と自然体のソウヘイ。「河から上がったら、お前を目的のポイントに運ぶ。それが僕の役目だったから。で、その基地がもうすぐそこにある。それにしても、こんな任務に僕一人だけを生かせるのは、まあずいぶんと重たいな」

 ソウヘイはくすっと笑う。僕は鼻を鳴らす。



「犬かきができてよかった」「犬みたいだったぞ」

 ソウヘイは眼を細くしてコウエイをにらむ。コウエイはそれを見ていない。

「なあ」とコウエイ。「なに」とソウヘイ。「基地についたら、僕とお前はお別れだ。お前がどう思っているのか、わからないけど、二度と会うことはないと思う」

「うん」と促すソウヘイ。

「僕はな、ずっと機械みたいだって思いながら、生きてきたんだ。全部プログラミングされていて、その通りに実は動いているだけなんじゃないかって」

「うん」

「お前が冷凍睡眠をしたことで、お前は未来に来て、いろいろな組織に狙われていて」

 ベンチを見つける。片手には缶コーヒーを持っている。

「ちょっと不幸で。そして僕はお前に出会えた。僕はお前みたいなやつが友達だと嬉しい。人間って不思議だな。関係性のことになると、全部どうでもよくなっちゃうんだ。なんだろう、脈絡がないな。僕はお前といたいんだ。お前とどっかに行って、徹底的な情報の行き届かない環境を見つけて、お前と二人で暮らすんだ」

「うん」とソウヘイは目を閉じて、優しい声で言った。

「そうしようか」とソウヘイははにかんだ。

 僕は胸の奥底から湧き上がる感動と火花が散るみたいな頭の衝動でいっぱいいっぱいだった。僕は。

「僕はお前を守るよ」

「期待してる」

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コウエイ 真希波 隆 @20th

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